第3話施設での日常 II

 滅多に押される事は無いと予想される、妙に小綺麗な呼び出しボタンを一回強く押し付けると、私は黙ったままで部屋の主が応えてくれるのをじっと待った。しかし、幾ら待っても応答は無い。痺れを切らした私は、嫌がらせ紛いに罪の無いボタンを連打し始めた。それから間も無く、いつも以上に不機嫌そうな表情をしたその人物が、チェーンロックの隙間から睨むような目をして顔をのぞかせた。

「おはよう、靄繕君」

謝罪の言葉も態度も微塵も見せず、爽やかな笑顔で朝の挨拶を告げる。

「……今日、休日」

やっとのことで彼が発した開口一番の一言は、片言みたいな単語の羅列だった。

「そう。だから迎えに来たの」

私の次の一言に、彼は心底迷惑そうな顔をした。だが、理由については特に何も聞かず、気怠そうに寝癖で乱れた頭を掻きながら、すごすごと部屋の奥に消えて行った。

「早く準備してね。待ってるから」

扉の隙間に手を挟んでこじ開けたまま、私は部屋の中に向かって叫んだ。


 今日は、靄繕君がこの施設へやって来てから、初めての休日だ。休日なのだから当然授業は無いのだが、だからと言って終日自由が保障されていると言うわけではない。何故なら、ここは単なる孤児院ではなく、【再教育】する事を目的とした政府の教育機関だからだ。そんなわけで、通常教育が平日に行われるのに加えて、土曜日にはカウンセリングと定期精神診断、講習会への出席が義務付けられている。完全に自由に一日を過ごせるのは、日曜日だけなのだ。しかし、残念ながらこの唯一の開放日は、二ヶ月に一度行われる定期健康診断や、入居者の交流を目的としたイベントなどで往々にして潰されてしまう。このようにして、極力私達に暇を与えないようにする事こそ、施設側の狙いなのである。余計な事を考える時間が無くなれば、軽率な行動は起こしにくくなるからだ。実際に、ただ生かされていると言うだけで何にも興味が無い《特別出生児》達にとっては、余暇ほど苦痛なものは無い。メイナのようにピアノを弾いたり、私のように本を読んだり、自主的に何らかの活動に取り組む者達なんてほぼ皆無だ。読書は一番手軽に出来る暇潰しの一つとして推奨されており、この施設内でも多くの人達が実践しているが、皆タスクとして熟しているに過ぎないのである。

酷く眠そうな顔で部屋から出て来た靄繕君を引き連れ、平日と同じく学舎棟の建物に入る。平日と違う所と言えば、みんな私服で筆記用具しか持って来ない事だけだ。時刻は通常授業開始より三十分だけ遅い、午前九時に体育館に集合。初等・中等・高等の全課程を合わせて五十二人の生徒が、毎週土曜日に一堂に会する。私と靄繕君が着いた時には、疎らに生徒達が集まり始めていて、退屈そうに宛も無く周囲を見回していた。広い体育館に散らばったその中には、メイナの姿もあった。彼女は私の姿に気が付くと、嬉しそうに手を振ってこちらへ駆けて来た。

「おはよう!アイゼン君も一緒なの?」

「わからないフリしてすっぽかすつもりだろうと思ったから、連れて来たの」

メイナは「そっかぁ。絵夢は優しいね」と的外れな褒め言葉を口にしながら、私の後ろに立ち尽くしている靄繕君を仰ぎ見た。人一倍背が高い彼と、恐らく高等科で一番背が低い彼女が向き合う様は、まるで大人と子供みたいだった。

「わたし、玄嶺芽以菜です。よろしくお願いします」

「あぁ、そう。ゲンリョウね。覚えとく」

身長差による大人と子供の構図は、喋らせてみると真逆になった。強いて言うなら、「覚えとく」と言っただけマシかも知れないと私は思った。二人はたったこれだけで自己紹介を済ませると、各々好き勝手な方に目を向けた。靄繕君は何処か遠くを眺め始め、メイナは私に向き直って話し掛けた。

