第13話 査読家と差特

 サクちゃんは査読家である。査読というのが正しいのかはわからないけれど、ともかく価値をつけたがる人である。本を読むときも、その本の価値を重視する。それは値段という意味もあるし、権力という意味もある。本における権力というのはつまり、どれだけ有名であるか、どれだけ良い本とされているかという点に他ならない。さらに彼女は、新刊をよく読んでいた。新刊に対しても、評価を、価値を下し、この本の価値は、このくらいだと言っていた。

 私は本に対して、あまりそんなことを考えたことはなかったけれど、彼女にとっては本は自分の価値を上げるためのものだったらしい。価値の高い本を持ち、価値の高い本を読むことで、自分の価値が高いのだと、私達に伝えたそうだった。


 これだけなら特にいうことはないのだけれど、サクちゃんの思考は外に漏れ出てくる。外に漏れ出て、他の人と衝突する。読書同好会の中で衝突する。けれど、それは仕方ないことかもしれない。価値というのは、比べて初めて生まれるものであるし。価値というものを重視するのが良いことなのかはわからないけれど。

 ともかく、彼女は他の読書同好会の面々の持っている本も見定めた。見定めて、価値を決めた。それが反感を買ったか、買っていないかで言えば買っていないというのが正直なところである。


 今思えば、セグシアさんとかは反論しそうなものだけれど、特にそんなことはなかった。どちらかといえば彼女は好かれていた。サクちゃんは、あの空間によく馴染んでいた。こうして振り返ってみれば、なんでそうなっていたのかはわからないけれど、それでもサクちゃんは読書同好会では好かれていた。


 まるで今は好かれていないという風に言ったけれど、別にそんなことはないのだろう。サクちゃん軍団という集団に所属する人は、みんなサクちゃんが目当てで所属しているのだから。サクちゃんが偶像となることで、あの集団は組織と成っているのだから。だから、サクちゃんは今でもいろいろな人に、それこそほぼ全生徒に好かれている。

 私も別に嫌いになったわけじゃない。でも、彼女が中心となっている異常なのだから、彼女から魔力異常を取り除かないと、話は進まない。


「わぁ、気持ち悪いねぇ」


 その言葉とともに、私の意識が帰ってくる。ほんの一瞬、意識が飛んでいた。飛んでいる間に、私の肉体は再生を終えたらしい。全方位からの攻撃魔法による損害は、私の肉体をばらばらにしたはずだけれど、そんなことでは私の魔力は揺るがないらしい。魔力が揺るがないのなら、肉体の再生も自動で行われる。そういうモノに私はなっている。

 痛みは消えていないはずだけれど、痛みを感じるまでもないほど、バラバラにされたのだろうか。私の足元には、私の魔力が、私の血が、血だまりとなっているけれど、これを見る感じは、本当にばらばらになったのかもしれない。


「どうして私を攻撃するの?」


「? だって、あなたは敵でしょぉ? サクちゃんの集団に入らないのなら、敵でしょぉ? 敵であれば、先に攻撃をするのは当然じゃないぃ? まぁ、価値が低すぎて、集団からはじきだされるような人はともかくとして、あなたはそうじゃないのだから、私が警戒するのも当然でしょぉ? 

 特に、ラトミ。あなたは危険なのよぉ? 危ないのよぉ? あなたはとても価値があるからねぇ。価値があるということは、それが有効な、有力な、強力な効果を発揮しかねないのだから、先に沈めておくのが定石だと思うけれどぉ?」


 もしかして、私が人ではないことを見抜いているのだろうか。いや、見抜いていたのだろうか。私が人を喰らう化け物の眷属であることを、彼女はわかっていたのだろうか。いや、そこまで正確な読みであることはないか。そこまで正確に読めているのなら、普通の魔法を撃ってくることはしないはずだ。ならば、多少感づかれているといった程度か。そんなに、わかりやすい行動をしたつもりはないけれど……


「次」


 その言葉で、再度、周囲の人が動き出す。周囲の魔法が動き出す。

 流石にそれまで受ける私ではない。

 さっき私が受けた魔法は、明らかに攻撃魔法だったけれど、威力はほぼ均一だった。恐らくすべて魔法銃によるものだろう。ただの学生が、あんな威力の攻撃魔法を使えるわけがない。1人ぐらいならまだしも、数十人もいるわけがない。ならば、あれは術式をあらかじめ仕込んだものによるだろう。それは分不相応な魔法を無理やり撃っているようなものだ。何発も連射できるとは思えない。外付けの魔力があれば話は別だけれど、そんなものは感じないし。

