第37話 奇跡③
美玲が生まれた2500年代初頭、日本は兼ねてから因縁のあった隣国と激しい戦争に突入していた、はるか昔から戦争に備えて準備をしてきた隣国に、日本は劣勢を強いられながらもなんとか耐え忍んでいた。
当時の大統領は頭を悩ませた末に、天才科学者として名を馳せていた神宮寺一葉に兵器の依頼を申し出る。しかし彼女の答えはNO、人類を生かすための科学を人殺しの手段には使えないと、正論を突きつけられた総理大臣だったが「このままでは日本は滅びます」と言う切実な申し出に一葉は首を縦にふる以外に選択肢が無かった。
悩んだ末に一葉が開発した兵器は量子力学を応用した完全催眠。人間を構成する分子、原子。さらに細かくしていくと電子、陽子、中性子、ニュートリノ。あまりの細かさに人間の体すら通り抜ける量子がもつ性質、量子もつれは情報伝達の共有という特異点があった。
一葉は自らの電子を採取して増幅、遠距離から特殊な巨大アンテナを使用して隣国に浴びせ続けた。『
そして隣国の国民は次第に戦争反対の一葉の想いを共有する事になる、多くの国民の声は政治、国家を動かしやがて両国は和解に至る。この時、発信した一葉の電子信号は隣国の直ぐ上にある独裁国にも広がり冷戦と化していた二つの国が元の一つの国として再建を果たす二事的産物までもたらした。
一葉の発明は最重要国家機密として扱われたが、一人のジャーナリストにより情報が漏洩すると瞬く間に国民的ヒロインに上り詰めた。その人気は国民栄誉賞ではとどまらず、これからの日本を指揮する先導者としてのポストを期待された。
一葉が恐れたのは己が開発した兵器の悪用、侵略、支配。その気になれば全ての地球人を意のままに操る事が出来る兵器は一葉が望まぬ未来を容易に想像させた。総理大臣としての打診を受けたのは一重に『鏡花水月』の乱用を防ぐ目的があった。
しかし圧倒的な力、兵器を持った人間はその力を誇示するだけではなく国家交渉の道具に利用するようになる。もちろん一葉の意見はことごとく却下され、国民の人気取りの為だけに担ぎ上げられた
危険を感じた一葉は『鏡花水月』を破壊して各国に発表した。設計図の存在しない日本の最終兵器は唐突に終焉を迎え、手前勝手な国交を続けていた国は他国から疎外された。
ところが同時に総理大臣の座を降りた一葉に国民はそれまで以上の喝采を送った。武力で他国を制圧しない慈愛の精神、蹂躙するくらいなら疎外される道を選んだ一葉に
僅か半年の女性総理大臣は表舞台から姿を消して、本業である研究に没頭する事になり、いつしかその存在も忘れ去られていく。しかし同時代を生きた人間、特に女性にはその存在が忘れられない記憶となり心深くに刻まれた――。
「やばっ! ユッキーの娘、総理大臣だって」
「いやまて、まだ決まった訳じゃないだろ」
話し終えた美玲は真正面からじっと神宮寺の顔を見つめた。「何かついてますか?」と質問する神宮寺に「うん」と言って手を叩いた。
「そっくりです、一葉さんと」
「本当ですか?」
「はい、少しハーフっぽい所とか、優しい目元なんて特に」
「あっ、ねえねえ美玲さん、あの、足は?」
陽葵はどう聞いていいか分からずに曖昧に質問した。
「あし?」
「私の娘は下半身を損傷していました」
「ああ、普通に歩いてましたよ。むしろ走るのが好きとかで、テレビでは良く走る姿が放送されてました」
「その時代の再生医療は?」
「事故や病気で失った箇所は本人の細胞から再生するのが普通でしたけど」
「ユッキー!」
「ああ……」
小さく呟いた神宮寺が天井を見つめているのは涙がこぼれ落ちない為だと陽葵はすぐに気がついた。涙ぐむ陽葵が横に目をやると無言で号泣する石井が目に入り思わず噴き出した。
その日は朝まで皆で飲み明かした、仲間との宴、生還した美玲を見ながら陽葵は死、別れがあるからこそ人間は強くなれる、限られた時間を懸命に生き抜こうと努力する。それが人間を輝かせるのかも知れないと考え始めていた。
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