第6話 朗読家と病床

 完全に日が沈み、校舎に居づらくなり、近くの公園と向かった。この学校というか、どこの学校でもそうだろうけれど、日が沈み切ってから、生徒を学校においておくのはまずいらしい。建前上は生徒の安全性という理由だけれど、実際は子供の世話なんて面倒くさいことをずっとやってられないというのが本音だろう。それに、家に帰れば子供が安全であると信じているというのもある。だから、今こうやって公園にいることが分かれば、多少咎められる可能性がなくはないのだけれど、まぁ、大丈夫だろう。どうせ誰も気にしてはいない。


「えっと、さっきの話なんだけれど、どうして私なの? 朗読会で何が起きているのかを調べて欲しいと言ったけれど、私は探偵や刑事といったわけでもないし、謎解きが得意なわけでもない。ただの……一般人だよ?」


 人ではないけれど。もう私は人ではないのだけれど。人ではないと言っても、生活としては人と大きく変わらないのだから、人と同じであると言ってもいいはずだ。少なくとも、この場面では一般人と言っていい。言って良いはずだ。

 その朗読会で何か起きているのか、それとも何も起きていないのか。それすらわからないけれど。私に何かができるとは思えないのだけれど。


「それは、その……」


 ロイラは少し言いづらそうに言葉を詰まらせる。言うべきがどうか悩んでいるようで、少し時間を要した。けれど、結局は言うことを決めたらしい。


「ラトミさんしか、頼る相手がいなかったからです。恥ずかしながら、私はそんなに知人が多い方ではなく、読書同好会の皆さんぐらいしかいません。そして読書同好会の皆さんのことも、私はあんまりのことを知りません。だからとりあえず、声をかけてみたというのが本音です。もちろん、一番声をかけやすかったというのもありますが」


 彼女は私を選んだというよりは、私が総当たりの一番最初だっただけのことらしい。たしかに、新たなに読書同好会に入ってきた人たちは、個性的な人たちが多いし、話しかけにくいというのもわかる。ロイラもその個性的な人の中に入っているのだけれど。

 でも、彼女、私を人ならざる者に変えた彼女という選択肢もあったはずだけれど。


「あ、あの人は……その、すこし、怖くて」


 怖い? 怖いだろうか。怖いのかもしれない。実際、あの時、花が手のひらに刺さった時、私はとても恐怖を感じていた。計り知れない恐怖を感じていた。今となれば、そんな恐怖はどこかへと消えていったけれど、まだ慣れていない人は、まだ怖いのかもしれない。


「やはり、迷惑でしょうか」

「いや、大丈夫。少し調べてみるよ。でも、あまり成果を期待されても困ってしまうけれどね。できる範囲で、やってみることにするよ」


 こうして私は、安請け合いをして、調査に乗り出すことにした。安請け合いというよりは、断りづらかった。断りたかったわけじゃないけれど、断るという選択肢は初めからなかったように思う。気づけば私は、彼女の頼みを聞いていた。


 とりあえず初めにすることは、現場検証だろうか。そう思って、次の日の休憩時間に、朗読会の行われている、行われていた教室へと足を運んだ。放課後でもよかったのだけれど、放課後は読書同好会に行かないといけないから、なるべく空けておきたい。彼女に、人ではない彼女に頼めば、行かない選択肢もとることができるだろうけれど、私が彼女に会いたいのだから、行かないという選択はなるべく取りたくはない。


 朗読会に使われた部屋は、ロイラの言ったとおりの部屋だった。あまり大きくなく、20人程度が入ればすぐにいっぱいになってしまうだろう。場所は、図書室の隣にある。おそらく、普段はここが朗読部の部室になっているのだろう。朗読するのが活動内容なのであれば、図書室が隣にあるというのも当然というものである。読書同好会も図書室の近くの部屋ではいけなかったのだろうかと思ったけれど、彼女の大量の本を置く場所はこの辺にはないから仕方ないのかもしれない。


 数分、部屋を見回ったけれど、特に不審な点はない。多少本が置かれている程度で、それ以外には何もない。置かれている本も、朗読に向いていそうな、短い物語が多いようだった。絵本のようなもののほかにも、短編集みたいなものまでおいてある。一部、長編の物語や、論説文も含まれているが、おそらくロイラの趣味だろう。今は、彼女以外この部屋に入る人はいないようだし。

 けれど、まさかここに置かれてある本の全てがロイラのものというわけではないだろう。彼女ではないのだし。多分、歴代の人が少しずつ置いていったものであると思うけれど、こういうのを見ると、部活であると感じる。色々な人がいた感じがある。ロイラが入る前は誰も活動していない部活だったらしいが、昔は多くの人がいたのだろうか。


 一応、他にもこの部屋に入る可能性のある人としては顧問という存在がいる。けれど、特に何かをしているというわけではないらしい。いや、何かはしている。今回の集団で風邪か病気かになってしまう事件、事故かもしれないけれど、を受けて、朗読会を禁止しようと決めたのは、その顧問らしい。その先生も何が起きたのかはわからなかっただろうが、朗読会が事件の発生場所であるというのは嫌だったのだろう。


