第7話 朗読家と漏毒

「と、いうようなことがあったわけなんですよ」


 放課後、旧校舎の奥にある古びた教室で、彼女に血を吸われながら、彼女に軽く触れながら、彼女を見つめながら、そんな話をした。ロイラの相談から始まる一連の話をした。まだこの教室には誰も来ていない。誰かいたのでは、こんな話はできない。

 ロイラに相談され、事情を説明され、頼みごとを簡単に請け、調べた結果、行動した結果、わかったことを彼女に話した。手に負えなくなっている気がするという恐れは、話さなかったけれど。でも、彼女には見透かされているかもしれない。なんとなくだけれど。


 本当は、ロイラの話もしない方が良いのだろう。ロイラは私を信じてというか、頼ってというか、私を選んで話してくれたのだから、それを勝手に彼女に話すというのがあまりよくないのはわかっている。わかっているけれど、彼女にはすべてを話したくなってしまった。隠し事はできない気がして。彼女の閉じられた目の奥に、私の思考をすべて見つめられている気がして。見透かされているような気がして。


「それで、どうしたいの? ラトミちゃんは。色々調べて、色々わかったみたいだけれど、まだその問題は決着していないんでしょ? どんな決着にするにしても、好きにすればいいと思うよ。それこそ、決着をつけるかどうかも、ラトミちゃん次第ではあるし。ラトミちゃんが選ぶことができるんだよ。他のだれかではなく、ラトミちゃんがラトミちゃんの意思で、結末を変えることができるんだよ。いや、もちろん限界がないわけじゃない。限界はあるけれど、今回の場合ではその限界に達することないと思うよ。


 聞いている感じ、迷ってるんだね。これ以上、踏み込んでいいのかと。これ以上入り込んでいいのかって。それは、多分自分のためかな? いや、責めてるわけじゃないよ。人は誰しも自分のために動くから、当然だよね。当然で、普遍で、普通のことだよ。まぁ、私達は人ではないのだけれど。これ以上踏み込んで、何もできなかった時の無力感を感じるのが嫌とか、もっと言えば状況が悪化でもしたら最悪だよね。傍観者で、観測者で、探索者でしかなかったはずなのに、いつのまにか当事者になっているみたいだもの。気持ちの持ちようが違う。


 でもまぁ、私から言わせてみれば、すでにラトミちゃんはもう当事者だよ。そこまで調べ上げて、そこまで情報がそろっていて、今回のことに干渉する力もある。そして、その力はそう簡単には止められない。ラトミちゃんは自分の手が小さいと思っているようだけれど、そんなことはない。今まではそうだったとしても、今は違う。もうその手は、人の手ではないのだから、今までとは違う。今まではできないことができるのだから、ラトミちゃんの手に負える問題だよ。それどころか、ラトミちゃんの手に負えなければ、誰の手にも負えないだろうね。そう、誰の手にも。


 とりあえずなんだけれど、学校を休んでいる人達を見に行ったらどうかな。あ、そうそう、もちろん目で見るわけじゃなくてね」


 簡単そうに語った助言をもとに動くことにしたけれど、私は学校を休んでいる、つまり朗読会に行った人達の家なんて知らない。それを、彼女に言ったのだけれど、そんな情報は盗み出せばいいよ、と当然のように言っていた。やはり彼女には、あまり倫理観というものがないらしい。

 けれど、それ以外にやり方がないというもの事実ではある。一応、人に聞き込みをしてすべての住所を知るという方法もあるにはあるけれど、それは少しどころか、大分難しい方法に思える。難しいどころか、私では無理だろう。そんな人心掌握術はない。


 ということで、私は職員室へときた。それも夜に。というか深夜にである。職員室に忍び込み、情報を盗み出すために来た。具体的にどのあたりにあるのかは知らないけれど、流石にまとめてあるものの一つや二つぐらいあるだろう。そういう推測だったのだけれど、まず職員室に入るのに苦労した。


 まだ私は、彼女のように魔法を扱えない。彼女のいう所の、能力もほとんどない。まだ能力と魔法の差というのもよくわかっていないぐらいである。だから、基本的にはほとんど人のままで、正面突破で職員室へと潜り込まなくてはいけない。今、私が人と違うのは身体能力と再生能力で、学校の周りの柵などは簡単に飛び越えられるし、仮に警備員に見つかったりして、魔法を放たれても死ぬことはないはずだ。


 正直、最後までこんな方法をとっていいのかと思っていたけれど、私はもう人ではないのだから、人に適応される法律とは関係ないという理論武装をして、乗り込んだ。本当に簡易的で、すぐに突破されてしまうような理論武装だったけれど、私の小さな倫理観を破壊するには十分な武装だった。


 閉じられている扉を力づくでこじ開け、職員室へと侵入する。一応、一番使われてなさそうな扉を選んだつもりだけれど、すぐにばれるだろう。事故だと思われて、犯人が調べられないことを祈る。調べられても、私がやったことだとはわからないだろうけれど。

 初めて入った職員室は、多くの記録媒体があった。きっとこの中に、求める情報があるはずである。手当たり次第に探すのは流石に効率が悪い。私の魔法を使うべきだろう。


 彼女の言葉で思い出したけれど、私は使える魔法が増えている。人である時に比べれば、彼女の教えてくれた魔力を読む魔法というものが。これを使っていれば、もう少し楽に情報を調べられたかもしれない。いや、思考まで読めるわけではないし、あまり変わらなかったか。

 魔法により、魔力による情報記録媒体から、様々な情報を抜き出し、職員室を後にする。幸い、魔法探知機が起動することはなかった。この魔法は、とても静かで、使った痕跡をほぼ残さない。おそらく、目の前で起動しても、ほとんどの人には分からないだろう。