「この後、図書室に行かない?ピアノの練習にちょうどいい、簡単な楽譜が載ってる本が何冊かあるの」

「良いよ。丁度読む本が無くなったから、借りに行こうと思ってた所なの」

メイナは私の返答を聞いて目を輝かせると、まだ集合時間まで十分弱あると言うのに、もう今から列に並んで待機しておこうと言って元気良く走って行った。カウンセリングも診断も五十音順に基づいた名簿番号順だし、講習会に至っては全員合同だから早く並んでも全く意味は無いのだが、彼女のそんな浮かれた振る舞いが、私にはとても愛らしく感じられた。先刻の礼儀正しい挨拶とはまた逆の、彼女の子供っぽい無邪気な一面に心が和んだ。

「随分懐かれてるな」

「羨ましい?」

「何で?」

「だって、良い事でしょ?」

「そうか?」

「そうよ」

「なら良かったな」

「靄繕君も懐いてくれて良いんだよ?」

「断る」

「良いよ。それじゃあ私が懐くから」

「やめろ。面倒臭い」

彼は頑なに私の言葉を撥ねつけると、ふらふらと生徒達の列へ向かって歩き出した。

――可愛くないなぁ。

なかなか心を開いてくれないペットを見るような心持ちで、私は口を尖らせて彼の後ろ姿を見つめていた。

「絵ー夢ーっ!!」

勇んで最前列に陣取ったメイナが、こちらを見ながら小さな身体で大きく手を振って呼んでいる。

「今行くー」

身長も性格も正反対な二人の後を追って、私も生徒達の群れの中へ飛び込んで行った。


 カウンセリングと定期精神診断は、私が《監獄ここ》の中で一番嫌いなルーティンワークだ。カウンセリングで話す事など何も無いし、出題意図の全く読めない各種のテストやらアンケートやらを書かされるのにもうんざりしている。時間の無駄以外の何物でもない。それらの結果から、一体何が判ると言うのだろう?ここに居る《特別出生児わたしたち》全員が「精神に何らかの異常を来している」と彼らは言うが、そもそも彼らに私達の何が正常で、何が異常かを正しく見極める事など不可能だ。《特別出生児わたしたち》がこの名称によって総称されている事自体が、既に《特別出生児わたしたち》を普通ではない存在として認識している事を証明しているのだから。物のように生産して増殖させておきながら、諸々のチェックの時だけは自然繁殖した真っ当な人間を基準にするのは筋違いだと私は思う。そんなもの宛になるはずがない。こうしたやり場の無い思いを胸に秘めつつ、私は何とか今日もこの苦行を乗り切った。たぶん、今回の結果も同じだろう。質問には決まって同じ答えしか答えないようにしているのだから。機械の動作チェックと何も変わらない。

「やっと終わったねー」

私の次に無益な実験から解放されたメイナは、私の方へ近付きながらそう言って、大きな溜め息を一つ吐いた。名簿番号一番の靄繕君の仕事はとうに終わっていて、思った通り行方知れずになっていた。カウンセリングと精神診断を終えた後には、昼食休憩を挟んでから全学合同講習会が予定されている。生と死をテーマにした名作と称賛される映画を一本観るだけの、さほど効果が期待出来ない必修イベントだ。

「お昼ご飯食べたら、アイゼン君捜そうか」

「そうね。どうせ自分の部屋だと思うけど」

私達二人は勝手にそう合意すると、居住棟一階にある自動販売機コーナーに向かった。売店は土曜日と日曜日には開いていないから、他に選択肢は無い。施設の居住者にとっては少々不便な話だが、売店の管理責任者は外部からの通勤者なので文句は言えない。私とメイナはそれぞれ菓子パン一袋と飲み物を買うと、外へ出て行って桜の木の下に腰を下ろした。今日も空は青く澄み渡り、晴れ晴れとした花見日和だった。

