第17話 愛読家と地下室

 奇襲しようと思っても、もう戦闘状態に入った私が奇襲することは不可能である。彼女が私を見失うことはないだろうし、正面から彼女の知らない魔法を放つことも。私には何もない。でも、私には彼女達がいる。


 私が自分の魔力を切り分けることで生まれた私達は、私の魔力から生まれた彼女達は、私の魔力供給なしで動けるのは今までのことが示してくれている。あれが事故か故意なのかはいまだにわからないけれど、あの魔法を最初に使ったのは幸運だった。


 彼女達と言ったけれど、私には古読家以外に選択肢はなかった。他の私達は誰かに寄生しなくてはいけないから。切り分けた魔力の性質を変更できれば良かったのだけれど、私にそんな技術はなくて、同じ性質の私を切り分けるので精一杯だった。

 最初の感覚はわからないけれど、取り込んだ時の感覚は覚えている。そこから逆算すれば同じ性質になってくれるはずだと思った。これはそれなりに賭けではあったけれど。その賭けには勝った。


 切り分けた私は、なるべく魔力量を減らしたつもりではある。元々彼女は保険のようなもので、苦肉の策だったのだから、なるべく使いたくはなかった。私だけで決着をつけるのが理想ではあった。だから、私が使う予定の魔力を渡すわけにいかなかった。

 そうなると、古読家に攻撃手段がなくなる。元々大した魔法も使えないのだから、魔力があってもできることは少ないのだけれど、魔力がなくてはさらに何もできない。だから拾ってきた。最低限の魔力さえあれば高威力の魔法を放てるようになる道具を。魔法銃を拾ってきた。


「魔力を!」


 魔法にまともに晒されぐちゃぐちゃになった彼女を飛び越え、古読家の手に触れる。そのまま魔力接続を開始し、私の魔力と古読家の魔力を共有状態へと移行させる。

 最初から共有状態にしていれば、手で触れ合うという工程は要らなかったのだけれど、それだと彼女に古読家の存在を伝えているようなもの。魔力共有状態というのはつまり、魔力的に同じ人として認識させることなのだから、せっかく隠れている古読家を彼女の前に晒してしまうことになる。


 ともかくこれで魔法銃の連発が可能になった。古読家に渡した魔力は1発分でしかなかったけれど、魔力供給さえできれば、何発でも連続使用できるはずだ。多分、こんな無茶な使い方をすれば、魔法銃はすぐに壊れてしまうのだろうけれど、幸い予備はまだまだある。査読家はどれだけ集めてきたのだろうと、少し呆れてしまうけれど、それも私のしたことかと思えば、なんというか変な気持ちになる。


 これが私の2度目の奇襲。

 これでうまくいかなければ、もう手はない。いや、ないことはないのだけれど、流石に作戦とは呼べないほどの賭けしかなくなる。だからこれで魔力を削りきれて欲しい。よしんば、削り切れなくてもせめて何かが起きれば。ほぼ無いに等しい私の勝率が少しでも上がれば。


 けれど、そんな希望は、願望はすぐに打ち砕かれる。数十発か、数百発の魔法を放ったところだっただろうか。彼女はそこにいた。

 すべての魔法を手のひらで受け止めて、そこにいた。一瞬、魔法を撃ち消しているのかと思ったけれど、彼女は魔法を受けた傍から治すことで、魔法を無効化していた。彼女の圧倒的な、私とは別格の再生能力によって、私の策略は封じられた。


 彼女は魔法を使うでもなく、単純な化け物としての能力、機能によってそこに立っていた。単純な地力が違いすぎる。ただそれだけのこと。


 次の瞬間には、古読家の存在が消失していた。孤独に消えていく古読家の魔力を吸い取り、私の内へと戻すけれど、これに何か意味があるのだろうか。意味なんてないのかもしれない。もう、私の作戦はすべて打ち破られた。真正面から。元々作戦と呼べるかも怪しいものではあったけれど。


「悲しいよ。本当に。これがラトミちゃんを食べることのできる最後の機会だなんて。ラトミちゃんは、本当に美味しくて、何度でも食べたかったのに。ずっと食べたかったのに」


 そう言って、彼女は私の首筋に牙を押し当てた。もう動く気力も、魔力もない私に。そんな私を食べるために。

 もう搾りかすのような私の魔力がさらに減っていく。少しずつ私の魔力が、存在が減っていく。次第に消えていくのが分かる。失敗だったのだろうか。もっと準備をして、作戦を練って……いや、そうしたところで結果は変わらなかった。私は、彼女には勝てない。


 こうなれば私の勝ちはない。

 でも、引き分けはあるかもしれない。せめて一矢報いるぐらいは。


「おぇっ」


 彼女が吐血したのを見て、私の最後の作戦が発動したことを知る。

 吐血する。それは私の魔力だろう。私の魔力を、彼女の身体が有害だと判定して、吐き出そうとしている。でも、もう遅い。すでに私の魔力は彼女の全身に回っている。


「ら、らとみちゃん……? なに、を」

 

 自分の魔力を、相手の魔力に紛れ込ませ、毒に変える。

 朗読家が行ったのは、多少体調不良になる程度だったけれど、意図的に行えばもっと強くもできる、はずだ。そういう計画で、作戦で、賭けだった。


 これには自分の魔力を彼女に食べさせないといけない。今までも私は食べられてきたけれど、それはすでに彼女の魔力となっているだろうから。私の魔力を食べさせ、彼女の魔力と混在している状況でなければ、朗読家の能力は使えない。

 けれど、成功さえすれば、ここでいう成功というのは、私の目論見通りならということだけれど、彼女の魔力に異常をもたらすことができるのなら、それは彼女の再生能力を封じることのできるということでもある。


 再生能力というのは、魔力が無事でなければ機能しない。魔力に沿って、再生するのだから。なら、元である魔力が崩れれば。


 ぐちゃりという鈍い音とともに、彼女の影が倒れる。もう彼女を視認できるほど目は開いていないけれど、作戦は大成功。あとは、彼女に止めを刺すことができれば……


 全身に力を籠める。身体は言うことを聞かないけれど、這ってでも、彼女のいるところまで。血の音がする方へ。気配のする方へ。主人のところまで。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息のまま、彼女の首に手をかける。

 もうほとんど視界は見えないし、今にも消えてしまいそうだけれど、彼女を殺す時間ぐらいはあるはずだ。


「ラトミちゃん……」


 あとは手に少し力を籠めるだけで、彼女を殺せる。

 そう、殺せるんだ。


「消えて欲しいです」

「悪よ」

「殺して」

「敵だ」


 私も、私達もそう語る。

 そうするべきだ。そうするべきなのだけれど。

 

 私は何を考えている。ここまで来て。

 ここまで必死にやってきて、最後の最後で機会を得たのに。

 私は、この土壇場で。


「できない……」


 彼女を殺せなかった。

 首から手を外して。私は、ただ泣き崩れることしかできなかった。

 今までの私達の意思も、私達の覚悟も、私達の努力がすべて水疱になったけれど、それでも私は殺せない。


 ずっと思っていた。何か忘れていると思っていた。

 それを彼女に触れて、彼女の温度を感じて、思い出した。

 私は、彼女が好きなのだから。好きだから、殺すことはできない。

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