 だから、ここで魔法を躱せれば、彼女に攻撃手段はなくなるはずだ。


 結局、相手がどれだけいようが、私の狙いは1人。サクちゃんだけ。サクちゃんを捉えて、私の魔法で魔力を読めば、それで済むはずだ。そう思って、彼女の近くに行こうとしたけれど、多くの人影がそれを阻んだ。


「彼らはサクちゃんの盾よぉ。そこまで有効だとは思ってないけれど、時間稼ぎぐらいにはなるでしょぉ? あなたはこれにどう対処するのかしらぁ」


 どう対処するのかと言われても、ただ躱すだけである。前が防がれるなら、上に跳べばいい。流石に空に人はいないだろうし。まぁ、この身体能力は、人ではありえないものだから、少しずるいのかもしれないけれど。それに、こうなれば魔法は撃ってこれない。彼らが私と魔法との射線上にいることになる。


 そう考えたのだけれど、魔法は放たれた。魔法が放たれれば、その射線上にいる人は当たる。サクちゃんの盾。そう言われた彼らは、味方からの魔法によって倒れた。もちろんいくつかの魔法は私にも当たったけれど、きっと彼らに当たった魔法のほうが私に当たったものよりも多いだろう。


「やっぱり治るのねぇ」


 ちぎれた腕が、くずれた脚が再生していく。

 けれど、彼らは再生しない。いくら異常の影響下にあるからと言って、サクちゃんの盾と言われたって、彼らは普通の人なのだから。ただの学生なのだから。特別魔法が使えるわけでもないし、身体強化がうまいわけでもない。普通の人は、攻撃魔法を受ければ最低でも大けがをするし、大抵は死ぬ。


「……同士討ちしていいの?」


「うーん。良いんじゃない? 価値の高い、階級の高いものは生きているのだしぃ? 価値の低い、階級の低い彼らにもこれぐらいの役目は果たせるわぁ。それどころか、サクちゃんに貢献できたのだから、よかったんじゃないかしらぁ? いえ……よくはない、かもねぇ。結局ラトミは生きているわけだしぃ……仕留めきれれば最高だったのだけれどぉ」


 こんなのは許されないはずだ。人を駒のように扱い、誰かを犠牲に目的を成そうとするなんて。それも同士討ちも厭わずに。こんなのは、人を人と思っていない所業じゃないか。本当にサクちゃんは、価値しか見えていないのか? 人の心がないのか? それが許されるのか? 心が痛まないのか?


 そう批判することは私にはできなかった。

 私は目の前で人が苦しんでいるというのに、人が死んだというのに、殺されたというのに、ただ死んでしまったと思った。それ以上のことは思わなかったのだ。最初は。いや、それだけじゃない。それどころか、サクちゃんを守る人が減って幸運だと思った。彼女の戦力が減って、良かったと思った。人が死んだというのに。

 私も目的のことしか考えていない。目の前の人がどうなろうが知ったことではない。ただサクちゃんの魔力異常を調べて、その先にある何か、魔力異常の根幹を調べられるなら、それでいい。そう思ってしまっている。


 もう完全に私は人ではないのかもしれない。

 人であった時の精神は失われてしまったのかもしれない。

 でも、彼女は気に入らない。気に入らないんだ。


「わぁ。こわいこわい。そんな目をしないでぇ? まだお遊びは始まったばかりよぉ? みんな! 私を助けて!」


 彼女がそう叫ぶと、いたるところから人が現れた。路地の先から。家から。物陰から。人の裏から。窓から。駐車場から。地下から。空から。本当にあらゆるところから、彼らは現れた。彼らは現れて、私へと迫ってくる。私の身体にまとわりついて、私の動きを邪魔してくる。

 こんなものは私が力を籠めれば、はじけ飛ぶ程度の拘束でしかないけれど、払っても払っても、彼らは恐れも知らずに向かってくる。怪我をしていないはずはないのだけれど、痛みや怯みというものはないらしい。そうして無数に湧き出る人の手には、流石に恐れを感じざるを得ない。


 付き合いきれない。そう思い、脚に力を込めて、空へと跳ぶ。なぜか空中にもたくさん人はいたけれど、それも振り切って、距離を取る。なんどか跳んで、遠くの屋根の上に立つ。

