【短編小説】お菓子と日常
百方美人
第1話
(ザッ、ザッ、ズルッ…ザッ、ザッ)
四分音符を刻んでいたはずが、足元が悪く時折スタッカートが混ざる。
仕事終わりの帰り道、私は雪に苦戦していた。
3月になっても降り続け、濡れてぺしゃんこになった前髪はどんどん冷たくなっていく。
気付けば今月で28歳。
独身貴族を貫いている私は、今年も誰に祝われること無く1人で誕生日ケーキを食べる予定だ。
(昔は1人で食べ切れたけど、もう胸やけがなぁ…)
歳をとるにつれ身体は変化していく。あっという間に過ぎていく毎日に、少し物申したくなった。
マスクの中は蒸気でびっしょり。この不快感は雪国に住んでいる人しか分からないだろう。
「感染症とか早く無くなればいいのに。」
そんなやり切れない想いを抱え、ぼんやり見える月に世界平和なんて大層な願いごとをした。
気温が徐々に高くなり、雪が溶け始めている季節。
日中は溶け、夜は固まりを繰り返す事で、雪はザラザラした姿へと変わる。
足を進めるとザッ、ザッ、ザクッという音が鳴る。
私はふと昔を思い出した。
小学生の頃。おばあちゃん家に行くと、毎回置いてあったお煎餅。色んな種類があったけれど、1番好きだったのはザラメ煎餅だ。
茶色い煎餅の上に白くザラザラしたザラメが乗っていて、あまじょっぱい。そのザラっとした食感と、甘さの中に見える醤油の存在感は私を虜にした。
甘さを感じたい時は、ザラメだけを舐め取る。取り切れなかったら、意地になって歯を使って全部取るのだ。今思えば下品な食べ方で、きちんと取り切れるかゲーム感覚で食べていたのだと思う。
おばあちゃんはいつもニコニコとその様子を見ていたが、お母さんからは「汚い!」と散々怒られ、それ以来ちゃんとした食べ方を守るようにしていた。
そんな事を思い出していると、口があまじょっぱい何かを欲していると感じた。
(醤油ベースのもちもちとした団子、濃厚なはちみつバター味のスナック、たっぷりのチョコがけおかき…)
色んなお菓子が私の頭を駆け巡った。
家に着いた後、夕御飯がない事に気付き近所のスーパーへ向かった。
物価上昇で何もかも高く無駄なお金は使いたくなかったが、お菓子スペースに寄り道する。
私は悩みに悩んだが、結局ザラメ煎餅を手に取りレジへ向かった。
「1人だし、久しぶりにザラメだけ舐めようかな。」
そう思った。
【短編小説】お菓子と日常 百方美人 @Y_korarun
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