第41話 特殊な能力

「大変! いっくんがいない、美玲さんも」


 司令室に戻った陽葵が報告すると神宮寺はパソコンのキーボードを叩く手を止めた。


「いないだと? 便所じゃないのか」


 そう言えばトイレは確認しなかったが、陽葵はあの部屋には初めから誰もいないという確信が持てた。


「ゼウス、いっくんと美玲さん知らない?」


『アルベルト様は搭乗しておりません、美玲様は出発直前に降りられました』


「え? どうして……。一緒に乗ったじゃん」


『搭乗したアルベルト様は幻影です』


「ともかく緊急事態だ、こんな数は対処できん。いちどシヴァーに戻って二人を回収してから逃げるぞ」


「うん、そうだね」


「ゼウス! 大至急シヴァーに戻ってくれ」


『その命令はプライオリティエラーにより実行できません』


「なんだとっ!」


 神宮寺はその場で勢いよく立ち上がった。


「え、なに? プライなんたらってなに?」


「優先順位です、神宮寺さんより命令権が上の人がシヴァーに戻るのを拒否してるんです」


 春翔の答えに陽葵は混乱した。誰がそんなことを。


「俺よりも命令権が上なのはあのジジイしかいない、やつ自ら、あらかじめゼウスに命令していたって事だ」


「だから何でそんなことっ!」


 陽葵は声を荒げたが神宮寺は何も答えずに座った。


「知ってたんじゃ……」


 春翔の呟きに「えっ?」と陽葵が返す。


「こうなる事を知ってて石井さんは一人で残ったんじゃ」


 ますます意味が分からなかった、知っていたなら尚更ゼウスで逃げなきゃならない。陽葵はゼウスに懇願した。


「ゼウスお願い! 戻って!」


『その命令はプライオリティエラーにより実行できません』


「無駄だ。本人しか解除できん」


「じゃあどーするのよ! このままじゃいっくんと美玲さんが」


「二人がシヴァーに残っているなら無線で連絡取れませんか?」


 優也の意見に神宮寺が「それだ!」と言ってキーボードを操作しだした。タンっとエンターを叩く。


「こちら神宮寺、応答しろ! こちら神宮寺」


 しかし、真っ暗なパソコンモニターからはなんの反応もない。陽葵が神宮寺の前に割り込んで叫んだ。


「いっくーん! 美玲さーん!! お願い出て!」


 陽葵が大きく深呼吸をしてもう一度叫ぼうとした時だった。


「なんやねん、うるっさいのう」


 陽葵が驚いてのけぞると真っ暗だったパソコンモニターに石井が映し出されていた、後ろでは美玲が小さく手を振っている。


「いっくん何やってんのよ! 大変なの、銀玉が沢山でそこにいたら危険なの」


「分かっとるわ、誰やおもとんねん」


「じゃあ早く逃げないと! ゼウスが言うこと聞かないの、いっくんが命令して」


「ええねん」


「え?」


「自分らはそのまま次の惑星に向かうんや」


「ジジイ、トチ狂ったか?」


 神宮寺が問いかけるとモニターの中で石井は一つため息をついた。

「わしが狙われとんねん」


「なんだと?」


「やつらの狙いはワシやねん」


「奴らってのは銀の玉を撃ってきてるやつらか?」


「もっと大きな存在や」


「父さん!」


 優也がたまらず声をかけると石井と美玲は一瞬、鎮痛な面持ちになった後に正面をしっかりと見つめた。


「優也、騙すようなことをしてすまんかったな」


「嫌だよっ! 一緒に行こうよ、母さんも!」


「勘違いしたらあかんで、自殺しようってわけじゃないんや、奴らの攻撃をとめるにはこれしか方法がないねん、子供たちを護るのは親の幸せやねん、分かってくれるな?」


 優也が黙って俯くと石井は続けた。


「わしなりの答え、宇宙の果てについて記しといた。ワシの部屋の机にある抽出しに入っとるから参考にしてくれ、遺書ちゃうで、次元について――」


 石井が言い終わる前に陽葵が割り込んだ。


「次元だかルパンだか知らないけど今から迎えに行くからまってて!」


「もう、あかんねん。陽葵、ありがとな……」


 それだけ言い残すとモニターは再び真っ暗になった。


「こらー! いっくーん!」


 何も映らない画面に叫んだが、陽葵の声はもう石井には届かなかった。


「ユッキー……」


 陽葵が泣き出しそうな声で呟く。神宮寺は立ったままで腕を組んで何かを考えていた、陽葵がどうしたらいいかオロオロしていると、いつの間にか司令室を出ていた春翔が戻って来た。


