第16話 愛読家と照明
彼女は、人ではない彼女は私の主である。私が彼女の眷属であるというのなら、当然、主である。それは疑いようのない事実で、そうであれば、彼女は私よりも強力である。彼女が私の主である限り、それは当然である。元々、私の扱える力も彼女から与えられたものというか、分けられたものというか、下位互換的なものと言えなくもないのだから、彼女に能力で勝てないのは当然のことだと言える。
さらに言えば、経験でも勝てない。彼女がどれだけの時間を過ごしてきたのかはわからないけれど、私では想像できないほど長いのだろう。数十年か、数百年か。もしかしたら数千年という可能性もある。だから、彼女が人外の能力みたいなものを扱い始めれば、私に対処することはできない。能力と経験の差により、人外限定能力の戦いになれば負ける。実際、サクちゃんとの時にやっていたように、集団を対象とした魔力を読む魔法なんてものは、私では不可能な芸当だし。
だから、私に勝機があるとすれば、今、この瞬間の奇襲しかない。彼女がまだ油断してくれてあるであろうこの瞬間しかない。
「ラトミちゃん?」
私にしては速く魔法を展開したほうだけれど、案の定、彼女に魔力を読む魔法は効かない。魔力を実体化させる魔法は効かない。これでうまくいってれば、楽だったけれど、流石にそこまで楽観視はしていない。
魔法は効かないけれど、一瞬怯ませることぐらいはできるだろう。それぐらいの楽観視はしていた。期待というよりも、願望に近い物だったけれど、それは成功した。彼女が怯んでくれたのかもしれないけれど。躊躇ってくれただけなのかもしれないけれど。
彼女がまだ何が何だかわかっていないうちに、畳みかける。
私は全身に魔力を流し、彼女へと突っ込む。
腕に力を込めて、彼女の美しい肢体を掴んで、教室の窓を破って、旧校舎の外へと出る。古びた教室は、1階だったから落下することはなかったけれど、彼女を押さえつけることには成功する。
そのまま右手に力を込めて、手を握って、彼女の頭を割る。拳が彼女の、綺麗な額と目をえぐり、血が、魔力があふれ出す。血まみれになった拳を再度振り上げ、振り下ろす。何度も、何度も振り下ろす。私が血まみれになろうが、彼女に拳を振り下ろす。絶叫しながら、いや声にすらなっていなかったかもしれないけれど、私は彼女の、人ではない彼女の、美しい彼女の頭を粉々に破壊した。
普通の人なら、これでも死んでいる。ここからどれだけ高等な再生魔法をかけようが、魔力を供給しようが、ここから起き上がることはない。でも、彼女は普通の人ではない。普通の人ではなく、人外の化け物だ。
「あはは」
瞬きをしたら、彼女は完全に再生していた。あれだけ丁寧に壊したはずの頭は、完全に元通りに私に歪んだ笑顔を向けていた。歪んでいたけれど、綺麗な笑顔を。とびっきりの明るい笑顔を。
それについ見惚れてしまう。見惚れてしまった。その一瞬を逃さない彼女ではない。気づけば、私は空に蹴飛ばされていた。感覚が、左半身が吹き飛んだことを教えてくれる。同時にそれがすでに治ったことを。けれど、それを認識したころには、私の腰から下は消え去り、私の身体は校庭まで吹き飛ばされていた。
起き上がろうと腕に力を込めたころには、私の身体はすでに治っていたけれど。それでも奇襲という優位性は消えた。私はすでに作戦の、とっさに建てた作戦の第一段階が失敗してしまったことを悟る。まだ作戦がないわけじゃないけれど、一番楽に勝てるかもしれない作戦は崩壊した。正直、すでに勝機は大分薄くなってしまったと言わざるおえないだろう。
「ねぇ、本気なの? 本気で、私を殺す気なの?」
私の目の前に着地した彼女は、精神の奥底までしみこむような声でそう語りかけてくる。すっと入り込んでくる美しい声で。少し、悲しそうに。でも、嬉しそうに。
その声に応えたくなる。彼女と話したくなる。でも、私の答えはない。それに答えられる言葉はない。ただ暴力があるのみ。明言しないことで、彼女が少し手加減というか手心を加えてくれるんじゃないかという浅ましい狙いもある。
