プロローグ 第六話
突然、雨音を切り裂いて、車のブレーキ音が園内に響いた。
事故をも彷彿させる金切り音に驚き、音が聞こえたほうへ顔を向ける。本当にすぐ近くで聞こえた。公園の周りを囲む沿道のどこか。おそらく一台の車が近くに停まった。
女の子もそちらを向いていた。
けれどその表情に驚愕の文字はなく、雨粒の合間を縫うように視線を飛ばす。
そして、こちらに顔を向け、屈託のない笑顔で言った。
「あー終わっちゃった」
それが最後の記憶。
現実と非現実の板挟み。
再び意識が遠のく。
ぬかるんだ地面を歩行する音が聞こえる。
雨粒と霧と暗闇のカーテンから、若い男が現れる。
右手には煙草を一本挟んで、反対の手はポケットに突っ込んでいる。風貌と裏腹に、ネクタイは固く締め、ワイシャツにもシワは一切ない。その上から羽織ったベストのボタンも全て閉じていて、その男の中に、飄々さと厳格さが居住しているようだった。
「さがしたぜ」
東屋までたどり着くと、男は胸ポケットから携帯用灰皿を取り出して煙草を消し、日向に向かってそう言った。
日向は尋ねる。
「何時間くらい?」
男は左手首につけた腕時計に目をやって、その質問に答える。
「ホテルから飛び出たって聞いたのが8時だったな。そんで今が――10時7分。ざっと2時間ってとこか」
「結構かかったね」
挑発ともとれる発言に対し、男は余裕だった。時計を確認し終えると、再びポケットに手を突っ込んで、
「旦那様は『さっさと連れて帰れ!』ってカンカンだったよ。けどそこで素直に『はいはいわかりましたよ』って言えりゃ、俺は馬鹿なガキの子守なんかせずに、もう少し偉そうにやれただろうな。この2時間は俺なりの最大限の優しさだ。……まぁGPSが公園で一時間も動かなくなったときは焦ったけどよ」
「GPSが捨てられたかもって? ……まぁ色々あってね」
「色々ってのは、それの事かい?」
男は日向の後ろに視線を向けて、それを顎で指す。
振り向くと、こうやと名乗った子どもは肩で息をするかの如く、深く眠っていた。泣き疲れによる疲労。体力の限界による疲労。思い当たる節はあるものの、何が直接の要因かはわからなかった。
「……うん」
日向がそう肯定すると、男は頭を掻きむしった後、ズボンの右ポケットから煙草の箱とライターを出す。箱の中から一本の煙草を出して、黙ったままライターで火をつけた。
一服だけ吸って、天井を向いて煙を吐く。
「で、どうすんだよ。それ」
そう言って、煙草の火を再び消して、黙って日向を見つめる。
日向も男のほうを見つめて、黙って頷いた。
男は深くため息をついて、全身の力が抜けたみたいにその場でしゃがみ込んだ。そのまま、同じ高さくらいになった日向の顔に自分の顔を向き合わせて、
「使用人が増えるってこと、メイドリーダーには日向様が言ってくださいね」
大きく頷く。
男は頬を引き攣らせた。ベストに挟んだ無線マイクに口を近づけて、
「発見した。傘を……二本持ってこい」
早口にそういうと、背伸びをして立ち上がる。
呼ばれてやってきた別の男が、小走りに二本の傘を持ってきて、男に渡す。すでに男は傍らに眠っていた子ども一人を抱きかかえていたため、煩わしそうにそれを受け取る。
「――じゃ、行くか」
傘を差す素振りをして東屋から一歩足を出した。
日向もそれに続こうとしたが、目の前で急に立ち止まった男の足に体をぶつける。
なんで立ち止まってるの――と言いたくて男を見上げる。そして何も言わず傘をたたんだ。
雨が止んでいた。
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