第26話 不穏な足音

郁、リリィ、藍は朝食を取った後それぞれの自室に戻る為に廊下を歩いていた。

ラヴィが言ったように世釋が初めから夕凪だけが狙いだったのだろう。

七瀬の様子に少しでも気づいていれば、郁自身が夕凪の側から離れなければ……

今更後悔しても遅い。

只、無力な自分に郁は唇を噛んだ。

ぎゅっと服の裾を握られた気がして、郁はリリィの方を見た。

リリィは食事中も時折箸を持つ手を止めたり、俯いていたりしていた。


「リリィ……」


きっとリリィも自分と同じ気持ちなのだろう。

リリィの方が夕凪とずっと長く過ごした仲だ。

シキ・ヴァイスハイトに会ったときの傷もリリィ本人は平気と言っているが、あのときから顔色が時折悪い。

藍はリリィの方に視線を向けると、にこりと微笑んだ。


「大丈夫です。

夕凪さんを絶対助けられます。

だってノアの箱舟の皆さんはお強いですから」


リリィは驚いたように藍の顔を見る。


「……そうだね。

年下の藍ちゃんに励まされちゃうなんて……ありがとう藍ちゃん。

私もちゃんとしっかりしないとだね。

絶対に夕凪ちゃんを救わなくちゃ、ね?」


リリィは郁の方に顔を向けると、眉を下げ、笑った。

そうだね、絶対に救おう。と郁は声に出そうとした瞬間、

建物が大きく横に揺れる。

郁はバランスを崩すと、床に膝と肘をついた。

リリィは壁に両手を置き、揺れに耐えている。

少し揺れが収まり、郁は藍の方に視線を向けた。

藍は郁の視線に気づき、こくりと頷くと先に部屋に戻っていたユヅルの自室の方に向かっていった。


「リリィも大丈夫か? 」


「私は平気。

それよりさっきの揺れなんだろう……?

藍ちゃんはユヅルくんのところ向かってくれたのかな? 」


「俺達はラヴィさん達のところに向おう。

建物は壊れてなさそうだけど……嫌な予感がする」


郁は背中がぞわりとする悪寒を感じた気がした。

ラヴィ達の部屋に急ぎ、扉を開くとやはり郁の嫌な予感は当たってしまった。


部屋には世釋がおり、世釋の足元には片腕を失い、倒れているラヴィの姿があった。

そして世釋の後方には、猿間の他にもう一人居た。

長い巻き髪の金髪。翡翠色の瞳。


しかし、その顔は郁のよく知っている少女の顔だった。


「夕凪……ちゃん? 」


夕凪は郁と目が合うと、ゆっくりと瞬きをした。

郁の後ろの扉はバタンと閉じる。

扉の向こうでは郁の背に手を伸ばし、郁へ助けを訴えようとしていたリリィはシキ・ヴァイスハイトに手で口を塞がれ、深い先の見えない暗闇のゲートの奥へと引きずり込まれていた。

リリィのその手をギリギリのところで握ったのは息を切らして駆け付けた東雲真緒だった。


別の場所では七瀬の後方から人影が近づいてくる。

七瀬は目を瞑り、ゆっくりと深く息を吐いた。

地面の砂利を踏む音がすぐ近くで止まる音がすると、七瀬は目を開ける。


「……やっぱり、貴方が来ると思った。

八百」


七瀬は振り向くと、そこには八百が居た。


「よお、七瀬。

疲れた顔してるじゃねえか。

お前の事説教しに来たぜ? 」


「……説教? 

甘ったるいこと言わなくてもいいわよ八百。

私は止まらない。

……止めたいなら私を殺すことね」


「はぁ、お前本当に何考えてんだよ。

俺はお前がこんなことしたちゃんとした理由があるなら聞くつもりだぜ?

幼馴染のよしみでさ。

なのに止めたいなら殺せよ。なんて……冗談じゃないみたいだな」


七瀬は槍を八百に向けると、八百の方を睨む。


「私は八百。

貴方の事幼かった頃好きだったのよ。

唯一あのとき心を許せた存在だったから……

でも、今は違う。

私はあの人の……ラヴィ・アンダーグレイの唯一の人になれるのなら、他なんてもういらない」


「……重いな。

本当にアルカラの世釋も大概だが……ラヴィさん貴方も人一人をここまで狂わせるような人なんですよ。

本当にあのときの俺を恨むよ。

村になんか向かわなければよかった、放っておけばよかった。

お前を気絶させて強引にでもあの村から遠くへ連れ出せばよかったよ。

……お前がずっと笑って過ごせるような場所に連れていけたらよかったのにな」


八百は煙管を取り出した。

そして煙管を口に咥えると、息を吹く。

煙管から出た煙は霧を作ると、八百の姿を隠した。

七瀬は地面を蹴り、八百の方に槍を突き刺す。

しかし槍は何かに跳ね返される。

七瀬は後退すると、霧の先を睨んだ。

霧が少しずつ晴れていき、八百の姿が見えてくる。

八百の右手には金砕棒。

頭には赤黒い二本の鬼の角が生えており、頬には牡丹の花の模様が現れた。


「せめて俺がこの手でお前を止めるよ。

……命に代えたとしても」


八百と七瀬は同時に地面を蹴り上げ、目の前の相手に向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る