サメゾウさんとこのぬいぐるみ

鹿嶋 雲丹

第1話 新作お披露目会、その二『ぬいぐるみ』

 町娘サクは、町の外れでひっそりと営まれている雑貨店“シャークサメゾウの店”を訪れようと、一人歩いていた。

 その手には“新作お披露目会”と大きな文字で書かれた紙片が握られている。

 その字は少々癖があるものの、美しく読みやすいものだ。

 サクはその字をまじまじと見つめ、そっとため息を吐いた。

「サメゾウさんの字って、きれいで読みやすいんだよな……羨ましい」

 そしてそのまま視線を下に下げると、今回の新作は『ぬいぐるみ』と書いてある。

「この間の新作は妖毛シャンプーだったんだよな……今回はぬいぐるみかぁ……」

 サクは呟き、妄想を膨らませる。

 日常でも、非日常でも役に立つ雑貨。

 どこか不思議な雑貨の製造販売をしているのが、これから向かう“シャークサメゾウの店”である。

 そんな店の店主サメゾウが作るぬいぐるみが、そこらで販売されているものと同じなわけがない。

「どんなぬいぐるみなのかなあ……火を吹いたり、毒を吐いたりするのかな?」

 サクはぬいぐるみの見た目よりも、その性能に興味津々なのだった。


「いらっしゃいませ」

 いつも通りのユニフォーム“執事服”に身を包んだサメゾウが、サクを屋敷に招き入れた。

 そして、交渉用のテーブルにかたりとティーカップを置く。

 白い湯気と共に、甘く爽やかなハーブの香りが漂い始めた。

 サクはその香りを胸いっぱい吸い込み、笑顔を浮かべる。

「今日の新作のぬいぐるみ、とても楽しみです!」

 目をキラキラさせるサクを目の前にしても、店主サメゾウの表情は無表情だ。

 この人めちゃくちゃいい顔してるのに、ほんともったいない……

 サクは笑顔をひくつかせる。

「ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、新作はこちらです」

 サメゾウは淡々とした口調で言い、サイドテーブルから三体のぬいぐるみをテーブルに並べた。

 どれも大きさは10cmに満たない小さめのものだ。

「わあ、かわいい! えっと、サメにゾウにネコ……」

 そこまで言って、サクは黙り込む。

 初来店時にもらった名刺の“謝亜久刺目象シャークサメゾウ”という文字を思い出したのだ。

 シャークはサメ、象はゾウ……ってことは、このネコはヒトデか……

 サクはちらりと床を見る。

 そこには、サメゾウの愛猫ヒトデが不貞腐ふてくされた顔で丸くなっている。

 サクはまじまじとネコのぬいぐるみの表情を見た。

 ぬいぐるみのネコは、にこにこと笑っている。

 ヒトデと真逆!

 サクは必死に笑いをこらえた。

「ネコがお気に召しましたか?」

「あっ、いいえ! そういうわけでは……」

 サメゾウの問に、サクはハッとし視線をサメゾウに戻す。

「このぬいぐるみの効果は、単なる癒やしだけではありません。お客様のお望みを叶える機能がついています」

「望みを叶える?」

 サクは首を傾げる。

「例えば、話し相手になるとか、手の届かない場所を掻いてくれるとか、そういうことです」

「ああ! なんだか平和的ですね! サメゾウさんのお店の品だから、てっきり火を吹くとか毒を吐くとかするのかと思いましたよ!」

 サクはサメゾウの説明に、にっこりと笑う。

「望めば可能です」

 返ってきた冷たいサメゾウの声音に、サクは言うんじゃなかったと後悔した。

「ただし、呪殺を含む暗殺など、特殊任務は禁じております」

「そ、そうですか……それは良かったです……」

 私、そんなことに使わないし……

 サクは気まずそうに、ティーカップのお茶を口に運んだ。

「追加の使用上の注意は、大事に扱わないとそれなりの仕打ちが返ってくるということです」

 サクはハーブティーを喉につまらせ、目を白黒させた。

「そっ、それなりの仕打ち?」

 ゴホゴホと咳き込みそれをようやく鎮めたサクが、目に涙を溜めたままサメゾウの冷たく光る瞳を見つめた。

「当然です。サクさんも、火をつけられたり水をかけられたりしたら不快になるでしょう?」

「そりゃ、なりますね」

 そんなシチュエーション滅多にないけど。

「ぬいぐるみも同じです。大切にすれば大切にされ、雑に扱えば雑に扱われるのです」

「はい……物も人も、大事にします……」

 サクはなんだか叱られているような気持ちになり、気が落ちこんできた。

「あれ……今、ゾウが動いたような……」

 じっと見つめるサクの視線の中、ゾウのぬいぐるみがトコトコとサクに近寄り、その長い鼻でテーブルの上のサクの手をそっと撫でた。

 かっ、可愛い!

 その愛らしさとぬくもりに、サクの乙女心がズキューンと撃ち抜かれる。

「どうやら、その子はサクさんを気に入ったようですね」

「う……い、頂きたいですけど……お高いですよねっ?」

 今すぐにゾウのぬいぐるみを手にとりたい衝動を抑え、サクは呻くように聞いた。

「そうですね……サクさんは発表会にご参加頂いた上、この子に気に入られましたので、30%引きでこちらの値段になります」

 サメゾウはさらりとテーブルの紙片に数字を書き込み、それをサクに差し示す。

 その数字とゾウのぬいぐるみとを、サクの視線が5往復した。

「このゾウさん、大切にしますので……頂きたいです」

 サクは少し無理した笑顔を浮かべ、サメゾウにそう伝えた。

 ゾウは嬉しそうにサクの手に擦り寄ってくる。

 たまらん……なんだ、この可愛さはっ!

 サクの頭の中の計算機は、いとも簡単にぶっ飛んだ。

 頬を赤らめ、ゾウのぬいぐるみの虜になっているサクの様に、サメゾウは微かに目を細めていたのだった。

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サメゾウさんとこのぬいぐるみ 鹿嶋 雲丹 @uni888

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