第27話 幕が下りた

夕凪は郁を見つめていた。

しかし、その表情はまるで人形と向かいあっている様にひどく無表情に近い。


「……ッ、か、おる? 」


夕凪の口元が微かにそう動くと、眉を歪めた。

夕凪は頭を抱え、苦しみだす。

その夕凪の様子に気づき、世釋は夕凪の方に視線を向けた。

その一瞬の隙でラヴィは自身の腕から流れる血を数十本の矢に形成し、世釋目がけて矢の矛先を向けた。

世釋はハッとした顔をすると、ラヴィの背から足を退け、矢の軌道から逃げる様に窓の近くに佇む猿間の方に後退した。


「ラヴィ・アンダーグレイ。

流石といったところかな、だけど腕の再生はやはり遅いみたいだね。

それもそうか。

君が受けたエリーゼの加護は新しい夕凪エリーゼの概念がこの世界に位置づけされ始めたから、加護が弱まってきているんだね」


世釋はニコリと微笑んだ。

郁はラヴィの下に近付くと、ラヴィの残っている腕を自身の肩にかけ、起き上がらせると、世釋達から距離をとった。


「ラヴィさん、大丈夫ですか……?

腕が……っ、とりあえず止血しないといけませんよね。

いや、でも……すいません、今こそ冷静にならないといけないのは分かってるのに俺……っ」


郁は自身の心臓が耳の辺りにあると錯覚してしまう程に鼓動が大きく、速い。

頭も混乱してしまい、発言するにも言葉がうまく出て来ない。

ラヴィは郁の肩をぽんぽんと叩いた。


「ワンコくん、大丈夫。

ゆっくりでいいから落ち着いて。

あと止血はしなくていい、今は血が大量に出てた方が俺にとっては好都合だ」


ラヴィはそういうと、上腕しかない腕を世釋の方に向ける。

ラヴィの腕からそしてあふれ出て床に広がる血も蠢き出すと、先程の大量の矢の様に血が集まり出し、数体の射手が現れる。


「ははっ、あの時よりも迷いがないみたいな顔してるねラヴィ・アンダーグレイ。

理解しているとは思うけれど、一応夕凪コレ君のたった一人の肉親だけど、躊躇なく殺す覚悟があるってことでいいんだね? 」


「嘗めるなよ。

夕凪には一筋も当てないさ」


ラヴィはふっと笑うと、世釋は面白くないなといわんばかりの顔をした。

そして隣に立つ猿間に言葉を投げかけた。


「エンマ、命令。

まだ夕凪エリーゼが不完全なことがさっき判明した。

そこの夕凪と血を分けた彼が影響してるみたいだ。

ラヴィ・アンダーグレイの方じゃなく彼に夕凪の意識がまだ反応した。

早急に夕凪を完全なエリーゼにする為に、あとは言わなくても理解わかるね? 

エンマ」


猿間は頷くと、頭を抱えている夕凪に近付き腹を殴打した。

夕凪はげほっと嘔吐すると、気絶したように猿間の方に倒れ込んだ。

そのまま猿間は夕凪を担ぎ上げると、窓を蹴破り建物の外に出ていく。

郁は唖然とすると、ラヴィの方に顔を向ける。


「ラヴィさん、俺が追います……! 」


ラヴィはにこっと笑う。


「今、俺もワンコくんに言おうと思ってたよ。

ワンコくん、夕凪を頼む。


「絶対に夕凪ちゃんを連れて戻ります。

だから、ラヴィさんそれまでどうかご無事で。

……だから、死なないでください」


郁は祈るような顔をし、絞りだすように呟いた。

ラヴィは少し驚いた顔をしたが、眉を下げ、こくりと頷いた。

郁は世釋の横を通り過ぎ、窓の格子に足をかけた。

猿間が蹴破った窓から出ていく郁には世釋は何も危害を加える気はないようで、腕を組んでほほ笑んでいた。


「まぁ、君がここで追うべきだよね。

僕もそう思うよ。

どうぞ、エンマを追うといいよ」


郁は窓から外へと飛び出し、猿間と夕凪の姿を確認すると走り出した。


部屋に残されたラヴィと世釋は互いに睨み合う。

お互いに相手の行動を警戒していた。

すると、壁にドアが現れるとそこからスルリとイヴが姿を現した。

イヴは世釋に駆け寄ると、甘ったるい声を出した。


「世釋様、お待たせしましたわ!

少し雑魚達の相手に苦戦しまして……来るのが遅くなってしまいましたわ。

次はあの男を殺せばよろしいですか? 」


「いいや。

イヴ、君にはお願いがあるんだけど良い?

少し前に彼と戦闘して大半血を消耗してね。

君の血を貰いたいんだけど、良いかな? 」


イヴは目を輝かせると、首元を世釋に差し出した。


「是非……!

あぁ、この日をどれだけ待ちわびていたか……!

嬉しいですわ!

エンマでもシキでもニアでもなく、あの夕凪という少女でもなく、この私の血を!

はぁぁ……興奮しますわ。

世釋様いくらでも私の血をお吸い下さい!

貴方のお役に立てるのなら……ふっ」


世釋はイヴの顎を掴むと、深く接吻した。

そして唇を離すと、差し出して来たイヴの首筋に噛みつく。

イヴは目を潤ませ、紅潮した様な顔をするが中々首筋から顔を上げない世釋に眉を少し歪めた。


「世釋様?

あの、世釋様もう十分お吸いになっておりませんか……?

これ以上は申し訳ないのですが、そろそろおやめになって頂けませんか?

世釋様? 世釋様聞いておられますか……?

っ、やめて! これ以上私から血を奪っていかないで……!! 

あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ? 」


イヴの姿は急激に圧縮されたように身体に骨が浮かんでくる。

世釋が首元から口を離したときには既に立っている力も残っていなく床に崩れ落ちる。

美しかった顔は干したブドウのように萎んでいる。


「世釋、君はなんて惨いことを……! 」


「うん、悪魔の血なんて初めて飲んだけれど人間とあまり変わらないね。

さぁ、ラヴィ・アンダーグレイ準備は出来たよ。

あと最後になるから君には特別に教えてあげるよ。

僕は君の知っている世釋という人物じゃないよ」


ラヴィは目を見開く。


「君達が足も手も出なくて、最終的にエリーゼが命をかけて倒したであろう

だよ。

僕はエリーゼに消滅させられる直前に近くに居合わせたこの世釋の身体を乗っ取ったんだ。

まぁ、正確に言えば世釋の存在は最初からカイン・クロフォードだったから乗っ取ったっていう表現はおかしいのだけどね」


世釋はにやりと不気味に笑った。






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