第40話 天才の決意

 幻影は脳から離れすぎると消滅してしまう、通常ならば人の姿を模した幻影は半径二、三メートルがやっとだが石井は結局、ゼウスが大気圏を出るまでその姿を保ち続けた。


 脳に戻った意識を再び幻影に投影させ、石井はユピテル地下にある研究室で椅子に座るとタバコに火をつけた。先ほど無事に飛び立ったゼウスは二度とここに戻ることはない。そうゼウスに指示をしておいた。


 石井は前回の銀色の玉の襲撃から今日まで、ずっと敵に反撃する研究を重ねてきた。敵はなんどでもコチラを付け狙ってくる、不知火の意見は正答だろう、ならば陽葵たちを護るには敵を壊滅するしかない。


 敵惑星はすぐに割り出す事ができた、ブラックホールを使用した移動方法は石井も解明していてゼウスにも応用している。敵はおそらくルートを逆探知されるとは思っていないのだろう、今回も同ルートでの攻撃がそれを証明している。石井は目の前にあるモニターを見て呟いた。


「それにしてもなんちゅう数を――」


 通常ではブラックホールの移動中は探知する事が困難だが前回の移動でルートがバレているとなれば話は別、その場所を石井はずっと見張っていた。


 結局、石井は敵に向ける攻撃手段を開発する事が出来なかった。敵惑星に存在するような特殊な銀はシヴァーには存在せず、遠距離から遥か遠くに的確に命中させる技術はこの時代の天才、石井においても容易では無かった。


 しかし、すぐにその問題は解決した。無ければ奴らの銀玉を拝借すれば良い。石井はすでにある重力装置の限界突破を研究した。それは惑星一つの重力を変化させる大掛かりなものだったが、従来存在する装置の出力を上げるだけの作業はとりわけ石井にとっては簡単な作業だった。


 こうして完成した『重力装置、解』は重量計数を最大に設定すると惑星の質量を無視して重力が増加、あまりの重力に惑星はどんどん縮小していき最終的には野球のボールほどのサイズになる。


 その真っ黒な玉は光さえも吸収し、取り込む強力なブラックホールとなる。銀の玉は次々とそこに吸い込まれていくだろう、そして吐き出された先のルートを石井は計算。銀の玉は今通っているブラックホールを逆走して発射された惑星に向かっていく。もしその惑星に迎撃する手段がなければ……。


 そしておそらくその手段は存在しない。いつの時代も攻撃手段が最優先され防御は二の次、地球の歴史を見ても明らかだった。


 タバコを灰皿に押し付けた所でカチャリと扉が開く音がした。いま、この星には自分しか残っていないと思っていた石井はその場で立ち上がり扉を注視した。


「み、美玲、なんでやねん……」


 そこには笑顔の美玲が立っていた、石井は思わず声を荒げた。


「なにしとんねん! もうゼウスは戻って……」


 そこまで言って言葉にならなくなった。美玲は石井にかけ寄ると首元に抱きついた。


「もう、一人にしないで。離れ離れはいや」


「せやけど……。どうして分かったんや」


「分かるよ、あっくんの事はなんでも」


「もう二度と元には戻れんのやで」


「それが普通じゃない?」


 美玲は石井の顔を見上げながら微笑んだ。


「せやな」

 そう呟いて石井は美玲を強く抱きしめた。

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