「ありました、手紙」


 石井が残したと言う手紙を春翔が神宮寺に渡すと、神宮寺はおもむろにライターを取り出し、その手紙に火をつけて灰皿に捨てた。真っ白な手紙はあっという間に燃え尽きて黒い塊に変わった。


「悪いが、伝えたい事があるなら直接言ってもらおう」


「ユッキー!」


 それは二人を救出に向かう決意だと分かり陽葵は神宮寺に抱きついた。


「離れろ、まずはゼウスのプログラミングを書き換えて命令権を取り戻す、春翔、手伝ってくれ」


「はい」


「優也! 宇宙に関してはお前の能力は及ばないのか?」


「分からないけどやってみる」


「陽葵!」


「うん」


「コーヒー入れてくれ」

「了解!」


 神宮寺たちはそれぞれパソコンに向き合いカタカタと作業をしている、陽葵はみんなにコーヒーを入れた後も落ち着かずにウロウロと司令室を彷徨っていた。


 二時間、三時間。時間はいたずらに過ぎていく、その間にも銀色の玉はどんどん惑星シヴァーに近づいていき、反対にゼウスは遠ざかって行った。

 二日、三日過ぎた所で寝ずに作業している神宮寺が天井を仰いだ。作業が完了したのかと陽葵はかけ寄る。


「だめだ……。何重にもプログラムにロックがかけられている。もう時間がない」


「そんな……」


 春翔と優也も同様に青ざめた顔をして項垂れていた。陽葵はその場でペタンと膝をついた。


 もう間に合わない――。


 石井と美玲の死を陽葵は強烈に感じた。人間はいつかは死ぬ、分かってる。でも。


 石井と美玲の優しい笑顔を思い出す。


 今じゃない――。


 わがままなのは理解している、不慮の事故、病気、事件。陽葵が生きていた時代は人間なんてすぐに死ぬ、短い寿命。身を危険に晒しながらみな生きていた。だからこそ生は尊く、死は悲嘆された。


 寿命が伸びて死が身近に無い三千世界は、別れに対して真剣に向き合えなくなっていたのかも知れない。


 いつまでも一緒にいられると――。


 陽葵の目から涙がこぼれた。ゼウスの床にパタパタっとシミを作る。そして叫んだ。誰に対して言ったのか自分でも理解しないままに。

 

「ちょっとなんかアドバイスしなさいよ! いるんでしょ! 聞いてるんでしょ!」


 ゼウスの床を拳で叩いた。

 

「こら! ゼウスゆうこときかんかーい! 生みの親を見捨てるって言うの? この薄情者! 馬鹿! 強情! どら焼き! さっさとシヴァーに戻らんかいボケッ!」


 司令室に陽葵の叫び声が響き渡る、どこか石井の口調に似たイントネーションは狙ったわけでも計算したわけでも無い。しかし――。

 

『了解いたしました、至急惑星シヴァーに帰還いたします』


「え?」

 神宮寺、春翔、優也、陽葵はゼウスの言葉にその場で固まりお互いに顔を見合わせた。



 今回だけよ――。


 脳内に響き渡るような声はハッキリと女性のような気がした。


 神宮寺が立ち上がり船内モニターに近づいて凝視する、そこにはゼウスの位置と次惑星。先程までは進行方向と書かれた矢印がそこに向いていたが、今は真逆、つまり引き返している。


「よーし! よくやったぞ陽葵、なんだ関西弁に反応するのかコイツは?」


「そんなバカな……」


 春翔が呟いたが、とにかく二人を救出に迎えることに全員で喜んだ。銀玉が衝突する前にゼウスは到着する、素早く二人を回収する時間は十分に残されている、はずだった。


 しかし、そこにあったのは全てを飲み込む漆黒の闇。緑豊かなユピテルを有した惑星シヴァーはその短い生涯を終えたところだった――。

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