決してぬいぐるみの為じゃない

第1話 思いつく限り最悪の呼び出し

 卒業式が終わった。


 とは言っても、卒業したのは自分ではなく1つ上の先輩達なので、特に感慨はない。なので、今日は朝から今どき暖房設備の1つもない寒すぎる体育館で、氷のように冷たいパイプ椅子に座ってただ時が過ぎるのを待っていただけだった。


 座っているだけの退屈な時間に耐え、知らん卒業生のよくわからん答辞にうとうとしている間に式は終わり、さあ家に帰ろうと教室へ戻った時、俺は不運にもそれを見つけてしまった。


「生徒会室にて待つ」


 ノートの1ページを破って書いたであろう、罫線の引かれた紙の上の文字。いやに達筆で、逆に読みにくい。一昔前の果たし状のような、どこからどう見ても怪文書が、自分の机の上にセロハンテープで丁寧に貼りつけてある。目を疑う光景に、ここ、本当に自分の席だよな?と一応確認したが、どうやら間違いない。間違いであってほしかったが、いつもの自分の席だ。


 これ、無視したら人としてアウトだろうか、と筆で書かれた文字を見つつ、書いた人のことを考えた。わざわざこんなものを書いて俺の席に貼りつけ、生徒会で待っているというその人物。俺の席を知っているということは、同じクラスの人間だろうか?だとしたら、何故こんな回りくどいことを?違うクラスの場合は、俺の席をわざわざ調べた……?ちょっと怖いな。


 しかし呼び出しか……古来より、学校内での呼び出しは、「あんた学校イチの人気者、池面太郎君にちょっと気に入られてるからって調子のるんじゃないよ」属か、「ずっと前から好きでした!付き合ってください!」属に別れる。その2パターンで考えると、俺は男なのでこの場合は後者のパターンが当てはまるだろう。


 ……いやいやいや。当てはまらないだろ。ないないそんなこと。百歩譲ってあったとしても、ノート引きちぎった紙に筆文字で呼び出しする乙女がどこにいるんだよ。アマゾネスじゃないんだから。いや、でも、武門の家系で育って武士の心を持った乙女の可能性も捨てきれないし、女子高生ながらに書道の道に邁進する古風な話し方の大和撫子の可能性だってある。何より、どんな乙女であっても待ちぼうけをさせるなんてことは断じて許されない。ここは、甘んじてこの呼び出しを受けるしかないのではないだろうか。


 そうして、俺は生徒会室の扉を開けた。開けてしまった。


「よく来たな、篠崎隼人しのざきはやと君」


「あ、帰っていいすか」


「何故だ!?」


 わかってはいたけど、やっぱりな。入学以来初めて足を踏み入れた生徒会室には、坊ちゃん刈りで分厚いメガネの、学ランを着た男が仁王立ちしていた。もちろん恥ずかしがりやな戦乙女も、袴を履いた大和撫子もいない。埃っぽく暗い部屋にいるのは、この仁王立ち男だけ。あんまりだ。わかってはいたけどあんまりすぎる。しかもなんかでかい声で、待ちたまえ!とか言ってる。喋り方が古風なのは妄想と合っていて絶妙に嫌だ。


「あの置手紙を読んで来てくれたのだろう?」


「はあ……まあ……」


「ならばかけたまえ」


「いや、いいんで用件だけ言ってください」


「せっかちだな君は……まあ良いだろう。僕のことは知っているね?」


「いや知らないです」


「なんだと!?この、前生徒会長、嵐山風太郎あらしやまふうたろうを知らないと!?」


 目の前の男、嵐山さん、とやらは、心底驚いた様子でメガネを上げ下げした。なんとなく風速が強そうな名前だ。それに、なんかコントみたいな人だな……話していると疲れる。どうやら生徒会長らしいが、前、とはなんなのだろう。この高校の委員会組織に全く興味がないので、生徒会役員も全く知らない。選挙とかあったっけ。


「まあ良い。今名乗った通り、僕は前生徒会長だ」


「はあ」


「そして今日、僕は、この高校を卒業する」


「そうなんすね」


 ということは3年生か。やばい人だと思って敬語で話していたけど、どうやら先輩のようなので、結果的に良かった。おそらく、3年生だから、卒業して生徒会長も引退するのだろう。まあ、だからなんだという話でしかないのだが。


「それでだね。次の生徒会長を君にお願いしたいのだ」


「嫌です」


「ちょっとは驚くとかしたまえよ君……」


 流れ的に薄々感じてはいたが、見ないふりをしていた嫌な予感が直撃した。面識のない坊ちゃん刈り元生徒会長に呼び出されるイベントなんて、生徒会絡みでしかないだろう。嵐山先輩は、肩を落として床を見つめている。


