第36話 奇跡②
「これ以上は危険じゃないかしら?」
「なにを言っている、真相に迫った彼らの行動こそサンプルになるのだ」
「でもピンチじゃない?」
「なんとかなんだろー」
「ああ、あの男がいれば大丈夫だろう」
『プシュー!』
復元装置の扉が開く音にビクッとして陽葵は目を覚ました。空調の効いた部屋でじっとりと汗をかいていて不快だったが、目の前で全裸のまま
「大丈夫ですか?」
陽葵は用意しておいたバスタオルで女性を包み込んで話しかけた。
「はい、わたしは……」
「ゆっくりと思い出してください、良かったらこれを」
「ありがとう」
女性は陽葵から渡された真っ白なワンピースを受け取ると、一度はにかんだ笑顔を見せて気恥ずかしそうに着替えた。
「サイズ大丈夫かな?」
「大丈夫です、少し胸が苦しいけど」
確かに陽葵が着ている時よりも胸の辺りがキツそうだった。羨ましい気持ちと悔しさが入り混じり変な感情になる。
「あのぉ……、違ったらすみません。もしかして美玲さんですか?」
神宮寺によるとその確率は高いとの事だった、しかし陽葵は彼女を見た瞬間に石井の話に出てきた女性だと思った。可愛らしいたぬき顔の優しそうな人。
「え、はい、どうして……?」
「やったー!」
キョトンとしながら困惑する美玲に陽葵は抱きついて喜んだ。奇跡、ミラクル、陽葵たちの諦めない行動が身を結んだ瞬間だった。
「ちょっと待ってて! いっくん呼んでくるから」
「いっくん?」
小首をかしげる美玲を残して陽葵は研究室を飛び出した。すぐにゼウスに問いかける。
「ゼウス、いっくんどこ?」
『アルベルト様は第4研究室におられます』
「ありがと!」
陽葵は長い廊下を走りエレベーターで石井がいる第4研究室を目指す。途中で神宮寺とすれ違い「起きたのか?」と問われて「うん!」とだけ返事した。はやる気持ちを抑えきれないままに石井がいる部屋の扉を開いた。
「いっくん! ちょっと来て」
「なんやねん陽葵、いま忙しいんや。あとで遊んだるから一人でゲームでもしとき」
石井は振り返りもせずに数台のパソコンを操りながら答えたが、陽葵はズカズカと中に入るとパソコンに繋がれた線を次々に抜いていった。
「ギャー! なにしとんねん陽葵、とち狂ったんか。まだバックアップも取れてへんのに三日分の作業がパーやで!」
「いいから来て!」
石井の腕をつかんで陽葵は来た道を戻った。ブツブツと恨み言を垂れる石井が美玲を見たらどんな反応をするのか楽しみで仕方なかった。
「やっと重力装置の限界突破が見えてきたとこやねんで、まったく――」
「そんなことより全然大事なの!」
第一研究室の前につくと陽葵は石井に中に入るように促した。「なんやねんもう」と言いながら扉を開けた石井はその場で固まった。それは入ってきた石井を見た美玲もまた同じだった。
「み、美玲なんか? うそやろ」
「あっくん? わたしどうして……」
「ね? なんたら装置よりも大事でしょ?」
「ああ、百万倍だいじや!」
石井は美玲にかけ寄り抱きしめた、記憶がまだ曖昧な美玲も戸惑いながら久しぶりに感じた再会を喜んだ。その後、石井は美玲にこれまでの経緯を話した、不知火の蛮行、優也の能力、陽葵たちとの出会い。ことさら優也の話は美玲を悲しませたが、本来ならば永遠に実現しなかったであろう石井との再開を陽葵に感謝した。
「なんだなんだ、本当に当たりだったか」
内線で呼ばれた神宮寺と春翔が入ってきた。
「こんにちは」
春翔が挨拶をすると美玲も「初めまして、この度はありがとうございます」と深くお辞儀した。
「美玲を見つけてくれたんは春翔と陽葵やねん、モジャ男は何もしとらんから礼はいらんで」
「モジャ男はやめろ、しかし本当に可愛らしい人だ、エロジジイにはまったく釣り合わんな」
「なんでやねん! めちゃくちゃお似合いのカップルやんな、なあ?」
石井は陽葵に同意を求めたが曖昧に頷いた、確かにはたから見たらお爺ちゃんと孫の方がしっくりくる。
「とりあえずユピテルの自宅に行こうよ、美玲さんもお腹すいたでしょう?」
「うん、実はぺこぺこ」
両手でお腹をさする美玲を連れて陽葵たちはユピテルに戻る事にした。石井の終始嬉しそうな表情を見て陽葵だけでなく皆が喜んだ。
自宅に戻ると神宮寺がキッチンで料理を作り始め、リビングでは美玲の復活祝いと称した宴会がはじまった。陽葵と春翔は相変わらずコーラで乾杯して、石井と美玲はワインを空けた。神宮寺もフライパン片手にビールを飲んでいる。暗い現実が続いた中での久しぶりの好事は皆の気持ちを明るくさせた。
「アインシュタインだからアッくんなの?」
石井のことをあっくんと呼ぶ美玲に陽葵が質問すると「そうだよ」と笑顔で答えた。
「正体を明かしたのは美玲だけや」
石井は細い目で遠くを見つめながら呟いた。
「わしはあの有名なアインシュタインやで、付き合わな損やで! って口説いてきたのよ」
美玲が石井の関西弁を真似すると陽葵は「サイテー」と蔑んだ目で睨んだ。
「お待たせ、何だか分からん魚のカルパッチョだ、ワインにも合うだろう」
神宮寺は次々と料理をテーブルに並べていった。ゲスト、しかも美人がいるからいつも寄りさらに凝っていると感じた陽葵は、多少のやっかみを感じながらも楽しい時間を過ごしていた。
「神宮寺さんてお名前なんですか?」
春翔が神宮寺の名前を呼ぶのを聞いて美玲は質問した。その表情に羨望の眼差しが含まれているのを感じた神宮寺は「ええ、神宮寺諭吉です」と決め顔で応じた。
「名前負けしてるよね、ユッキーで良いよ」
「お前が決めるな、ねえ美玲さん」
「いえ、私の生まれた時代で神宮寺と言えば英雄だったのでつい」
美玲の言葉に陽葵と神宮寺は顔を見合わせた、しかし一瞬はやく質問したのは春翔だった。
「下のお名前は?」
「神宮寺一葉さんです」
神宮寺の瞳が大きく見開かれた、しかし言葉が出てこずに口を開けたまま呆けていた。すかさず陽葵が口を挟む。
「ユッキー! もしかして?」
「ああ、しかし一葉なんて名前はそう珍しくも……」
ようやく言葉が出てきたが自身の発言に矛盾を感じたのか途中で止めた。代わりに陽葵が質問する。
「なにした人なの? 有名人とか?」
英雄と聞いて陽葵が思い浮かべるのはゲームに出てくる世界を救う勇者くらいだった。
「神宮寺一葉さんは科学者でありながら日本で女性初の総理大臣になった人です――」
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