ハロウィンミッドナイト
琥珀 忘私
満月の夜
「「ハッピーハロウィーン!」」
テレビの収録をしているであろう二人の女の子がカメラに向かってそう言っているのが聞こえた。
今日は十月の三十一日。世間一般でいうところのハロウィンの日だ。俺が今歩いている東京の新宿の道には、まだ朝だというのに、何人もの仮装をしている人たちが見受けられる。
「ねぇこの衣装めっちゃ可愛くない?」
「わかるぅ。私のもイケてるっしょ!」
自分たちの衣装を褒めあっているJK。
「去年の衣装、小さくて全然入らなかったんだよね」
「それはお前がふとっt」
その先を腹パンにより言わせてもらえなかった男性とそのパートナーらしき女性。
「ハロウィンとかくだらね」
オレはみんなと違うからといきっている逆張りのイタイ奴。
ハロウィンの日は、外を歩いているだけでいろいろな人が見れる。
俺はこの日が好きだ。好きだった。夜になるまでは……。
日付が変わる零時ごろ、歩き疲れたので帰ろうかと思っていたころ。それは唐突に俺の前に出てきた。正確には野次馬だった俺の前で正体を現した。
ことの発端は、ガラの悪そうな若い男性に魔女の仮装をしている一人の女性がぶつかったことだった。
ガラの悪い方は酔っているのか、女性を何回も怒鳴りつけた。だが、女性はうんともすんとも言わなかった。その態度にイラついたのか男性は、女性を狭い路地へと連れ込んだ。周りの人は見て身に振り。警察を呼ぼうとしている人もいない。俺も最初はそのまま通り過ぎようとした。どうせ赤の他人だ。そう思い、一歩踏み出した時だった。
ぴきゃ
聞いたこともないような変な音がした。それも、二人が入っていった狭い路地の方から。
俺は気になって覗いてしまった。
そこには、先ほどの女性だけがいた。女性の目線の先には丸まった何かが落ちている。
その丸まったものの正体に気が付くのに十秒ほどかかっただろうか。
それは女性と一緒に入っていった男性の頭だった。
一瞬でそれを作り出した犯人は女性だと思い、俺は腹の中に入っていたものを口からぶちまけてしまった。
そして、その音で女性はこちらに気づいてしまった。
表情を変えずに、段々と近づいてくる女性。
腰が抜けてしまったのか、蛇に睨まれた蛙のようになってしまったのか、俺は動けなかった。
女性が俺の目と鼻の前に来た時。いつの間にか地面に座り込んでしまった俺の顔は月明かりで照らされ、暗い路地の中でも隅々まで見渡せるほど明るかった。そして、俺の顔を見た彼女は……
「めっちゃ好みの顔!」
俺の頭の中は「?」で埋めつくされていた。そして、先ほどまでの恐怖はきれいさっぱりどこかへ飛んで行ってしまった。
「顔の形、大きさ、パーツの配置! 私の描いている理想の男性像そのものだわ!」
「は?」
思わず口に出てしまった。
彼女は、一瞬ムッとしたような顔をしたが、何も言ってこなかった。しかし、思ってもみないような行動をした。
吐しゃ物で汚れた俺の唇に、彼女は自分の唇を重ねた。
(俺のファーストキスの味はゲロか……)
色々な精神的負荷が加わった俺の意識は……そこで途絶えた。
そして、数か月後。俺は彼女と一緒に暮らしている。何があったかは聞かないでくれ。一つだけ言うとしたら、俺が彼女にプロポーズしたっていうことぐらいだな。
あ、そうそう。冒頭で俺が『俺はこの日が好きだ。好きだった。夜になるまでは……』って言ってたの覚えてる?
あれは、彼女と出会ってから俺はハロウィンの日が大大大大好きになったってことなのさ! 驚いた? ねぇねぇ、驚いた?
「ダ―リーン! そんなところで何やってるのー?」
おっと外からマイハニーが俺のことを呼んでいる声が聞こえるぜ。これが俺とマイハニーの馴れ初めだ。
そんな感じで楽しくやってるから心配はしなくていいぜ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
ピーピーピーという音とともに、DVDプレイヤーの中から『ハロウィンのミッドナイト』と書かれた一枚のディスクが出てきた。
「あの子は何をやってるんだか……。ハチャメチャなところは昔から変わらないんだから、もう……」
「まぁ、幸せならそれでいいじゃないか。孫の顔もすぐに見られそうだな」
一組の老夫婦が肩を寄せ合いながら月を眺める。
ハロウィンミッドナイト 琥珀 忘私 @kohaku_kun
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