第5話 朗読家と階段

 自らをロイラと名乗ったその子は読書家の多い、多いというか増えた読書同好会の中でも、特に朗読を好む子だった。朗読というのは、言葉を出して本を読む方法である。読むのは遅くなるし、疲れるし、声も枯れるけれど、内容は入ってきやすいらしい。私は前半の良くない点がとても強く感じてしまうけれど。


「ラトミさん……少し、時間ありますか?」

「あー、うん。大丈夫」


 読書同好会の会合も終わり、もうみんなが帰ろうかという時に、彼女はそう切り出した。困り顔の彼女を放っておくわけにもいかなくて、彼女の話を聞いてみることにした。

 最近は時間が有り余っているというのもある。私が人ではなくなってから、時間が大きくできた。食事なんてほとんどとらなくても、大気中からの魔力吸収で賄えるし、睡眠時間も短くなっている。寝ようとも思っても、寝られないのは少し困るけれど。


「それで、どうしたの?」

「知っての通り、私は朗読という読書法を取っています。変な読書法だと思われるでしょうけれど、私はこれを変だと思ったことはありません。どうにも、黙って本を読むというのは難しいのです。そう思いませんか? 思いませんよね……でも、今更それに困っているわけじゃないです。


 もちろん、同じく読書同好会の皆さんには少し悪いかと思っていますけれど、読書が好きな人が集まるのだから、私がいて悪いということはないはずです。一応、皆さんの邪魔にならないようになるべく小さな声にはしているつもりです。迷惑だと思ったことはありませんか? ないですか。それなら、良かったです。私としても、皆さんの邪魔をするのは本望ではありません。かといって声を出すことを止めることはできませんが。

 皆さんは私の声を聴きたくないでしょうから、小さな声で朗読しています。でも、私も大きな声で朗読していることもあるんですよ。聞かせないようにする朗読ではなく、聴かせるための朗読をしているんです。大勢の人に、多くの人に聞かせるために朗読を。


 知っていますか? 朗読部というものを。部員は少ないというか、幽霊部員を除けば私しかいないんですけれど、月に数回朗読会というものを開いてまして、朗読を披露しているんです。朗読を聞きたい人を集めて、それを聞いてもらうというものです。その時に私は大きな声で、皆さんに聴かせるために、朗読をするんです。

 今回相談したいのは、その朗読会のことなんです」


 朗読会に来て欲しいとかそういうことだろうか。私もロイラの朗読に全く興味がないわけでもない。友人が頑張っていることに興味を持たない人は少ないだろう。それに、他の人がどんな本が好きなのかというのも気になる。

 読書同好会という場にいながら言うのあれだけれど、読書というものが好きになったのは最近だから、他の人が普段どんな本を読んでいるのかわからない。それが気になるというのもあるし。


「あ、違います。もちろん、読書同好会の皆さんが来てくれればうれしいですが、今回相談したいこととは無関係です。いえ、結果的にはそうなってしまうかもしれないのですが……主題としては、そこではなくてですね」


「えっとじゃあ何だろう。朗読会が開催できなくなりそうとか、幽霊部員の人が来ないとか、そういった問題なのかな」


「うーん。そうですね。そうかもしれません」


 ここまで来ても、ロイラはまだ私に本題を言うことを渋っているようだった。悩んでいるようだった。

 けれど、数秒後には意を決したように、私を見つめて、話し出す。その問題について。朗読会で起きている問題について。


「結論から言えば、朗読会は禁止になるかもしれないというのが、今回の問題なんです。そうです。禁止です。しかも恐らく無期限の。もう二度と朗読会はできないかもしれません。少なくとも私の在学中に開かれることはないでしょう。

 事の始まりは、3回前の朗読会、だったと思います。なのでもう、一カ月以上前のことになりますか。それが始まりでした。今思えばですけれど。その時はそれが始まりだなんて、考えもしませんでした。


 その時は、珍しく観客が8人もいました。朗読会と言っても、毎回そんなに人が集まるわけではないです。普段は3人から5人ぐらいです。この学校はそんなに人数が多いわけでもないですし、そこから朗読に興味がある人で、時間に余裕がある人しか来ないのですから、3人でもかなり多い方でしょう。でも、その時は、8人いました。


 随分と多いと思いました。けれど、それは私にとっては喜ぶべきことだったので、意気揚々と、意気込んで、いつも以上に真剣に朗読をしました。あ、もちろん、普段の朗読会も真剣に朗読していますよ。でも、その時と同じではありませんでした。やはり誰かが前にいれば、とても身も入ります。とても真面目に、真剣に朗読をして、私は今までで一番良い朗読ができたと思いました。


