失われた王女は珠玉を愛す

魚崎 依知子

プロローグ

 『神はデナルに言われた。恵みの時期には葡萄ぶどうを与え乾きの時期にすら棗椰子なつめやしの実と山羊の乳を与えているのに、なぜお前達は人の王を求めるのか、と。デナルはひざまずき、「どうかお許しください。彼らにはあなたの声が聞こえないのです」と答えた。神は嘆かれ、デナルを人の王にしたあと、人の命を百年に縮められた。』


 わあ、と感嘆の声を漏らしながら、台に鎮座する大きな原石へと手を伸ばす。メナムから贈られた青紺石せいこんせきは紺碧の、星の瞬く夜空をそのまま写し取ったような石だった。

「こんな大きなものは初めてね。日の下で、こんな美しい夜空が見られるなんて」

「王様が、こちらの石を使った首飾りを王妃様へお贈りになりたいと。装飾や組み合わせは、シャヤ様にお任せになるそうです」

 傍で嬉しそうに目を細めて報告する乳母に、自然と笑みが漏れる。

「素敵ね! じゃあ、どうしようかな」

 亜麻の上着を翻して振り向くと、耳元で金の耳飾りがしゃらりと揺れた。金の小さな細工を繋がせて作った、少し重いがお気に入りのものだ。

 宝物庫を物色するように歩きながら、所狭しと詰め込まれた宝石や金銀、装飾品を眺める。風通しのために開けた木戸から差し込む日差しが、あちこちで瞬いて見える。私が一番好きな光景だ。深く息を吸い込むと、今日は胸を落ち着かせる没薬もつやくの香りがする。これもメナムからの贈り物だ。こちらが贈った乳香にゅうこうと私の選んだ緑芳玉りょくほうぎょくも、そろそろ届く頃だろう。あの青紺石せいこんせきに負けない、若葉のような緑が見惚れるほどに美しい原石だ。

 初めて父の腕に抱かれた時、私が真っ先に手を伸ばしたのは首飾りだったらしい。母の膝に座ってもその腕輪を掴み指輪を握る姿に、試しに宝物庫へ連れて行ったら大喜びしたと聞く。その姿を父は面白がり、家族の宝物庫を私に「与えた」。あれから十年、知識をつけた今は管理の役も任されている。もちろん父とともに戦いへ出掛けられる兄達に比べれば小さな役目だが、私だってちゃんと父に認められたのだ。

――シャヤ、私の最後の星よ。その聡明さは何にも勝る宝だ。

 いつか私が抱き上げられないほど大きく育っても、いつまでも父の誇りであり続けたい。

「せっかくメナムにもらったのだから、あちらの首飾りみたいにしたいわ。真ん中には青紺石せいこんせきの大きな楕円をはめて、縁取りは金ね。あとは、ここの筒型の小さな素材を青紺石せいこんせき緑芳玉りょくほうぎょくと……そうね、貝で作らせましょう。たくさん垂らせばこんな風にお母さまの胸で揺れて、とてもきれいよ」

 手にしたメナムの首飾りは筒型の小さな石が連なるように繋がれて、揺らす度に軽やかな音がする。相変わらず細工が細やかで、美しい。アテナン王が即位してからのものは、特に華やかだ。

「きっとお喜びになりますよ」

 私が何をしても乳母は嬉しそうなのが、私もとても嬉しい。

「そうね。私もお母様の笑顔が楽しみだわ」

 思い浮かぶのは、満ち足りた笑みで父に寄り添う姿だ。私はそこへ駆け寄り、できあがった首飾りを母に掛けて抱き締める。ありがとうシャヤ、と喜ぶ母の声もすぐに想像できたのに。

 首飾りができあがる日は、来なかった。

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