兵器の子らは翼を駆って／The Wing-Gun Sister【応募版】

04-1 不審者認定を果たす

　例年より遅い梅雨が明け、陽が燦々と照り付ける。うだるような暑さが続く夏。ヘパイストスは巡回航路に沿って、高度三万フィート付近を航行中だ。

　巡回航路は超研対一課第一と第三で部分共有しているが、一度基地を離れれば三日は基地には戻らない。巡回の主な目的は、自閉形態で潜伏中のメタスクイドの掃討。

　超研対本部のホストＡＴｉの導き出す予測航路だが、ヘパイストスが担当する航路は八年前から大きく変わっていない。

　一課第五が運用するヘパイストスはイ重力制御の巡航艦として最も古い艦だが、一課第五自体は一番若い組織で、元々は一課第二が担当していた巡回航路であった。

　即ち一課第五ヘパイストスは、八年前にメタストラクチャーと交戦中に消失した一課第二アストレアの後継艦だ。

＊＊＊

　七月中旬某日、深夜午前零時頃。イオは肌寒さに目を醒ますと、ヘパイストス食堂の冷たいベンチの上で横になっていた。平時シフトの消灯時間を過ぎ、辺りには誰も居ない。

　灯りを点けて身に纏っているもの確認すると、黄色のバスタオル一枚に外したはずの下肢装具。側には杖が転がっている。

　――― まっ、また？　私、こんな格好、誰かに見られてない？　よね？

　そもそも入浴していたはずだ。ヘパイストスの入浴施設は最下層の５Ｆ。いつ意識を失ったのか、どんな経緯で２Ｆまで上がったのか見当がつかない。

　自室へは階段よりエレベーターの方が近い。だが、エレベーターは格納庫側がガラス張りのため丸見えで、万一の時に隠れる場所がない。

　この格好では階段が厄介だが、２Ｆの食堂に対し女性居住区は３Ｆ、男性居住区は４Ｆ。たとえ誰かと遭遇しても女性の確率が高い。

　――― け、決断するしかあるまい。

　古いスパイ映画の五拍子のテーマ曲が頭の中で鳴り響く。２Ｆ艦内通路は常時点灯のため明るい。食堂の外に顔を出し、誰も居ないことを確かめる。

　覚悟を決めたイオは下肢装具を全固定モードに切り替える。甲高い杖の音と交互に素足をぺたぺたと鳴らし、全力で駆け出した。途中、バスタオルを落としてしまったがお構いなしだ。

　監視カメラを覗いているのは演算思考体であって人ではない。忍び足で移動すれば、時間がかかって誰かと遭遇する確率が高くなる。何れにせよ不審者認定は避けられない。実際、全裸に杖と下肢装具はかなりシュールな絵面だ。

　かくしてイオは無事自室に生還を果たし、胸を撫で下ろした。

　何故こんなことが起こるのか—— イオがヘパイストスに乗船してからだ。

　以前、夜更けに弟達の部屋に侵入したこともあったが、その時は寝惚けたフリだったため前例にならない（何故フリかは不明）。

　服を着て、入浴施設に残る衣類の回収に向かう。

「ふえぇっくしょいぁっ！　あーっ、こんちくしょうっ」

　――― やだ、私、おっさんかい。

　自覚はあるようだ。

　——— ああ、でも私、ホント風邪とか引いたことないなぁ。

＊＊＊

【不審者情報】バスタオル一枚で深夜徘徊するイオ。特殊性癖の発露？

　今朝のトップゴシップ。目撃者はリコ。場所は再びヘパイストス２Ｆの食堂。一同に会したウィングガン女子チーム＋アレサ哨戒管理官。朝っぱらから脱力するイオ。

「ねえ、ゆうべ、ブリッジでなにしてたの？」

　その愛くるしい小顔をこくりと左に傾ける。リコは昨夜、ミネラルウォーターを取りに食堂まで上がっていたのだ。イオは答えようにも記憶がない。好奇心いっぱいの彼女の視線が痛い。

