第14話 古読家と孤独

「来た。1人で来た。ラトミ。来れた。来れないかと思った。なかなか来ないから。ここに来たってことは、やっとわかった? 今回の魔力異常の正体が。原因が。要因が。なんであるかということが、わかった? そう。それならよかった。そう。そうよ。それもわかってる。わかってることをわかっているようになっているのね。でも、わかっている私に言わせれば、まだなにもわかっていない。わかっているつもりになっている。所詮それは、推測でしかない。憶測でしかなくて、間違いでもある」


「魔力異常を起こした人は、全員読書同好会の人という共通点を見つけたんでしょう? それはあっている。もちろん、私も。古読家として在籍しているのだから、魔力異常はある。あるけれど、他の人とは変わらない。他の人というのはつまり、朗読家、精読家、査読家のことだけれど、彼女らと変わらない。私も、ただの魔力異常を内包しているだけ。私の異常は、孤独になれる場所があるというものだった」


「じゃあ、魔力異常の原因は何なのか。それが気になる。気になるわけだ。でも、考えてみて欲しい。読書同好会で一番異常な行動をしていたのは、一番普段と違う行動をしていたのは、誰なのか」


「それは、あなた。ラトミ。君が、魔力異常の原因だ」


「そう。自覚はない。ラトミに自覚はないし、意図もないし、動機もない。そうだろう。そうだろうけれど、ラトミが生み出した異常だ。私の役目はそれを教えることにある。色々な事を教えることにある。

 色々な事を教える、そうは言っても、私も知らないことというのはある。もちろんある。それはラトミが元々知らないこと。私は、あなたの知識でしかない。あなたの知識というか、認知の断片でしかない。だから、ラトミの魔法が原因であるとしか言えない。どういう原理の魔法なのか、どういう理屈の魔法なのかはわからない。けれど、その魔法によってラトミの魔力は分かれた。分かれて各々が動き出した。もちろん、一番大きな力をもつのはラトミの中に残った魔力。他のは、大体同じぐらい。けれど、無視できないぐらい別れた魔力も大きかった。少なくとも、人の魔力に異常を起こすぐらいには」


「そして、私は生まれた。文字通り。私はそれで生まれた。私は、ラトミから分かれた魔力がそのまま人の姿をかたどったもの。他の魔力たちは、それぞれ動いていた。朗読家、精読家、査読家には寄生した。寄生して、それぞれの方法で為そうとした。

 朗読家は、周囲の人と環境を利用することで、自らの魔力を増やそうとしたし、精読家は、宿主の魔力を増幅させることで、能力の操作を覚えようとしたし、査読家は、集団を操作することで、自らの保全を図ろうとした」


「知っての通りというか、あなたが経験した通り、それらはあなたに敵対的であったりもしたのだけれど、でも、それでも、彼女達はあなた自身の一部。ラトミの一部。ラトミの魔力が欠けた物から生まれたのだから、それはラトミの一部。

 そしてもちろん、私もそう。私がラトミの中で元々どういった役割だったのかは知らない。けれど、私もあなたの一部」


「でも、私は特にラトミについて知っている。他の魔力異常たちは、自分の元居た場所がどこかなんてわかっていなかったみたいだけれど、私はわかっているし、それに関してはラトミよりも詳しい。でもこれは、ラトミからそういった知識を欠けさせたのが私であるという証明でもある」


「つまり、みんなあなたの一部だったのだから、いつかはあなたの下に還る。きっと、あなたが魔力異常に気付かなくても、みんないつかは戻った。魔力異常に気づかないなんてことはないのだけれど。

 そしてみんな還った。宿主の望みで還ったもの。強制的に戻されたもの。他者の手によって戻されたもの。それぞれあるけれど、みんな戻ってきたでしょう? 気づいていないようだけれど、あなたの魔力は減っていたよ。少なくなっていた。それが今、本来の値へと戻ろうとしている。私を最後にして」


「本来の値というのはつまり、本来のあなたにということ。本来の私にともいう。だってそうでしょう? 私はあなたの一部なのだから、あなたは私ということにもなる。私は、私ながらに、私がとても弱いなと思っていた。いや、人としては強い。大抵の人は、あんなに身体を傷つけられれば死んでしまうだろうし、無数の人から逃げきることも無理だろうし、学校の柵を飛び越えることも、人の魔力を喰らうこともできない。けれど、それは人としての話であって、私はもう人ではない。