「絵夢はいつからここに居るの?」

「中等科からだから……四年前かな。メイナは?」

「わたしは今年の三月からだよ」

「それならまだ来たばっかりだね」

私達の他愛のない会話は、一旦そこで途切れた。道理でメイナの顔と名前に覚えが無かったわけだ。三月からこの施設に入居しているとするのなら、彼女はここへ来てからまだ二ヶ月も経っていない。居住棟で他の住人と顔を合わせる事なんて滅多に無いから、私達が初めて出会ったのは四月の最初の授業の日に違いない。言われてみれば、名前を言うだけの簡単な自己紹介をクラス全員が一通りやった気がする。そう考えると、メイナが私の顔と名前を覚えていたのが益々不思議に思えてくる。

「クラスメイトの名前と顔、みんな覚えてるの?」

「うん、一応。少ないし」

当たり前のように答えた彼女につくづく感心しつつ、私は飲みかけの缶コーヒーを一口啜った。

「正直言うとね、絵夢のことは、ちょっと気になってたんだ」

「何で?」

「なんか、みんなと雰囲気違うから」

「そうかな?靄繕君にも『変わってる』って言われたんだよね」

「うん。変わってると思う」

「それ、褒めてるの?」

「もちろんいい意味だよ」

「でも靄繕君のは褒め言葉じゃないと思う」

メイナは両手で持ったミルクティーのペットボトルの飲み口に軽く唇をつけながら、小さく笑った。

「アイゼン君と仲いいの?」

「全然」

「でも、絵夢、アイゼン君の話ばっかりだよ?」

「だって何か気になるもの」

「どんな所が?」

「あの何考えてるか分からない所」

「やっぱり絵夢って変わってるよ」

私は納得が行かない顔でメイナに振り向いたが、彼女は愉快そうに大口を開けて笑っていた。

「でも、なんか……いいね。そういうの」

その言葉を呟くと同時に、彼女の顔を明るく彩っていた笑顔は急に影を潜め、目を伏せたその横顔は見る間に寂しそうになった。そんな彼女の変化に合わせるみたいに、太陽は雲に顔を隠した。私はメイナがどうしてそんな態度をとったのか分からず、何の言葉も掛けられずに、ただ口を噤んでいた。桜の花びらが儚く風に散った時、辺りは再び降り注ぐ温かな光に照らされた。その時にはもう、メイナの表情もいつもの人懐こい顔に戻っていた。彼女は二つに結った私の長い髪の一方を手に取ると、光に照らして眺めながらこう言った。

「いいなぁ。絵夢の髪って、長くて、真っすぐで、丈夫そう。艶もあってサラサラだし。うらやましいな」

私はメイナの短くて柔らかい髪に手を伸ばすと、彼女の髪をそっと撫でた。

「メイナも伸ばしたら良いじゃない」

彼女は何故か「ううん」と首を振り、私の髪から手を離した。その後もしばらくいろいろな話をして時間を潰した後、私達は靄繕君を捜しに行こうと思い立って桜の木の下を後にした。絶対にサボるだろうと私が踏んでいた怠惰な奇人は、だが私の予想を見事に裏切って講習会の会場に先回りしていた。遅刻寸前に会場となる教室へ駈け込んで来た私達を見て、彼は無言で余裕のVサインを見せつけてくれた。正直若干腹が立ったが、やっぱり靄繕慧奴と言う変人は面白いと改めて思って、つい笑ってしまった。メイナはそんな私達の様子を傍で見つめながら、見守るように静かに微笑んでいた。


 そうして始まった映画鑑賞会は、二時間に亘った。灯りが消されると同時に例の少年は狸寝入りを始め、とうとうエンドロールが終わって電気が点くまで目を開けなかった。事前に配られていた感想記入用紙には、一言だけ「観てない」と馬鹿正直に書いてあった。ここまであからさまな態度で反抗を示す例は珍しい。《特別出生児》が叩き込まれる三原則は、【素直】、【従順】、【無益な争いの回避】であるから、それに照らして言うなら【従順】を等閑にしているだけだと言える。だが、この【従順】が一番徹底される事柄だという事実から考えるなら、彼の教育は明らかに失敗している。いや、押し付けすぎたが故にここまで抵抗を示す結果になったのか。いずれにせよ、《特別出生児わたしたち》は面倒事を忌避する。本来なら、反抗する事すら面倒臭いと言って避ける。それを敢えてやってのけていると言うのだから、彼は存外に気骨のある人物と言えるのかも知れない。