「えええっと、いやあれは、その、あの……」

　――― え？　ブリッジ？　知らないぞ、どゆこと？

　目を醒ましたのは食堂。困惑。

「そう言えば私も昨日、そのくらいの時間に聞こえたなぁ。杖の音」

「なんだか前々から、ちょっと変わった子だなと思ってたけどねえ」

　片肘をつき、気怠げに伸びをするアレサ。朝食のゼリーを啜りながら揶揄うニュクス。

　すると。

「あら、もしかしてイオも裸族？」

「イオ『も』？」

　ニィ、と口角を吊り上げるセリ。イオは言葉の意図が分からない。

「え、ワタシ部屋に戻ったら、邪魔っけだから、パ・ン・イ・チッ」

　と、セリは彫像のように整った顔でクフフッと笑う。後ろの席で聞き耳を立てる男性陣、囁くような声で「おおーっ」とどよめく。

「えっと、らぞく？　ぱんいち？」

　初めて聞く言葉の語感を確かめるリコ。

「部屋ではパンツ一枚しか履かないってこと。はぁん、セクスィーっ」

　悪ノリするアレサ、扇状的なジェスチャー。両手で髪をかきあげ、前に突き出した胸を左右に揺する。再び聞き耳を立てる男性陣「おおおお……」。

「ちょっとアンタ、艦内でそれ止めろって言ったじゃないっ！」

　周りの反応を見回し、慌ててセリを咎めるニュクス。だが、勢い余って手にしたゼリーを握り潰し、テーブルに中身をぶち撒ける。さらに慌てる事態に陥った。

「えっ、ニュクスって、セリの部屋によく遊びに行くの？」

　ヘパイストスの個人居室は他艦と比べて広い方だが、人を呼んでくつろげるほど広くはない。ましてやウィングスの部屋は、シャワーが設置されているためかなり狭い。一度ウィングスの部屋を見たことがあるイオの疑問は当然だ。

「え、えっと、それは、いや…… なんで、かな？」

　言葉をしどろもどろに濁しながら、ニュクスは備え付けの紙ナプキンでテーブルを拭く。それを横目に見るセリは至ってご機嫌だ。

　と、その時、重力震発生のアラートが鳴った。その後、十数秒ほど微振動が続く。

　彼らは重力震が観測された十時間前後に必ず出現し、地上に降下を始める。即ち重力震はメタストラクチャー襲来の予兆だ。

　地表から直上およそ一万キロメートル。外気圏の表面境界付近に超空間接続によって出現する。超空間接続時に発生する変異重力が引き起こす共振現象、それが重力震だ。

「いやー、イオちゃん。男性も居る艦内で、それは不味いよ……」

　食堂を出た後、エリックがこっそり耳打ちする。彼は分析官の存在を教えた責任を感じており、要は保護者意識があるのだ。

「もう、私も何がなんやら。ひとりでお風呂に入ってたらウトウトして…… 目が覚めたら食堂。リコはブリッジ前で見たって言うし」

　ふうっ、と小さく溜息。肩を竦めて返すしかない。

「ホントに何も覚えてないの？　ちなみに何時頃？」

「お風呂に入ったのが十時頃で…… 部屋に戻って、時計を見たら零時過ぎ」

　ふうーむ、と腕を組み、エリックは大きく首を傾げる。

「じゃあ、ブリッジ周辺を一時間くらいウロついていた訳か……」

「ちょっとっ！　『ウロついてる』なんて、不審者みたいじゃないですかっ！」

「え、不審者以外のナニモノでもないよね？」

「う……」

　イオは無事、不審者認定を果たした。

＊＊＊

　同日夕方、午後四時。まだ陽は高く、傾いた夏の陽射しが容赦なくヘパイストスに照りつける。イ重力制御エンジン特有の発光現象は、陽の強さから殆ど見えない。

　茨城県日立市、東へ百キロメートル沖付近に降下予測の五百メートル級メタストラクチャー。へピイＡＴｉによるメタスクイドの出現予測は十体。先行する偵察ドローンの映像では、以前東京湾に降下した切り株のようなそれと酷似している。

　降下予測地点に急行する一課第五ヘパイストス。今回はウィングガン一号機セリ・エリック組、二号機ヒト・イオ組出動準備。三号機リコ・ニュクス組は待機だ。

『イオ、さっき脇からテープ、見えてた』

　不意にポップアップする青いウィングガンのアイコン。通信は、ガンナースーツの胸から脇にかけて貼られた例のモノに言及した。

『スーツは半年着たら更新するから、今度はウソはダメよぉ』

　――― えぇ、今言う？　それ……

　弾んでいる（ように聴こえる）セリの言葉に絶句する。だがしかし、転んでタダで起きるのは癪に触ると考えていると、前席のヒトに目が止まる。

「げぇっ！　バレてるっ！」

　と、大袈裟に声に出してみた。だが、前席の地蔵は微動だにしない。

　はぁ…… と、イオは長い長い溜息を吐いた。

　一号機は通常の手順通り発艦して加速、フォワードポジションに入る。直前、セリは機体を右ロール方向に二回転。いつもの彼女のセレモニーだ。

　だが、アシストポジションに入るヒトは、姉の戯れに付き合う気がない。すぐさまセリ側の通信を『Text Only』モードに切り替えた。

〈ちょっとヒト、付き合い悪いじゃないのっ！〉

〈お姉さんは悲しい、そんな酷い弟を持った覚えはないっ！〉

　などと、セリの文句がメインモニタの下端にテロップで流れる。ふふ、いい気味—— とほくそ笑む反面、イオはウィングス達の仲睦まじい姉弟ぶりが羨ましい。

　――― うちもこんなだったなあ、私の弟達は今頃どうしているだろう？

　感傷に耽るイオの気分などお構い無しに、二機の一課第五ウィングガンは加速スラスターのブーストを上げ、目標地点に向かって加速した。

　ウィングガンの基本的な攻撃パターンは、二機同時にメタストラクチャーの勢力圏に入り、その高速機動をもって周囲を旋回。フォワードは狙撃軌道を探りつつメタスクイドを迎撃、アシストはメタスクイドを撹乱しつつ攻撃。フォワードが狙撃軌道を確立後、後方支援に回る。