 できれば、今夜中にすべての家に忍び込みたいところではある。正面から見舞いにきた友達のふりをして入るという選択肢もあるけれど、そんなことをしていたら何日かかるかわからない。朗読会まではあと数日。数日のうちに、すべての人のところに行かなくてはいけない。噂によれば、意識はあまり回復していないそうだから、知らない人が入っていてもばれないだろう。


 こうやって、すべての被害者の下へと向かって、その魔力を読みに行ったのだけれど、幸いにして忍び込む必要はなかった。忍び込まずとも、家全域ぐらいであれば、魔力をすべて読むことができる。大きな家がなかったのも幸いした。こうして、すべての被害者、全員の魔力を読んだのだけれど、結論から言えば、全員同じような魔力異常を引き起こしていた。


 それは当然のことではある。全員同じような魔力異常でなければ、全員同じような症状でないわけがない。それはわかっていた。けれど、その魔力異常は、何かが混ざったような異常で、その混ざったものがどこかで見覚えがあった。きっとこれに彼女は気づいていたから、私に魔力を読んでみるといいといったのだろう。


 もうこれで、問題は解決した。いや、理解した。理解することができてしまった。

 明日を朗読会に控えた日に、私はロイラと会った。朗読会の部室で。


「どうでしたか? 何かわかったことはありましたか? 今回のことについて。何でも構いません」


「ごめん。何もわからなかったよ。あんな安請け合いをしておいて、申し訳ないんだけれど、何もわからなかったとしか。私の手に収まる問題じゃなかったということかもしれないね」


「そうですか……いえ、しょうがないです。私も調べてみたのですが、結局何もわからずじまいで。何も問題はなかったと思ったのですけれど、それは今までも同じでしたから、また同じように問題が起こる可能性は非常に高いわけです。それでは恐らく、次の朗読会が最後の朗読会になってしまいます」


「そうだね。その前に1つ、頼んでも良いかな。ロイラの朗読を聞いてみたいと思って。個人的に、気になるんだ。ロイラの朗読がどんな感じなのか。一度、真剣に聴いてみたいと思って。本当は朗読会の時に聴きたいのだけれど、あいにくその日は別の予定があってね。外せないんだ」


 私の頼みにロイラは嬉しそうに目を輝かせて、朗読を聴かせてくれることを約束してくれた。彼女はもうそんなに朗読を披露する機会がないと思っているのだろう。だから、こんな簡単にやってくれる。もちろん、朗読が好きで聞いてほしいと思っているのもあるだろうけれど。


 ロイラの朗読はとても心があった。まるで作品内の人たちが本当にそこにいるかのような。物語の中に入り込んでいるような気持になる。何よりもロイラが楽しそうに朗読をしていることがとても良い。とても素晴らしくて、いつまでも、何度でも聞いていたくなるような朗読だった。

 けれど、途中でその朗読は止まってしまう。止めたのは、私。私の魔法が、彼女の朗読を止めた。魔力を読む魔法に力を籠め、彼女の魔力を顕在化させたからである。それを見て、私の仮説は、確信へと変わる。元々、ほとんど確信していたことだけれど。

 彼女の魔力には、学校を休んでいる人達と同じ、つまり朗読会に来ていた人達と同じ魔力異常があった。


 結論から言えば、彼女がみんなを体調不良にした張本人であるということになる。無自覚だろうけれど、彼女の朗読は、声は一種の魔法のようになっていて、彼女の魔力異常が、伝播してしまったのだろう。伝わってしまって、うつってしまったのだろう。病気がうつるように。

 意識のない被害者達の魔力を読んだ時、この魔力異常がどこかで見たことのあるものだと思った。けれど、見たことはなかった。見たことはなかったけれど、感じたことはあった。部室で小さく朗読する彼女から感じたものだった。


 さっき魔力を読んだときは、何も魔力異常などなかったけれど、朗読を進めるほどに魔力異常は顕著になっていった。おそらく、それが活性化条件なのだろう。普段は、魔力の奥のほうで隠れていて、自らを広めるときのみ、表に現れる。

 これなら対策は簡単だ。魔力異常を取り除けばいい。魔力異常と言っても、所詮は魔力なのだから、私の敵ではない。喰らえばいい。私の、人ではない私の本分は、本性は、魔力を喰らうことなのだから。彼女の異常な部分を喰らい、彼女を人に戻せば、この問題は解決する、はずだ。被害者だって、本体である、媒介主である彼女の中の魔力がなくなれば、直に治るはずだし、朗読会に人が集まったのも、この魔力異常が何かをしたのだろう。


「あれ……あ、ごめんなさい。すこしぼおっとして……どこまで読みましたっけ」


「全部読んだよ。ありがとう。とても良かった。もしも朗読会がなくなっても、また私には聞かせて欲しいぐらい」


 それだけ言って、部屋を出た。

 彼女にすべてを話す気にはなれなかった。あれだけ朗読を楽しそうにしている彼女に、あなたのせいですなんて。あなたの朗読が、みんなを被害者にしていたなんて言えない。彼女の朗読を聴いたから余計にそう思った。

 でもきっと、これでは朗読会はなくなるだろう。明日の朗読会で、被害者は出ないだろうけれど、それでも原因不明の事件が起きたのだから、危険は負わないはずだし。


 私がすべて話せば、朗読会は存続するだろうか。けれど、その時、そこに楽しそうに朗読するロイラの姿はないだろう。ないのなら、存続したって意味はないように思う。

 ……いや、こんなことはすべてただの理論武装でしかない。薄氷の上の理論でしかない。ただ、私は彼女に真実を伝える勇気がなかっただけなのだから。

 そんなことを言えるほど、私は強くはなかった。

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