 仮に事故ではなく事件ということにしておいたとして、もしもこの事件の首謀者が朗読会を犯行現場にしただけなのであれば、朗読会を禁止にしたとしても、この問題は終わらない。終わることはない。また別の場所で同じようなことが行われるだろう。

 でも、その可能性は低いように思う。事件ではないだろうと私は推測しているけれど、ならなんなのかと聞かれると、私にはまだわからない。でも事件にしては、対象が多い気がする。合計で被害者は25人くらいになるわけだけれど、そんなにも狙う意味はないように感じる。なので、とりあえず、事件という可能性を減らしていこうと思う。


 そのために朗読会に行った人に会いに行くことにした。会いに行くことにしたと言っても、朗読会は予約とかが必要なわけではないし、受付の人がいるわけでもない。自由に聞いてよかったし、途中退室も可能だったから、正確に誰が来たのかなんてわかりようがない。でも、あの場であれば、体調不良の人が向かった場所であれば、その記録が残されているかもしれない。

 こうして私は保健室に来た。


 保健室は、どこかの古びた教室や、朗読会の行われている部屋と違って、とても大きい。当然のことだけれど、何人もの生徒が入れるようになっていて、清潔感のある空気というか、匂いが部屋中を漂っている。幸いにも、保健室に生徒はおらず、先生のみだった。先生は、突然保健室の扉を開いた私に、どうしたの? と声をかけてくれた。


「こんにちは。先生。えっと、そうじゃないんです。別に怪我をしたとか、気分が悪いとか、そういうのではありません。肉体の不調ではありません。あ、魔力の不調でもありません。少し聞きたいことがあってきました。

 数日前、いえ、もう数週間前ほどのことかもしれませんが、大勢の人が同時にここに運び込まれてくることがあったはずです。ちょうど、20人ほど。同時に。その人達について聞きたいのですが、可能でしょうか」


 これまた当然のことだけれど、そんなことを教えてくれるわけはなかった。少し事情を話せば、何かしら情報が手に入るかと思ったけれど、個人情報保護がどうこうと言うだけで、私の欲しい情報は何も言ってくれなかった。でも、少し興味深いことを言っていた。いや、正確にはロイラも同じようなことを言っていたのだけれど。


「彼らは全員、同じようなことを訴えた」


 全員、同じような体調不良だったということである。個人のことは聞けなかったけれど、全体のことは聞けた。今は、それでよしとすることにしよう。


 けれど、こうなれば次に向かうべきは、聞き込み調査だろうか。今、私の思いつく朗読会に行った人を探す方法はそれしかない。張り紙などで情報を集めるという手がないわけじゃないけれど、時間がかかりすぎる気がする。次の朗読会までそこまで時間があるわけでもない。


 まずは同じ学級の人に朗読会を知っているかと聞いてみた。私は友達は多い方じゃないけれど、別にいないわけではない。けれど、同じ学級に朗読会について知っている人はいなかった。名も聞いたことはないらしい。

 次に、同じ学年の人に話を聞いてみることにした。色々な場所で、手当たり次第に声をかけ、朗読会を知っている人を探した。結果、朗読会という名前自体は知っていても、行ったことのある人はいなかった。けれど、行ったことのある人と知り合いである人を見つけた。


 正確には、行ったことある人の友達が先輩にいる人である。その行ったことのある人の友達である先輩さんのところへ行ってみる。上級生の階層に行くのは多少緊張したけれど、特に変なことも起きることはなく、目的の教室へとつく。

 そこで、目的の先輩さんの名前を呼ぶと、すんなりとことは運び、その友達について教えてくれた。本当は朗読会に行ったことのある友達と話したかったんだけれど、そう上手くはいかず、友達は休んでいるらしい。というか、その休んでいることしか情報はなかった。朗読会の次の日から学校にずっと来ていないらしいということしか。


 それからも人に話を聞いていくうちに、朗読会に行った人は、学校に来なくなったらしいということが分かった。体調不良になった人がではなく、朗読会に行った人が、である。つまり、最初の観客が8人だった時から、観客が20人ぐらいだった最後まで、その全員が何かしらの被害を受けているというわけである。被害者は、体調不良になった25人程度ではなく、40人弱程度だったということになる。しかも、被害は想定よりも大きい。まさか、学校に一度も来れないほどとは。


 これはもう私の手に負える問題ではないのではないかと思わないのでもない。というか、最初から私の手に収まる問題な気はしてなかったけれど、昔の私ではありえないような行動力のせいで、それがさらに顕在化している気がする。昔の私なら、こんなことはしなかった。昔の私なら、保健室に入って、先生と話すこともできなかっただろうし、同級生に聞き込み調査をしたり、先輩達の教室まで乗り込むこともなかっただろう。いや、それこそロイラの話も断っていたか、はぐらかしていただろう。


 けれど、特に私は抵抗なく、ここまで来た。それはきっと人ではなくなってしまったから、いや、彼女に出会ったからだろうけれど。あの時、旧校舎で彼女に出会ってから、明確に何かが変わっている。変わった私の手には、収まる問題なのだろうか。

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