 あなたは、私は肉体の傷なんて見えないはず。傷つくそばから再生していくのだから。あんなふうに傷つけられ続ければ、再生に手いっぱいで動けないなんてことにはならない。無数の人だって、一振りで全てを払いのけることができただろうし、精読家にも攻撃を喰らうことはなかった」


「それが人でなくなるということを。私は、それを望んだはずだけれど。望んでいない? 私はそういう認識だけれど、私の認識は違う。私としては彼女に、人ではない彼女に人ならざる者となったという認識なのだろうけれど、私は望んで人ではなくなったという認識を持っている」


「そもそもだけれど、あの花を使った儀式には適正がある。適正というのはつまり、人を辞められる魔力なのかということで、人を辞められる精神なのかということでもある。あの儀式はつまり、人を人ならざる者に変えるというより、人ならざるもの本来の姿をとらせる儀式だと言える。だから、拒否できる。できるというか、拒否することもある。それは儀式の失敗だと、彼女は言うのだけれど、それも一つの成功ではある。そうなれば、人を辞めることは失敗する」


「私がそうなっていないのは、人を辞められる魔力であったということ。あなたは、人を辞めたせいで、人の死への感情が薄くなっていると思っているようだけれど、私視点は最初からあなたはそういう人だった。人でなしだった。人のことなんて、どうでもいいと思ってた。いや、どうでもいいとは思っていない。人はすべて自分より下だと思っている」


「そんなことない。そう言うのだろうけれど、それも間違ってはいない。そういう面もあるという話。そしてそんな自分と、もう対面したはず。これまで対面したはず。朗読家、精読家、査読家に対面したはずだけれど。あれらが自分ではないというの?  たしかに違う点はたくさんあるし、あれらは完全にあなたじゃない。でも、あなたの一部ではある。

 そういう話じゃない。彼女達の思想は、意見は、言動は彼女達だけのものだけれど、能力は、異常の性質は、あなたの派生であることに疑いようはない。確信しかない」


「異常の性質というのは、つまり魔力の性質。あなたの魔力の性質。あなたの心の性質。魔力と精神の繋がりは知っているでしょ? 常識だもの。朗読家の性質は、あなたの様々な人に影響を与えたいという承認欲求が形になったものと言える。精読家の性質は、あなたの自分の意思を曲げられたくない、誰にも邪魔されたくないという欲求に影響を受けている。査読家は、自分のことを見て欲しいという自己顕示欲かな?   それが原因でしょう?」


「あなたは人を助けたつもりだったみたいだけれど、原因は自分でばらまいたものなのだから、お笑いものじゃない? 滑稽ともいえる。あなたは自分がまきこまれたみたいな顔をしていたけれど、自分は悪いことをしていないような顔をしていたけれど、すべてあなたが、私が原因ということは忘れないで。精読家を殺したことを忘れないで。仕方ないことだと、言うのはやめて。あなただけの責任なのだから」


「私? 言ったでしょう? 私はあなたの魔力がそのまま人型になった存在。だから、彼女達よりも、一番あなたに近い。だから、私の人格はとても、あなたに近いはずだけれど。偏りはある。違いもある。でも、私はあなただと言ったでしょう?」


「さて。これで話は終わり。私を喰らいなさい。これで終わり」


 それがコトリの最後の言葉だった。

 それで終わりかと思った。彼女の言葉通り。


 いや、終わりではあった。私の、私達の話は。

 でもまだ、読書同好会には人が残っている。人ではない彼女が残っているということを忘れていた。私は、私が一番異常な行動をしていると思ったけれど、彼女はあれが普通だと思ったけれど、彼女は人ではないのだから、存在が異常なのだから。


「あ、ラトミちゃん。もう身体は大丈夫……そうだね。良かった」


「はい。色々ありましたけれど……え。それは、なんですか?」


 コトリの潜む部屋からでて、古びた教室へと戻ると、彼女はいつものように自然に美しく存在していた。でも、いつもと違うことは、初めてだったことは、彼女が何かを持っていたということである。


「これ? わからない? 食べ物」


 血まみれの人の破片としか思えないそれを掴んでいた。

 そしてそれを優雅に、綺麗に口に運んでいた。

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