 観客として来てくれた8人も全員が喜んでくれていたと思います。ここまでは良かったんです。この先です。困ったのは。いえ、その時はたいして困りませんでしたけれど、この先の困ったことに続くのは、この先に起きた出来事です。

 8人のうちの1人が体調不良を訴えたんです。症状は軽く。すぐに保健室に向かいましたから、大事にはならなかったので良かったのですが、これが始まりでした。


 私もこの時はそういうこともあると思っていました。たまたまたくさん人が来て、その中から体調不良の人が一人出るくらい、そんなに珍しくもない、特記する事項ではないと思ったんです。けれど、次の朗読会、つまり2回前の朗読会では、13人も人が来ました。その前の1.5倍です。通常時の約3倍です。


 はい。私もそう思いました。その前、つまり今から見れば3回前の時に、気合を入れて、意気込んで、頑張って、良い朗読をした影響で人数が増えたのだと。8人の観客たちの誰かが、広めてくれたから、さらに観客が増えたのだと。そう思いました。

 けれど、違ったんです。いえ、違うのかはわからないのですが、違うのだと思います。なぜならその前に来てくれた8人の姿は1人も見えなかったからです。悲しいことに、寂しいことに、8人全員が来てくれませんでした。


 まぁでも、そんなことはよくあることです。よくあることのはずです。それにたまたまこれなくなっただけかもしれません。けれど、ならこの13人の観客はどこから来たのか? それが分かりませんでした。8人の観客たちが広めたわけではないのでしたら、一体彼らはなぜここに来たのだろうと思いました。

 これが6人とかなら、特に疑問を抱くことはなかったでしょう。普通より少し多い日が二回連続で続いただけのことです。そういうこともあるか。そう思っていたことでしょう。


 でも、そこにいるのは13人でした。それも全員新しいお客さんでした。全員初見さんでした。もちろん初見さんでも大歓迎です。嬉しいです。私の朗読を見に来てくれるのは。でも、流石に13人ともなると、恐ろしく感じてしまいます。冷やかしのような人達であればどうしようと。朗読を邪魔されたらどうしようと。その、なんというか、ありえない光景に、見えない悪意を感じていました。見えないどころか、実在もしてなかったんですけれど。


 結局何もなく、素直に、順当に、朗読会は終わりました。恐れから、前回ほどの朗読はできませんでしたが、それでも十分な朗読ができたという自負があります。だてにずっと朗読をしていたわけではありません。けれど、相談したいという問題が顕在化するのはこれからです。ここからが本番なのです。


 朗読会が終了し、私がほっと息をついたとき、13人のうち数人がしんどそうにしていました。苦しそうにしていました。体調不良です。前回も見た、体調不良です。でも、数が違いました。数人も体調不良になっていたのです。同時に、同じような症状で。

 もちろん、先生に付き添ってもらって、すぐに保健室に行ってもらいました。その日は、それで帰りましたが、やはり疑問が残る日になりました。変なことだらけで、おかしなことだらけで、疑問が残りました。でも、どこにも答えはありませんでした。

 結局、私の中ではたまたま13人集まり、たまたまその中に体調不良の人がいた。そういう風に解釈するしかありませんでした。それ以外に何を思えばいいのかわかりませんでした。


 そして次の朗読会です。ここまで聞いてくれたラトミさんなら、もうわかりますよね。次の朗読会ではさらに人が増えたんです。20人ほどいたと思います。もう正確に何人かは数えるのが難しい状態でした。けれど、朗読会で使っている教室……ちょうど読書同好会で使っている教室と同じぐらいの大きさの教室に、ぎりぎり入りきるかどうかぐらいの人数でしたから、それぐらいはいたと思います。

 いろいろ考えましたけれど、私は普通に朗読を始めました。普通にというと、嘘になりますね。緊張や、恐れもありましたが、これだけたくさんの人に来てもらう機会はないと、とても心を込めて朗読を始めました。たくさんの人に聴いてもらうのはとても楽しかったです。楽しいし、嬉しいです。

 でも、終わりは散々でした。私の朗読が、ではありません」


「たくさん体調を崩した人がでてきた、ってこと?」


 今までの話の流れ的にはそういうことになる。そう思ったのだけれど、彼女はいえと小さく否定し、言葉をつづけた。


「たくさんではありません。全員です。約20人の全員が体調不良だと言いました。そしてそれが次の朗読会で、朗読会が禁止になる理由です。そして、それがラトミさんに相談した理由でもあります。なぜ朗読会の後に体調不良になるのか、それを解明してほしいんです」

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