04-2 セリの戦闘

 ターゲットポインタに前方のメタスクイドを捕える。ヒトがトリガーを引き絞るその時、右下方に突如現れた漆黒の攻撃。メタストラクチャーの死角、底面からだ。

 すぐさま機体を左へロール回転、銛状触手の全てを回避した。だが、今度は前方のターゲットが急減速、二号機の背後を奪うと同じく銛状触手が放たれた。

 周囲を空間ごと掴むように伸びる六本の魔の手。止むを得ず機体を百八十度回頭、減速の逆噴射。爆音を背に三本の銛状触手をプラズマ砲で砕き、残りを右に旋回して躱す。

 ヒトが機体を立て直すと、保守防衛装置は再び死角へと消えた。


「たくっ、あいつらヤル気あるの? もうっ!」


 イオの独り言—— それを文句と呼べないのは、ヒトが反応しないから。ちらりと視線を向けるも、彼に焦る様子は見られない。


 ——— うぅむ、こいつのやる気も怪しい……


 とは言え、今回の出動は両機とも苦戦していると言えた。攻撃開始十分を経過し一号機のセリ・エリック組が狙撃軌道を確立したが、機体を乗せる条件が揃わない。

 メタスクイドの撃破を狙うも死角から別の彼らが現れ、妨害後に再び死角へと消える。二号機のヒト・イオ組も撃破が滞り、一号機の後方支援に就けない状況だ。

 まるでウィングス達のリミットを推し量る時間稼ぎのよう。



 一号機セリ・エリック組のコクピット。エリックはメインモニタ正面にメタスクイドの位置予測ウィンドウを開き、宥めるように提案する。


「厳しいなあ。セリちゃん、まずはイカくん掃討に専念しない?」


 セリは一号機を微減速させて死角のメタスクイドを窺うも、IVシールドに阻まれた位置予測は、再計算を繰り返すばかりで確定しない。


「そうしたいけど、あと五分もない……」


 セリは焦りの色を隠せない。現時点で二号機ヒト・イオ組は四体、一号機セリ・エリック組は二体メタスクイドを撃破しているが、一号機は思考装甲を二枚失っている。まだ四体の彼らを残し、この状況で狙撃軌道に乗るのはリスクが大きい。

 二人の会話の直後、一号機後方の右下方に尾けていたメタスクイドが位置を変え、左上方に移動しつつ六本の銛状触手を放った。

 まるで鎌首をもたげる六つの毒蛇。セリは加速スラスターを全開、続いてロール方向に機体を回転。次々と触手を躱していくが、残り一本が間に合わない。


「あっ!」


 驚きの声を覆う対衝撃アラート、一時騒然とするコクピット。だが、思考装甲の一枚が瞬時に反応、銛状触手の軌道に割り込んだ。硬質な衝突音と共に弾け飛ぶ脅威。そして残響。