　確立した狙撃軌道に機体を固定すると、フォワードは分析官によるアンチグラヴィテッド調律を優先するため、余計な加減速や旋回は避けなければならない。つまり、手薄になるフォワードの防御を補うための後方支援だ。

　また、メタスクイドの完全掃討に至らないまま狙撃軌道に乗ることも珍しくない。ヘピィＡＴｉのメタスクイド出現予測は必中ではなく、巨大な彼らは常に前進を続けているからだ。また、神経接続は十五分しか許されず、超えるとガンナーを壊す。

「えっ、なんで、なんで宙に浮いてるの？　アレ」

　いつものイオの独り言だが、ヒトは相変わらず反応しない。

　今回出現し降下中だった五百メートル級メタストラクチャーは、へピイＡＴｉの予測に反し、降下途中で減速。上空およそ二千五百メートル付近でほぼ静止したことが判明した。

　漫然と浮かぶ漆黒のそれは、まるで宙に開いた巨大な穴。二機のウィングガンを出動させ、ヘパイストスが限定可変核の最適発射地点に就く途中の出来事だ。

『こんなケース、僕も初めてだなあ』

〈ヒト、少しは驚きなさいよ。可愛げがない〉

　エリックが音声通信なのに対し、セリはテロップのままだ。

〈ああっ！　ワタシだけまだテキストオンリーなの？　もうっ！〉

『やれやれ……』

　——— あ、あははは……

　通常の海上戦の場合、超研対ウィングガンの対応はメタストラクチャーの着水を待ち、死角を減らしてから攻撃に移るのがセオリーだ。彼らの底面はＩＶシールドの守りが最も堅く、これまで収束点が観測された記録もない。また、彼らも海中は不得手だからだ。

　だが、降下が終了しない間は底面もメタスクイドの守備範囲となるため、下方向からの被攻撃想定を増やす必要がある。つまり、作戦遂行難易度が上がったのだ。

　因みに内陸部にメタストラクチャーが降下した場合は、人類生存圏の直接被害を防ぐべく地表到達前に迎え討つ、本来の意味での空中戦となる。内陸部防衛を担当する超研対二課のウィングガンは五機編成に増強されている。

　へピイＡＴｉは作戦プランを更新し、新たにメタスクイド出現予測も十体に修正、待機組の出動確率も上げる。だが、状況変化は許容範囲内とし、そのまま作戦続行となる。

　空中静止する彼らの勢力圏ぎりぎりの距離を測りながら、その下を潜るように飛翔する一課第五のウィングガン一号機および二号機。

　ふとイオは視線を上げ、初めて彼らの底面形状を直視した。

「うええ、なにこれグロい、気持ち悪う……」

『あんまり見ない方がいいよ、イオちゃん、心が病むから』

　思わず声を上げるイオにエリックは手遅れのアドバイス。

　メタストラクチャーの巨体をかたち作る棒状の構造物、その末端全てが『生体摂取口』となっており、まるでヤマビルのような邪悪な口が生物を捕獲し摂取を行う。集合体恐怖症トライポフォビアには耐えられない眺めだろう。

　人類が彼らの行為を『誘拐 abduction 』ではなく、『摂取 Ingestion』、即ち『食べている』と認識したのは、単純に彼らが『食べ散らかす』からだ。

『さ、お仕事、お仕事。へピイは何にも言ってこないしさ』

「りょ、了解でーす……」

　ヒトは言うまでもなく、セリは拗ねているので返事がない。

　二機のウィングガンはメタストラクチャー底面の勢力圏、メタスクイドが防衛行動を起こす領域を把握すると即座に上昇を開始。加速スラスターが噴く真っ白な水蒸気が円弧の軌跡を描き、彼らの巨躯を飛び越えた。ほぼ二千メートル直上、攻撃態勢に入る。

　《ウィングガン管制システムはヘパイストスＡＴｉからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマ砲セーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁投射砲冷却開始、思考装甲射出展開》

　へピイＡＴｉの合成音声が終わると、ピー音と共にコクピット内の全モニタの基調色がブルーからアンバーに切り変わり、一課第五ウィングガンは攻撃を開始した。