第4話 お返し

「ほら、町で配っていたポケットティッシュ。おじちゃんが二個もくれたから、一個やる」

「このお菓子、おいしいけど飽きたんだ。余っているから全部食べろよ。捨てるのもったいないだろ?」

「猫の写真、かわいいだろ? このしおり、本屋で貰ったんだけど……あたしは、それ既に持っているんだ。そういうわけで、お前が使え」


 隣の席のクラスメートは、やたらとオレに何かくれる。本人の言葉によると、そこまで金は(一部を除けば)かけていないように思えるが……。

 明らかに、オレは貰い過ぎだ。

 このままではいけない。

 ……よし、決めた!




「なあ、オレお前に言いたいことがあるんだよ」

「へっ?」


 これが今日のオレたちの最初の会話。隣の席の奴は、一瞬オレの言葉に驚いて固まった。しかし、すぐにいつもの調子に戻る。


「何だよ、だったら今すぐ言えよ」

「あー、それはダメ。だから放課後、言う」

「え……?」


 目の前の女子から、また笑顔が消えた。それでもオレは続ける。


「とにかく……お前のためにもオレのためにも、二人きりが良いんだ。分かって欲しい」

「……うん」


 戸惑いが分かる返事を聞いたところで「みんな、おはよう」と先生が教室に入ってきた。一時間目の授業が始まる。放課後は、まだまだ先。




「……で、何?」


 とりあえず、二人きりになることに成功。ソワソワしているクラスメートに対しオレは、


「ああ、これやる」


 通常のトーンで言葉を発している。そして目の前にいる相手に、あるものを差し出した。


「……何これ?」


 ポカンとしている奴を見ながら、オレは言葉を続ける。


「質問。本日は何の日でしょうか」

「え? 今日はホ……」


 ハッとしたのか、答えが途切れた。手で口を抑えながら、顔を真っ赤にしている。


「いや分かっているなら、最後まで言ってくれよ」

「……」


 赤い顔は、黙って下を向いている。まだオレの片手は、ものを持ったままだ。


「これまで色々くれたから、お返しをしようと思ったんだよ。ほら、バレンタインチョコも貰ったし……」

「っ!」


 そのとき、赤く染まった顔が上がった。

 ……分かりやすい。

 やっぱりそうだったか。

 オレに何かをくれるとき、大体そんな表情をしていた。


「今日ホワイトデーだし、ちょうど良いと思ったんだよ。だから受け取って」

「……うん。ありがと」


 そして、やっとオレの片手は自由になった。目の前にいる女子は、受け取ったものを胸元で抱き締めている。


「……あー……オレ金ないからさ、あんまり大したものじゃなくて悪いけど」

「そんな……! あたしだって、そこまで良いものあげていないのに」

「だって、それ手作りだぞ? あれだけ高級なチョコを貰っているのに、オレは家にあるもので作ったクッキーで返すなんて……本来なら割に合わないだろ?」


 オレの手作りクッキーが入っている包みは、ますます大事そうに抱えられている。

 お互い「好き」だとは言えていないけれど、いつかはっきり言う。ずっと気持ちは変わらないだろうけど、なるべく早く伝えよう。




 その次の年には、オレはバレンタインデー当日に同じ女子からチョコを貰った。そしてホワイトデー当日にオレは、また手作りのものを返した。前年に渡したクッキーを「すごくおいしかった」と笑顔で言われたのを、一生オレは忘れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る