 役目を終えた思考装甲は海上に落下。残りの盾は三枚になった。


《三号機は待機を解除、緊急出動。一号機、二号機はメタスクイド掃討に専念》


 この時点でへピイATiはプラン変更と追加出動を判断。アンチグラヴィテッド狙撃は神経接続の残り時間を鑑み、リコ・ニュクス組に変更。

 セリはメインモニタの下端に流れるへピイATiの指示を苦々しく見届けた。


「あーん、せっかく狙撃軌道を確立したのに……」

「しょうがないよ。五分切っちゃったけど、頑張ろう」


 モニタサイン《Forward》が《Assist》に切り替わった。セリは加速スラスターのスロットルを煽り、狙撃軌道から離脱進路を取る。

 彼女の落胆とは裏腹に、機体が引く白い軌跡は美しい弧を描いた。




***




 ヘパイストスブリッジ。戦況を見守るアンダーソン艦長とクライトン副艦長。自席を離れ、ヒライ機関統制官らが座る前列の真後ろに立っている。


「あと五分もありませんから、妥当な判断だと思います」

「無理させて、貴重なガンナーを寝かせる訳にはいかんからな」


 副艦長の言葉にアンダーソンは目を細めた。ブリッジ前面の壁全面を覆うメインモニタは画面分割され、偵察ドローンによるウィングガン各機の状況を伝えている。


「彼らは何か、試しているんでしょうか?」


 訝しげに鎖付きの眼鏡を押し上げるクライトン。彼らとは超越構造体メタストラクチャーのことだ。


「分からん。そう言えば、新型のあれはいつ頃だったかな?」


 艦長の不意の言葉に、エド兵装統制官が口を開きかける。だが、隣りのヒライが立てた人差し指を口元に当てた。黙ってろ、のジェスチャー。


「来月ロールアウト、だったと思いますが。何か?」


 意図を掴みかね、言葉に僅かな困惑が滲む。しばらく開く間。


「いや、なんでもない。気にせんでくれ」


 アンダーソンは含みを残して押し黙った。




***




 一号機セリ・エリック組のコクピット。ポンッと軽快な電子音、跳ねるように現れた黄緑のアイコン。リコ・ニュクス組の三号機だ。


『ヒト、セリ、おまたせっ!』

「あっ、真打ち登場っ! はやーいっ」


 リコの鈴鳴りとは裏腹に、三号機は両翼のプラズマ砲を乱れ撃つ。踊るマズルフラッシュが環を描き、超高熱の閃光が放射状に迸った。

 IVシールドこと時空歪曲防壁は、自らに向く物理を飴のように曲げて回避する。だが、彼らメタスクイドは同胞以外の動体を無視することができない。

 突然の乱入者に混乱した彼らは、早くも連携を崩す。


「ちょっとリコっ! こっちに当たったらどうするのっ!」

『だいじょーぶ、だいじょーぶ、ちゃんと曲率計算して撃ってるよっ!』


 思わずリコに文句を言うが、返ってきた声はニュクスだ。


「んもうっ、知らないっ!」


 ゴーグルで隠れてセリの表情は見えないが、僅かに口角が上がっている。

 二分かからず現場に到着した三号機は、死角に潜むメタスクイドを担当し、残り四体を掃討。二号機は二体、一号機と三号機はそれぞれ一体ずつ撃破した。



 三号機リコ・ニュクス組のコクピット。


「アンチグラヴィテッド狙撃シーケンス。はいって、ニュクス」

「待ってましたっ!」


 三号機はへピイATiを経由して一号機が確立した狙撃軌道に乗ると、ニュクスは狙撃軌道上から見える異重力位相をパラメータに落とし込む。


「調律完了っ! リコ、よろしくっ!」


 ニュクスの威勢のよい掛け声と共に、リコはアンチグラヴィテッドを電磁投射砲に装填。砲身が帯電する音を聞き分けつつ、セーフティ解除を承認する。

 リコは息を殺してトリガーを引く。


 砲弾運動エネルギー約六十メガジュールで放たれた異重力位相変換弾頭は、あたかも異重力収束点に引き寄せられるかのように着弾した。

『像の揺らぎ』は徐々に失われ、IVシールド解除に成功。奇怪な巨体を白日に晒すメタストラクチャーに向け、ヘパイストスは限定可変核を発射。真白の弧を描く一本の軌跡は彼らの真芯を貫き、構造崩壊の断末魔と大火球が生む大爆音を轟かす。

 この時、一号機および二号機のウィングガン管制システムは神経接続を解除。両機ともコクピットのアンバーの拘束が解かれた。



 二号機ヒト・イオ組のコクピット。メインモニタに青いアイコンがポップアップ。ヒトはセリの通信モードを戻している。


『一課第五、ウィングガン一号機セリ、作戦終了っ、帰艦しまーすっ!』


 不機嫌なセリの通信。続いて、鬱憤を晴らすように四回転ロールする一号機の白い機影。彼女は自分でも接続制限ギリギリで狙撃可能だったことが不満なのだ。


『いつもより多めに回しておりますぅー』

『もうっ、茶化さないでよっ! ニュクスったらっ』


 メインモニタの下端で上下に弾む青と黄緑の二つのアイコン。今度はセリとニュクスのやりとりを見て、イオは羨ましく思う。前席のヒトはこの後に及んでも無反応。何も態度が硬いのはイオに限ったことではないらしい。


 ――― 前の席の地蔵には、一体何を供えれば良いのだろう?