実際彼女が魔法を使う様子はない。魔力を読むことはない。その他の私の知らない魔法を使おうとする様子はない。彼女の魔力は、彼女の中だけでとどまっている。私と同じ条件で戦ってくれている。油断してくれている。まだ本気になっていない。そういうことなのだろう。それなら、まだ戦いにはなる。
私と同じ条件というのはつまり単純かつ原始的な格闘戦闘。速度や威力が違うから、人のする格闘戦闘とは違うものではあるのだろうけれど。例えば、私達の戦いに躱すという選択肢はあっても守るという選択肢はない。明らかに攻撃力に対して、防御力が低すぎるがゆえに、多少守ろうとしたところで腕が吹き飛ぶのが目に見えている。それに拘束という選択肢もない。多少腕で押さえつけたところで、力で剝がされるだろうし。
結局、格闘戦闘とはいっても、どちらが先に相手の魔力を削り、再生能力を失わせるかということになる。でも、彼女が最後まで、こんな茶番に付き合ってくれるとは思えない。だから、またどこかで最初の奇襲のように、大きく削らなくては、勝てない。
その手段を用意していないわけではないのだけれど。それが通じるのか。とりあえずあの手段を実行に移すためには、いくつかの達成するための条件があるのだけれど。それを素直に達成させてくれるのだろうか。
「ねぇ。本当に戦うの? 正直私は戦いたくないんだけれど。さっきも言ったけれど、私はラトミちゃんのこと気に入ってるから、なるべく傷つけたくはないのだけれど。これ以上やるなら本当に殺さないといけなくなるよ。冗談じゃすまなくなるよ。止まるなら今しかないけれど。……こんな言葉じゃ止まらないよね。でも、私はそんなに悪いことしたかな。これもさっきも言ったけれど、ラトミちゃんも1人食べているでしょう? それと私の何が違うの?」
「違わないですよ。きっと。でも、ただ私が気に入らないだけです。自ら人を食べるのは良くないって私は思っているから」
「……そう。人を少し食べたくらいで? まぁ、確かに私は今までたくさんの人を食べてきたよ? 食べずに殺しただけの人もいる。でも多分、その人数は4桁にも言ってないぐらいだと思うよ。どれだけ多く見積もっても。人が食べる命の数のほうがよっぽど多いんじゃない? だから良いことだとは言うつもりはないんだけれど、これぐらいで怒りすぎなんじゃないかとおもうのだけれど。少し冷静に考えてみて欲しいのだけれど、これ以上やれば死んじゃうんだよ? わかっているでしょう? 私には勝てないって。今のラトミちゃんはとても強くて、きっと自由に生きられるのに、どうしてそんなに死にたがるわけ?」
「死にたいわけじゃないですよ。そうですね。これが私にとっての自由だからですよ。多分。きっと。こうしないと、彼女達に、私に責められますから」
話してる間にも、身体は何度もばらばらになって、服はもう原型をとどめておらずお互いほとんど裸のようになってしまっていた。彼女の煽情的な身体も血で赤く染まっている。多分、私も。けれど、そんなことを意識してる暇なんてものはない。絶え間なく襲い来る攻撃は、それだけに集中しなくては、躱すこともままらない。
身体強化魔法の出力にそこまでの差があるとは思っていなかったけれど、想像よりも差が大きい。原始的な勝負でも、彼女に勝つことは難しい。必死に攻撃を躱しながら、少しずつ距離をとる。もちろん彼女は追ってくる。追ってきてくれなくては困る。そのまま、絶え間なく移動し続けた戦場は、気づけば体育倉庫へと追い込まれていた。いや、誘い込むことができていた。
「どうしてここに逃げたの? 周りが見えてないわけじゃないでしょう? ここなら勝てるってこと? そんなに魔力を高ぶらせて、魔法でも放つつもり? たしかにここで躱すのは難しいけれど、魔法の撃ち合いでも、私の方が強いよ。ここまでで分ったでしょう? 私には勝てないよ。だから、もうっ」
そこで彼女の言葉は途切れる。彼女の頭は魔法で吹き飛ばされる。私の魔法じゃない。私ではなく、彼女の、古読家の魔法が。
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