 あそこにいちゃいけない。あそこにいれば、無数の人の手が来るというのももちろんだけれど、きっと彼女はまた魔法を飛ばしてくる。魔法を放ち、無数の人ごと、私を攻撃するだろう。それは、良くないことだ。良くないことのはずだ。人が死ぬのは。大勢の人が死ぬのは、良くないことのはずなんだ。


 いったん距離を取ったはいいけれど、これからどうすればいいのだろうか。上から見ると、改めて思うのだけれど、人の量はとんでもない。今もこちらに向けて進んできている。正確に言えば、こちらにも向かってきている。人は広がっているのに、隙間が見えない。私の位置はわかっていないのだろう。わかっていれば、全員がこちらへと迫っているはずだ。

 けれど、あれだけの人の量がいれば私はもうまともに動けない。あの人込みの中心からサクちゃんが動くことはないのだろうし、あの大勢の人が守っている限り、私は彼女には近づけない。そう思ってしまうぐらい大量の人がいた。大勢の、無数の人がいた。


 対策はある。とても簡単で、単純な方法がある。

 迫りくる人を攻撃すれば、穴は開く。彼女の守り札は所詮人でしかなくて、そして人は脆い。ただ腕を振るえば、きっと彼らは退くだろう。それを続ければ、彼女の守りはすべて消える。私にはきっとそれができる。

 けれど、それをすれば、大勢の人が死ぬだろう。なんならあの狂気を見る感じ、全員動けなくなるまで、私に向かってくるだろう。こんな時に広範囲攻撃があればよかったのだけれど、そんなものはない。


 いや、違うか。最初からわかっていたはずだ。最初から狙いは彼女だけだ。彼女を止められるなら、それでいいはずだ。でも、殺したくはない。心情的にもそうだけれど、私が真に欲しいのは情報だし、情報を取るために殺すわけにはいかない。でも、仮に無理やり吐き出させようとして、彼女が何かをしゃべるとは思えない。情報を取ることを諦めれば、物事はかなり簡単になる。

 ここから彼女だけを狙って、飛び込んで殴るか蹴るかすればいいだけだ。何人かは巻き込まれるかもしれないけれど、それでも犠牲は最小限にすむ。


 いろいろ考えていたけれど、結果的にはそれが仇となった。思案している間に、私の頭には穴が開いた。それが超遠距離からの魔法攻撃であるということに気づくのに、そう時間はいらなかったけれど、それでも確かに時間を取られて、私は屋根から落下した。

 私が撃たれたということは、向こうは私の位置を把握しているということでもある。人の流れから、私の位置はばれていないと思っていたけれど、そういう欺瞞作戦だったのだろう。してやられた。


 頭が再生してからも私の身体はまともに動かすことはできなかった。まともに動けるほどの再生が終わるより先に、さらなる攻撃が加えられる。足を砕き、手を切断し、首に刃物が刺さる。痛みは大したものだったけれど、痛いと私が叫んだところで、彼らの行動は何も変わらない。


「これで、終りかなぁ。これで私が特別から、運の頂点から外れることはなくなったのかなぁ。たまたまきた幸運をこれで守りきれるのかなぁ。そうだといいなぁ」


「ううん。終わりなのはあなた」


 痛みに耐えることもできずに、泣き喚く私の上にあの美しい声が響く。

 それと同時に、周囲の人の動きが止まる。


「ラトミちゃん、これ以上傷つくのは良くないよ。魔力がなくなっちゃう。大変だったみたいだけれど、問題は単純だったよ? ラトミちゃんは、この子が原因だと考えていたようだけれど、この魔力異常は集団が対象だよ。たまたま祭り上げられる対象として選ばれたのが、この子だっただけで。だから、集団が一つの個なんだよ。その個を対象として、魔法を読めば、こんなことはわかったはずだし、それにそうやって決めたのは、いや、でも……あぁ、そういうことか。ラトミちゃん。そろそろ気づいた方が良いよ。魔力異常を起こす人の共通点に。それじゃあ、これはラトミちゃんに」


 彼女は、私を人ではなくした彼女は、私に何かを言っていた。言っていたけれど、それが何かはわからない。何を言っているのかはよくわからなかった。最後に、大量の魔力が私に注がれたのが分かった。そこで、私の記憶は途切れる。

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