第2話 美緒ちゃん

 私たちは恵子さんと美緒ちゃんが住むアパートに向かった。調べでは恵子さんは昼間の会社勤めをして幼い娘を育てていた。別れた夫からは養育費も支払われず、つつましい生活を続けているようだ。

 私たちは部屋の前に立ち、ドアに耳をつけて中から男の声がしないかを確認した。


(ここには来ていない。)


 私は藤田刑事に合図してドアをノックした。


「中山さん。いらっしゃいますか?」


 するとドアが開いて恵子さんが顔を出した。その顔はやや疲れているように見えた。仕事と育児に苦労しているのだろう。藤田刑事が警察バッジを見せて静かに言った。


「警察です。お話を伺いたいのですが。」


 すると恵子さんは驚いた様子もなく、


「ええ、いいですよ。中にどうぞ。」


 と快く私たちを部屋に上げてくれた。部屋の中は物が少ないのもあるが、こざっぱりとしてきれいに片付いていた。そこに美緒ちゃんがいたのだ。彼女は座ってぬいぐるみと遊んでいた。私は恵子さんに聞いた。


「娘さん?」

「ええ、美緒です。美緒、お客さんにごあいさつしなさい。」


 その恵子さんの言葉に美緒ちゃんはぺこりと頭を下げて、


「こんにちは。」


 と屈託のない笑顔を見せてきた。これからこの部屋で恵子さんから山中のことを聞かねばならない。強盗をした父親のことを・・・こんなことを幼い子供に聞かせてはならない・・・そう判断した私は美緒ちゃんに言った。


「こんにちは。あいさつできるのね。えらいわ。ねえ、お姉さんと外で遊びましょう。」

「ええ、いいわ。」


 こうして私は美緒ちゃんと部屋の外に出た。その間に藤田刑事が恵子さんから話を聞けるはずだ。


 美緒ちゃんは素直ないい子だった。初めて会った私に人見知りすることなく、いろいろと話をしてくれた。その彼女の手にはうさぎのぬいぐるみがあった。


「かわいいうさぎさんね。」

「うん。ミミちゃんって言うの。」

「そうなの。」

「この間、パパにもらったんだ。」

「それっていつ?」

「一昨日くらいかな。」


 宝石強盗をした後に山中はここに来ていた。それは娘に会うためだけだったのか・・・。


「パパはよく来るの?」

「ううん。久しぶりだったよ。ママがいないときに来て、ぬいぐるみをくれたの。大事にしてって。」


 私は凶悪犯に親の顔を見た気がした。そのうさぎのぬいぐるみは優しく微笑みかけていた。

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