第21話

「今日も明日も雨なのか」

 学校の中庭を見ながら卓也が不満気につぶやいた。

「仕方ないよ。梅雨なんだし」

「だな」

 燈也はスマホをいじりながら、俺は紺色の空を見ながら返事をした。

「そうだけど。明日雨だったら体育なくなるじゃん。なんのために学校に来ないといけないんだよ」

 卓也の発言に対し苦笑いする2人。体育好きのバカには雨が降り続けるこの状況が気に食わないそうだ。

 そんな卓也に言いたい。俺はあの日以来毎日雨が降っている。俺しか目に見えない。俺しか濡れない。そんな雨が1ヶ月以上も降り続けている。



「あれから1ヶ月以上も経過したけど菜那姉さんは後悔していますか」

「している。あの時言わなければよかったって」

 菜那の誕生日以降に定期的に風香によるカウンセリングが行われている。告白したことを知っている風香が菜那のメンタルケアを行い立ち直れるよう支援しているのだが、今のところ大きな変化が起きていない。

「だよね。約9年間の片思いを簡単に立ち直れないよね。健兄も彼女欲しいと言っていたのにね」

 あの日以降互いに距離を置き、学校では業務連絡ぐらいの会話しかしていない。このことからなんとなく察しがついている人も多々いるが……。

「菜那姉さんは新しい恋を始めようと思わないんだよね」

「うん。健人以外の人は眼中にもないもん。今も昔も」

 私は健人を諦めることはできない。健人が誰かと付き合ったりすれば別だけど、それまでは私の片思いが終わっていない。そう信じてはいたいけど……いたいけど……。

「健兄が幼馴染としてしか見れないのなら1人の女性として見てもらうことから始めないとね」

 と言っても何をすればいいの。健兄の風呂に菜那姉さんが突撃でもすれば嫌でも意識すると思う。なんならそのまま既成事実を作ってしまえば菜那姉さんの思うつぼなんだけど……。

「もしかして私が既成事実を作ってしまえばいいと思っていない。そんな方法は取りたくないからね」

 だよね。菜那姉さんはこういうの嫌いだもんね。私からすれば最高の方法だと思うけどな。

「私のことを意識させればいいのなら普段しないことをすればいいよね」

「例えば?」

「…考えていない」

「…え!?」

「だから考えていない」

 2回言わなくても理解はできるよ。でも考えてから言って欲しかった。

「それなら私は2人でデートでも行って恋人らしいことをするけど」

「例えば?」

「…分からない」

「…え!?」

「えーと、手を繋ぐとか。あーんするとか」

 私も彼氏いたことないからこんな浅い知識しか無いのに何をアドバイスすればいいの。

「なるほど。でも私今避けられているんだよね」

「そこは私から言っとくよ。日程はお互いが合う日にするよ」

「ありがとう。風香ちゃん」



「健人君は土日のどちらか暇だったりする?」

「土曜日は午後から真里とバスケをするから日曜なら空いているよ」

 放課後の図書室で俺健人は星森さんから聞かれた。土日の予定を。

「だったら日曜日にお願いがあるのだけどいいかな?」

「いいよ。それで何をするの?」

「えーと、買い物に付き合ってほしい。ダメかな?」

「い、いいよ」

 俺の頭は混乱していた。女子から誘われたこと。その女子が学年で一二を争う美少女だということ。そんな美少女から上目遣いで誘われていること。

「どうしたの健人君」

「よりにもよって無意識だったんだ」

「なんのことか知らないけど口にでているよ」

「え!?」

 やってしまった。俺がデートと舞い上がってしまったばかりに。落ち着け俺、星森さんからしたらデートではないかもしれない。

「これってデートでいいんだよね」

 星森さんも意識してたんだ。俺がデートではないと思い込んだ後に。星森さんは無自覚系の小悪魔なんだ。そうに違いない。

「そうなるね。デートか」

「嫌だった?」

「そんなことない。むしろ嬉しいよ」

 もしかして不安にさせた。紅くなりながらデートと言った彼女に。

「そ、そうなんだ。また後で連絡するね。私用事があるから。また明日」

「うん。また明日」

 鞄を持って走り去った彼女を見届けて帰り支度を始めた。

 入学から2ヶ月が経ち俺と星森さんは図書室で毎日話をする関係が成り立っていた。


「デートか。やった」

 図書室の外で誰にも聞かれない声量で嬉しそうに呟く彼女は好きな人に顔を見られたくない。という理由でいつもより早く下校することになった。


「あっ、あの、山城さんも帰られるのですか?」

 図書室の奥にいた新島さんが声をかけてきた。

「そうだよ。新島さんはまだいるの?」

「いっ、いえ。わ、私も帰ります」

「だったら鍵を返してくるよ」

「えっ、でも、これは文芸部のし、仕事ですし」

「バスの時間もあるし、俺のクラスのほうが下駄箱から近いからついでに返してくるよ」

 神野高校ではA、B、C組とD、E、F組で下駄箱が離れている。そのため俺たちC組は職員室の近くに下駄箱があり朝遅刻でもすれば教員にすぐ見つかる。

「そっ、そうですか。あ、ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

「あっ、あの。山城さん、ま、また明日」

「うん。また明日」

 新島さんを見送った後に図書室の戸締りをして学校から出ようとしていた。

 その際、上島先生に会い「バスケ部に入らないか。お前も体が鈍ってきただろう」と声をかけられたが丁寧にお断りして学校から出た。

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