第12話 査読家と賭博

 サクちゃん軍団というものが馬鹿らしいというか、そこらの同好会と違う点は、人数もそうだけれど、強制命令という仕組みがあることである。階級が下の人は、階級が上の人の命令には逆らえない。何階層にも分かれた階級が生み出したのは、多くの人が他の人に命令する世界だった。多くの命令を聞いているというか、聞かなくてはいけないのは階級が一番下の人だったが、多くの命令をしているのは、階級が3つ目に高い人たちだった。

 創始者というか、統率者というか、最高権力を約束されたサクちゃんを除けば、階級の一番上はサクちゃんの側近と呼ばれる人で、その下が一般生徒の到達可能階級の最高点である。一般生徒と言ったけれど、サクちゃんの側近も一般生徒ではあるはずだし、一般生徒の最高点に到達できるものが、一般的な、つまりは普通の、大多数と同じような特徴を持つ生徒かと言われればそうではない。


 金持ちであったり、権威があったり、魔力が多かったり、魔法に詳しかったり、人間関係がうまかったり、そう言った個性を持つ人が最高点に行ける可能性のある人のようだった。もちろん、あるのは可能性だけで、実際にいけるかはまた別の話である。いけないことのほうが多いだろう。いけない人こそが、階級が3つ目に高い人で、命令を多く出す人だった。その命令も理不尽なものが多いように思う。それが許されている。理不尽な恐喝や、脅し、暴力が許される場所になってしまった。


 この学校に入ってそこまで時の経っていない私が言うのもなんだけれど、この学校はそんなに治安が悪い方ではないはずだ。なのに、暴力が許される、力を持つものが暴れる社会になってしまった。そういう社会をサクちゃん軍団は作ってしまった。

 集団の上のほうの人が、それを止めるという自治行為をすれば、おそらくはこの展開は終わるのだろうけれど、今のところその気配はない。そうなれば、階級の一番低い人は、ずっと虐げられる目に合う。


 けれど、階級が一番低い人でも強気に出られる相手も存在する。

 それが、階級を持たない、つまりはサクちゃん軍団に所属することを選ばなかった人たちである。これが小さな集団であれば、特に何かを言われてもどうってことはなかっただろうが、サクちゃん軍団という集団は、今では生徒のほとんどが所属する大規模団体になっている。その権威を振りかざされれば、そんなに簡単に逆らうことはできない。

 サクちゃん軍団に入らなければ、この学校に居場所はない。ということである。


 こうして、私の居場所はなくなった。元々、そんな大した居場所でもなかったのかもしれないけれど、それなりに衝撃ではあった。今まで幸運なことにそういった経験を学校でしてこなかったから。

 まるで、これが不運な事のように言ったけれど、私はまだましな方だと思う。いや、不運であるというか、恐ろしいことに違いはないのだけれど、特に直接危害を加えられたわけではないから、そういった点はましなほうなのだろう。


 でも、流石に周囲からの見定めるような視線というか、この存在をどう扱うべきかという視線に耐えきることはできず、私は屋上へと逃げた。学校に行かない選択肢も考えたけれど、彼女に、人ではない彼女には会いたかったから、その選択肢はなくなった。

 彼女はまだどこかへと行ったままだから会えないのだけれど、もしかしたら今日にも、いや、今この瞬間にも帰ってくるかもしれないから、私は学校に来ていた。


 私が人ではなくなった屋上は、厳粛というか、神聖な雰囲気すら感じる場所だった。多分錯覚なことはわかっている。この進入禁止の屋上という場所が、外界と完全に隔絶されたように感じるこの場所が、聖域のように感じている。

 学校に来てから帰るまで私はずっとここにいることにした。特に他に行くところもないし、暇つぶしの本も何冊か持ってきた。こういう時に勉強とかができるなら、もう少しうまくいけたのかもしれないけれど。


 こうして現実逃避をしていたけれど、放課後になるころには、流石にもう少し冷静になっていた。そう現実逃避である。こうして、屋上に逃げ込むのも、何かしら理由をつけて学校に来たのも。

 現実に向き合うとすれば、今回の騒動の原因はサクちゃんだということはほぼ間違いないだろう。サクちゃん軍団なんて名前で活動しているぐらいだし。そのサクちゃんを止めるということをしなくてはいけないのが現実である。


 この現実が私が向き合うべきものかはわからない。

 私が対処しなくてはいけない問題なのかはわからない。けれど、この状況が気に入らないというのは事実ではあるし、この状況をなんとかできるのは私だけかもしれない。

 外部のものに救援を求めれば、誰かは来るのだろうけれど、来た誰かがサクちゃん軍団に入ることがないとは言えない。まぁ入ることはなくても、サクちゃん軍団という集団の異常さに目を向けることはないだろう。数少ない私と同じ境遇の生徒がそうだったように。