「絵夢はどう思った?あの映画」

「別に何とも。独創性の無い、陳腐な内容だと思ったけど」

「結局は愛で解決しちゃったもんねぇ。メロドラマって、《特別出生児わたしたち》には一番共感出来ないのに」

「一番馬鹿げていて分かり易いからでしょ?理屈も要らないし」

その映画の内容は、簡単に言うと次の通り。

ある男がある女と出会って恋に落ちるのだが、彼らには様々な困難が降りかかる。身分を含めた家庭の事情、紛争、別離などなど、思いつく限りの災難がこの哀れな若いカップルを襲うわけである。男と女はやがて長い年月を経た後で再会を果たすのだが、その時女の方は度重なる理不尽な神の仕打ちのせいで絶望し、心を病んでいた。男は、かつて二人が出会った海で入水自殺をしようとしていた女を見付け、何とか自殺を思い留まらせようと説得する。女は初め耳を貸さないが、男の熱心な言葉と想いに心を打たれ、やがて死への望みを捨てて男の胸に飛び込んで泣き崩れる。物語はそこで終わり、その後彼らがどのような生涯を送ったのかは紹介されぬまま、色褪せたツーショット写真が一枚意味深に提示されて、結末を観客の想像に委ねた無責任な形で幕切れとなる。

「女はあの後やっぱり自殺したに一票」

突然、皮肉屋の少年が口を開いた。

「大体、男が言う『生きる理由が無いなら、今はそんな事考えなくていい。生きる目的が無いなら、僕の為に生きていてくれればそれで良い』って台詞、どうなの?俺には人でなしの戯言にしか聞こえないんだけど」

追い抜きざまにそんな毒舌を振るいながら、彼は相も変わらず死んだように虚ろな目で真っ直ぐ前を見据えて歩いて行く。

「靄繕君、聞いてたの?」

「聞こえてた」

「あの映画、音声は外国語だったよね?」

「だから何?」

動揺するメイナと私に振り向きもせず、彼はそっけなく質問に答えて去って行った。私とメイナは思わず顔を見合わせた。

「本当に優等生なんだ……」

大変失礼なこの言葉を口にしたのが私だったのかメイナだったのか、私はよく覚えていない。


 実は正真正銘の優等生であることが判明した、未だ謎多き変人靄繕慧奴とはそこで別れて、私とメイナは図書室を訪れた。学舎棟は平日の授業日以外では施錠されるのが原則だが、土曜日は講習会の為に開けられており、休憩室代わりとして図書室だけはこの日も解放されている。そうは言っても、司書の人も居ないので本の貸し借りは出来ないし、午後四時には施錠されてしまう為長居も不可能だ。メイナは音楽関係の本が並んでいる本棚の所へ私を案内すると、適当に何冊かを手に取った。

「この辺はそんなに難しくないから、すぐに弾けるようになると思う」

私はメイナが選び出した数冊の本を一度近くの机の上に並べ、手近な一冊を取り上げると、パラパラとページを繰ってみた。五本の線の上に、ちょっとずつ形の違う音符が整列している。メイナが簡単だと言っていたものは、確かに楽譜が読めない私が見てもその通りだと感じた。一定間隔で黒い丸や白い丸が並んでいるだけの、見るからにシンプルなものだ。それに対して、メイナが渋い顔をして脇へ除けたものを見てみると、音符は串団子のように積み重なり、二つ、三つ、まとまってぶら下がっている。さながら緻密に描かれた装飾のように美しかったが、私にとってそれは最早楽譜などではなく、絵にしか見えなかった。メイナはきっと、こんな曲も簡単に弾き熟してしまうのだろう。私が彼女と知り合った日に弾いていた曲だって、楽譜があったら似たような複雑な模様を描いているに違いない。私は言葉には出さなかったが、尊敬の眼差しでメイナの真剣な横顔を見つめていた。

