プロローグ 第二話
夜も更けこみ、気温が一段と下がったのか、降りしきる雨と霧がかった風景の中に公園の姿は見えず、まるでこの小屋の周辺だけが異世界に閉じ込められたかのように感じる。だからこそ、ベンチに体を横向けにし、布団がないからか全身を丸め込むようにして、ベンチがまるで棺桶に見えるくらい、体躯を揺らさず熟睡しているその子どもの姿が、異様さを一層際立たせた。
なぜここにいるのだろう、という疑問が湧かなかった。あまりにも異様な事態に出くわして、何も考えられなくなってしまっていたのだ。
けれど体は正直で、もう限界だよと言いたげに視線はすぐに、別のベンチへ変わった。気を付ける必要は一切ないのに忍び足で、その子が伏すベンチと対の位置に置かれたベンチに座る。
じっと見つめる。
髪は耳にかからないくらいの長さで、男の子なのか、女の子なのかわからない。身にまとった服装からも性別の判断は難しい。薄汚れたベンチにすぽっと体を預けられている様子からある程度の体格は推測できる。小柄な体つきから、年下かもと安易に考えるが、きっと年齢差はほとんどない。
そこで少しハッとなった。相手は自分に気づいていないのに、自分は相手を凝視している。一方的にじろじろと眺めてしまったことで沸き上がったその感情は、三時でもないのにおやつを食べてしまったときのあの感覚に似ていた。
暫しじっと見続けた後、戒めかのように頬をつねって痛いことを確認すると、ようやくそこで日向は現実であることを受け止める。
同時によかったという感情も湧き上がる。実は自分はどこかで野垂れ死にをしていて、今は夢を見ているのではないか、そんなことを思い浮かんでいたからだ。
「……」
野垂れ死に――その単語が脳裏に浮かんで消えた時、再び意識は目の前の子どもに移った。
「……まさか」
考えたくもないことを想像し、日向は打ち上げられた魚のようにベンチから跳ね上がった。足よりも先に上半身が動き、空中をかき分けるように反対側のベンチへ駆け寄る。ベンチに横たわったその子の顔に自分の顔を近づけて、意識があるかの確認をする。顔を凝視するだけではわからなかったので、次は耳を近づけた。
雨音がうるさい。
だから、徐々に距離を寄せる。
意識を無にして、広大な森をかき分けるように、その子の呼吸音を拾おうとする。最初は鉛筆一本入るほどあった間が、気が付けば小指が一本入るかどうか。耳を近づけるたびに音は大きくなっていく。ドクンドクンと大きな音が、日向の耳に響き渡る。
自分の心臓の音がうるさい。
決定打は向こうからやってきた。耳元で、呻き声と仰ぎ声の中間みたいな音がしたのだ。
よかった。生きてる――そう思ったのはきっと、雷を視認して音が聞こえてくる間よりも短かった。磁石の違う極同士が近づくと反発するみたいに、日向の耳がその子の唇までほぼゼロ距離まで近づいた瞬間、寝返りを打ったのだ。
その子が寝返りを打ったと同時に、日向は慌てて上体を後ろに逸らし、派手に尻餅をついた。尻餅をついた時、どれくらいの空気の振動を起こしたか日向には分らなかった。けれど大きかったのは分かる。おそらく落雷が近くに落ちたら、こんな音が鳴るかもしれないと思った。
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