 同じ境遇といったけれど、彼らは、サクちゃん軍団に所属しなかった彼らは、どう見ても人だったし、きっとそれが私と彼らの認識の差なのだろう。私があの集団を異常で異質であると認識できている理由だろう。

 私が人ではないから。


 人ではない私だから、サクちゃんを止めることができるはずだ。

 魔力異常をこれまで2つ止めた私なら、止めることができるはずだ。

 そんな考えとともに、そんな驕りとともに、私は帰り道でサクちゃんと相対した。一対一ではない。私は1人だけれど、彼女は数人を侍らせている。


「あら、ラトミ。久しぶりぃ。こんなところで偶然……ってわけでもなさそうだけれど。あぁ、でもどうなのかなぁ。ちょっとまって……今、あなたの要件を当ててあげる。うーんと。うーんとねぇ。悩むなぁ。なんだろう。うーん。もうちょっとで出てきそうなんだけれどぉ。もう少しなのぉ。喉元まででてきているのだけれどぉ……あ、そうそう。わかったぁ。あなたぁ。あれでしょう? サクちゃんの仲間に入れてほしくてきたのでしょう? わかるぅ。わかるよぉー。寂しいものねぇ。孤独だものねぇ。独りだもんねぇ。怖いよねぇ。独りぼっちってのは。孤独ってのはさ。寂しいよ。寂しいから、ここに来たのでしょう? それともあれかなぁ。あの空気に耐えられなくなってしまったのかなぁ。だって、今は学校でサクちゃんの仲間じゃない人には、もう人権はないものねぇ。人である権利はないものねぇ。だから、ここに来たんでしょう? どう? あってる?」


「違う」


「違うぅ? へぇ。へぇー。へぇ……そうなんだ。折角、友達のよしみで高い階級にしてあげても良いかなって思ったのにぃ。勿体ないよぉ。こんなの、いろんな人がうらやましがるよぉ? いいの? ほんとに? そう……そっかぁ……そんなかんじなんだぁ……でも、それって、ずっと立場の低い状態でいるってことだよねぇ。

 今の学校で一番立場が低くて、何をしてもいい存在、そういう存在で居続けるってことよぉ。サクちゃんの仲間に、サクちゃん軍団に入らないってことは。最低条件なのよぉ? サクちゃん軍団に入ることが、人としての権利を獲得する第一歩なのよぉ? そうしてようやく開始地点に立てるの。まぁ、開始地点はどん底だけれどぉ……能力があれば、何かしら秀でていれば、まぁつまり運が良ければ階級は上がるよぉ。


 そうよぉ? 階級なんて運が良ければ上がるわぁ。例えば、サクちゃんと元々知り合いとかねぇ? でも、そうではなくたって、お金をたくさん持っているとか、勉強が多少できるとか、魔力が多いとか、魔力がきれいとか、そんなことも全部運でしょうぅ? もちろん努力もあるのでしょうけれどぉ……それは努力できる才能だって言うし、そう思えば、全部才能でしょぉ? 才能って言うのは、結局のところ生まれたときからの運なのよ。だから、階級とは今の運勢によって決まっているようなものだよねぇ。

 もちろんサクちゃんも運よぉ。運が良かったの。たまたまみんながついてきてくれて、私が頂点に立った団体が完成したからねぇ。これが運じゃなかったとしたら、なんだというの? 


 昔から嫌いだったの。自分は運ではなくて、努力で、努力だけで成り上がったみたいな顔をしている有名人がねぇ。みんな嫌いだったのよぉ? まるでサクちゃんが頑張ってないから、努力していないから、成功していないみたいな顔をされるのが嫌だったのよぉ? 努力していないから、失敗してるみたいな顔をするよねぇ。みんな。

 サクちゃんだって精一杯なのにぃ……酷いと思わない? ずるいと思わない? 悲しいと、思わないかなぁ? だから、少しも努力せずにこの立場に甘んじれることに感謝するわぁ。それに滑稽だとも思うわねぇ。あの頃、私を頑張ってないといった彼らより、一切頑張らずに上にたったわぁ。これでわかってくれたかしらぁ。私も精一杯頑張ってたって」


 サクちゃんの話はよくわからなかった。

 真理のような、的外れのような話をしていた。

 けれど、それを私が聴く必要はない。私のすべきことは、ただ彼女の魔力異常を除けばそれで済むはずだ。彼女を殺してでも。それを成せば。


「話は終わり?」


「そうよぉ? そして、危ないあなたを囲むのも終わりよぉ?」


 その言葉で周囲を見渡す。

 いつのまにか私は囲まれていた。その全員が魔力を高めている。

 それが魔法を放つ事前準備だと理解するのにそんなに時間はかからなかったけれど、少し反応は遅れた。遅れてしまった。その少しの間に、魔法は放たれ、私に命中していた。

 

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