 一課第五のウィングガンは、仲良く並んで帰艦進路を取った。




***




「ヒト君、まだ気になるかい? イナイチ(AMD171)の動作遅延」


 格納庫に着艦後、ヒトが搭乗橋に降り立つと、待っていたヒライだ。


「僅かですが、もたつきはなくなって、ないですね」


 ――― うわっ、地蔵が喋ったっ!


 と、イオの驚愕はさて置き、ヒトはウィングガン二号機を見上げる。


「ヒト君、二号機をまたイジってるの? 懲りないねえ」


 エリックもリコを連れて現れる。その言葉からヒトの二号機カスタマイズが常習化していることが分かる。二号機コクピットの内装に小傷が目立つのも、ヒトの『改造癖』の所為だ。


「これ以上は『ただの人』じゃ体感できない、計測機でしか測れないレベルだよ」


 ヒライは両掌を天井に向け、お手上げのポーズ。腕組みをして考え込むヒト。


「正直、もうATiを入れ替えるしかないんだよね。でも、それやっちゃうと俺以外触われなくなるから。エドもフェーズ9の運用資格持ってないしさ」

「あれっ、ヒライさん持ってるんだフェーズ9っ! すごーいっ!」


 目を丸くして驚きの声を上げるイオ。リコも一緒に目を丸くするが、彼女が何に驚いているか理解していない。ヒトは先からウィングガンに視線を向けたままだ。


「ふふん、凄かろう。機関統制官は伊達ではない、持ってないとへピイATi触れないからね…… ってエリック、君も持ってるだろ?」

「いやいや、僕のは研究用途限定ですよ、ヒライさんみたいに限定解除じゃないし」


 そうエリックが返すと、ヒトが口を開いた。


「アーム二番の関節、アクチュエータだけ、S規格に変えてもらっていいですか?」

「あ、やっぱりそこ触わる? さすがヒト先生、お目が高い。三番はいいのかい?」


 ヒライに向いてヒトは頷く。リコもヒトの真似をして頷く。


「それだと、冷却が追いつかないから水回りも変えなきゃダメだけど、重くなるよ?」

「もたつきが解消できないなら、立ち上がりを、速くしたい」


 渋い顔をするヒライ。対するヒトはうわ言のよう。リコは二人の会話のキャッチボールを首を振って追いかける。もちろん内容を理解していない。


「速くすること自体は簡単だけど、イナーシャが増えてプラズマ砲のバレルがブレる。射撃システムで補正するとなると、結局イタチごっこだよ」

「その分、駆動シャフトの、第二ギアを二丁ローに、振ってください」

「えーっ、関節周り一回降ろさなきゃダメじゃん。無茶を言うねえヒト先生……」


 イオとエリックは話に着いて行けなくなり、リコを置いて退散する。

 二人が去ったのを見計らって、ヒライは話題を変えた。


「ところでさあ、ヒト君。内緒なんだけど、来週辺りにイイ娘が入ってくるんだけどね、イナロクっていう……」


 くっくっく、と不敵に笑うヒライ。


「い、いいこ……?」


 リコ、それは勘違いだ。




***




 先にブリッジに上がるイオとエリック。途中の階段で何やら諍いの声が聞こえる。

 場所は展望室。声の主はセリとニュクスだ。漏れ入る風切り音と艦の稼働音が邪魔をして、口論の内容までは分からない。すると、亜麻色の髪を振り乱して階段を駆け下りるセリ。

 踊り場ですれ違った直後、ガシャッ、とイスが強く倒れる音。


「え……?」


 突然のことに、しばらく考えるイオ。


「さっきのあれ…… セリ、泣いて、なかった?」


 恐る恐る口にすると、エリックは小さな溜息を吐く。そして、ぼそりと呟いた。


「リコちゃんが着任する去年まで、セリちゃんはニュクスと組んでたんだよ」


 ――― え、どういうこと?

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