「何か、興味ある曲は見つかった?」

彼女は楽譜探しを一通り終えると、本を手に取っては置くのを延々と繰り返していた私に尋ねた。私は目を閉じて首を振った。

「楽譜読めないから、どんな曲か全然分からない」

彼女はそれを聞くと、「あぁ、そっか」と小さな手を唇の前で叩き合わせた。

「それじゃあ、わたしが全部弾いてみてあげるよ。そしたら、気に入る曲が見つかるかも」

「ありがとう。きっと、その方が良いわ」

そこで私達は、次の月曜日の放課後に音楽室でピアノレッスンを開始する事に決めた。今日は取り敢えず全ての本を本棚に戻して、閉じ込められる前に解散することにする。私は無許可で自分の読書用の本を持ち出すつもりだったのだが、メイナが心配そうな顔をしてそれを咎めたので、やむなく断念することにした。


 私達は明日こそは何の予定も無い休日である事を確認し合い、それぞれの部屋へと戻った。また今日も声無き対話相手を見付けられなかったので、する事もしたい事も無い残りの時間をどうにかして潰さなければならない。一瞬、私の頭には無愛想な誰かさんの顔が浮かんだが、これ以上振り回すのは流石に可哀想だろうと思って直ぐに掻き消した。ワークブックを勝手に予習する事が出来れば時間も課題も潰せるのだが、生憎授業の友は採点の為に毎週金曜日の授業終了後に回収されてしまう。

――他の人達は、どうやって時間を潰してるんだろう?

何か読書に代わる暇潰しは無いものかと、私は横になっていたベッドから飛び起きて辺りを見回した。

部屋の中には、テレビもパソコンも無い。それらは各階に設けられた共用スペースであるリビングにある。

携帯電話は持っていない。持っていた所で、誰に連絡すると言うのか。

ゲーム機……などと言う贅沢品は存在するはずもない。

――カードゲームなら出来るかな。

かつて園田先生から誕生日プレゼントとしてトランプを買ってもらった事を不意に思い出し、私は机の引き出しを開けた。長い間未開封のままケースに収納されて放置されていた五十四枚のカードを引っ張り出し、ベッドの上に投げ出してみる。だがここで、致命的な事に気付く。このカードを使った一人遊びのゲームが幾つかあるのは知っているが、肝心のそのやり方は一つとして知らないのだ。仕方がないので、散らばったカードを再び集め、綺麗に整えて机の上に置いた。

――あとは、紙と筆記用具しかないな……。

それだけあれば、絵も描けるし、物語も書ける。しかし、私はそのどちらにも手を出した事は無かった。実物通りに絵を描くくらいならカメラで写真を撮るし、物語を考えられるほどの豊かな発想力は持ち合わせていない。

――こうなったら、仕方ない。

私は意を決して部屋を出た。


 滅多に押される事は無いと予想されていた、妙に小綺麗な呼び出しボタンを一回強く押し付けると、私は黙ったままで部屋の主が応えてくれるのをじっと待った。しかし、幾ら待ってもやっぱり応答は無い。痺れを切らした私は、嫌がらせ紛いに罪の無いボタンを連打し始めた。それから間も無く、今朝以上に不機嫌そうな表情をしたその人物が、チェーンロックの隙間から睨むような目をして顔をのぞかせた。

「こんにちは、靄繕君」

謝罪の言葉も態度も微塵も見せず、にこやかな笑顔で二度目の挨拶を告げる。

「……もう、用事無いだろ?」

面倒臭そうに告げた開口一番の一言は、明らかな拒絶を示していた。

「ねぇ、トランプやらない?」

私の次の一言に、彼は心底迷惑そうな顔をした。

「三人でもダメですか?」

私の脇からひょっこり顔を出したメイナの顔を見ると、彼は完全に言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る