「なんで俺なんですか。ただの帰宅部だしなんの取柄もないですけど」


「いや、僕はずっと前から君のその周りに流されず常に効率重視で行動するクレバーでクールなところに興味を持っていてね。次の生徒会長は是非君にと考えていたのだ。生徒会長として全生徒を観察するのは当たり前のことであるが、君は一際目をひく存在だった」


 早く帰りたいが為にさっさと行動していただけなのだが、こんなところでこんな風に褒められるとは……全然嬉しくない。というか、全生徒って500人くらいいるよな?それを全部観察してるとかちょっと怖い。


「そんな大層な人間じゃ……」


「しかも君は、前々生徒会長で学内イチのモテ男、半田寒男はんださむお先輩からの評価も高かった!僕は副会長だった2年の頃、半田先輩からの熱い視線を一心に浴びる君のことを憎らしく思ったものだよ」


 どうやら、俺に好意がある人から呼び出された、という妄想は正解だったらしい。嵐山先輩はこちらをちらちら見ながら、顔を赤らめてはにかんでいる。全く嬉しくないが、さっきの妄想から強引にまとめると今の状況は、嫉妬呼び出し属思い切って告白科に属するのだろうか。まさか2つともまとめていっぺんに来るとは。しかも知らない坊ちゃん刈りから。


 状況が呑み込めず放心していると、嵐山先輩がキリリとした顔で向き直った。


「それでだね篠崎隼人君。君には生徒会長になる為に、試練を受けてもらう」


「いやなりたくないんで」


「まあ聞きたまえ」


 生徒会長なんて面倒なもの、死んでもやりたくない。俺はさっさと家に帰って、部屋で漫画読みながらゲームして、布団の上でスマホいじってたら寝落ちする生活を続けなきゃいけないんだ。決して暇じゃない。


「君、ぬいぐるみは好きかね」


「いや別に……」


「この高校には家政科があるだろう?何を隠そう僕もその一員であったわけだが、毎年、この高校の卒業生は卒業制作でテディベアを一体作るのだ」


「へえ……嵐山先輩家政科なんすね、意外……」


「そして、そのテディベアこそ我が生徒会の守り神!100年前から受け継がれてきた紫水晶を腹に縫い込んだ、生徒会長となる者にふさわしい、至高のぬいぐるみなのだよ!」


「……それが?」


「それを代々現生徒会長から次代の生徒会長へと渡すことで、新しい生徒会長の誕生としてきたのだ」


「……それで?」


「そのテディベアを、君の荷物と一緒に屋上に置いてきた」


「……は?」


「ちなみに屋上のドアは歴代生徒会長しか知らない秘密のパスコードで電子ロックを解除していてな。12時ちょうどになると自動で施錠される」


 荷物?屋上?テディベア?12時?ちょっと待て。頭が混乱していてよくわからない。生徒会の秘宝がぬいぐるみで?電子コードで屋上の扉が開いていて?俺の荷物は屋上にあって?12時になると扉が閉まる……?


「ちなみに今は11時45分だ」


「おいマジでふざけんなよ」


「そしてこのあとの予報は大雨。大切なスマホと提出義務のある日本史Bのノートをびしょ濡れにしたくなければ、いますぐ屋上へ生徒会テディちゃんを救出に行くんだな!」


 ワハハハハハ!と笑う坊ちゃんメガネに、いつ俺の荷物を運んだだとか、卒業式の日に何やってんだとか、なんで日本史Bのノート提出があること知ってんだとか、言いたいことはたくさんあるが、とにかく急いで屋上へ行かなければならないらしい。クソメガネ越しに見える窓の外は、どんよりとして今にも雨が降りそうだ。ここから屋上へ行くにも10分はかかる。荷物を取って、扉が閉まる前に抜け出すとなると少し余裕が必要だろう。


 こんな……こんな理不尽なことがあって良いのだろうか。俺はただ、怠惰な高校生活を謳歌したかっただけなのに……。こんなわけのわからないことに巻き込まれて……。しかも今思い出したがあの筆文字置手紙、机に貼ったままだ……。今頃クラスで俺のあだ名が生徒会室合戦とか、謎筆文字文通野郎とかになっていないか心配すぎる。ああ、考えることが多いな全く!


「さあ、急ぎたまえ。未来の生徒会長」


「あんたマジで覚えとけよ!」


 自分でもどうかと思う捨て台詞を吐き、俺は屋上への道を駆け出した。













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