第35話 奇跡

「次はこの辺かなぁ」


 陽葵はポセイドンによる地割れに飲み込まれた人たち。その残された細胞を採掘する為、春翔と毎日スコップ片手に朝から作業をしていた。


「うん」


 半年以上も続けた成果は春翔の腕がたくましくなった事だけだったが二人は諦める事なく掘り進めた。一見して闇雲に採掘しているように見えたが、陽葵は何となく生命の鼓動、エネルギーのようなものを感じ取りその場所を重点的に掘っていた。


 すると柔らかい土の中でスコップの先が『カチッ』と金属に触れたような感触があった。陽葵はしゃがんで土を掻き分けると中からネックレスのような物が出てきた。


「これって……」


 陽葵は土にまみれた輪っかを春翔に手渡した。


「ネックレスみたいですね」


 春翔が土を払うと細いチェーン状の輪から僅かにシルバーの部分が見える。トップは取れてしまったのか最初から無いのか判別する事は出来ないが、間違いなく人工的に作られた装飾品だと二人は確信した。


 お互いの顔を見合わせると一目散にユピテルの自宅に戻った。あいにく石井も神宮寺も研究室に篭りっぱなしで誰もいなかったが、リビングに鎮座する小型冷蔵庫ほどの細胞分別機にネックレスを入れて蓋をするとスタートボタンを押して結果を待った。息をつく間も無く無機質な機械音が響き渡る。

 

『人体の血液反応あり』

 

「春翔くん!」


「いけますよ! 血液から復元は可能です!」


 二人は興奮してその場で抱き合い喜んだ。しかし、すぐに別の考えが頭をよぎる。このネックレスに付いた血液が美玲のものとは限らない、いや。そうじゃない確率の方が圧倒的に高い。もちろんポセイドンという人的災害により不慮の死を遂げた人を一人でも救えるのは喜ばしい事だが、イタズラに石井が期待を抱くような報告をする事は憚られた。二人は相談して、まずは神宮寺の意見を聞いてみる事にした。




「そうか、それじゃあ早速、復元してみよう」


 神宮寺は即決すると、スタスタとゼウスの司令室を出た。別の第一研究室にある復元装置に大股で向かう後ろ姿を陽葵と春翔は小走りで追いかける。


「いいの? いっくんに相談しなくて」


「どの道、復元するんだ。事後報告で構わんだろ」


「そうだよね、美玲さんの可能性なんて少ないもんね……」


「いや、そうでもないぞ」


「え?」


 研究室の扉が開く、様々なモニターにパソコンの用なものが乱雑に並んでいる。部屋の片隅には見覚えのある円柱のガラスケース。陽葵が脳から復元したものと同じ装置が置いてあった。


「ちょっとユッキー、どういうこと?」


 神宮寺は復元装置のタッチパネルを操作しながら答えた。


「奴の話だと反不知火派は245人、その半分以上が最初の津波で死んだ。残ったのが100人だと仮定して女は半分の50。こんな細いチェーンのネックレス男はしないだろ」


「じゃあ50分の1だ」


「いや、その中で男からプレゼントを貰う可能性があり、尚且つその男に金属加工の技術があるとなればかなり絞られる」


「どうして男からのプレゼントってわかるのよ」


「シルバーのネックレスを自作する女はいない」

 神宮寺は鼻を鳴らした。


「すごい偏見」


「まぁ、普通に考えればこの限られた資源の中でわざわざ、こんな物を作る暇人はそういない。アインシュタインは女たらしでも有名だしな」


「えー! そうなんだ」


 神宮寺はネックレスに付着した血液を、銅のスプーンのようなものでこそぎ取るとシャーレに移した。それを復元装置の側面についた抽出しの中に入れてスタートボタンを押した。


「これでよし、あとは勝手に体は復元される」


 神宮寺は一仕事終えて満足したように椅子に座ると、白衣のポケットからタバコを取り出して口に咥えた。陽葵はそのタバコを素早く指先でひっこぬく。


「なにするんだ?」


「なにするんだ、じゃないわよ。さっさと部屋から出て行って。春翔くんも」


「チッ、バレたか」


 神宮寺は頭をバリバリとかきながら研究室を出て行った、それに春翔が続く。


「まったくスケベオヤジなんだから」


 陽葵は閉まった扉に呟いてから復元装置に視線を移した。するとガラスケースの液体の中ではすでに脳が出来上がっている。陽葵の時と同様に次々に輪郭が形成されていくと可愛らしい顔が完成した、続いて身体が形成されていく。童顔な顔つきからは想像しにくい豊満なバストにくびれた腰。陽葵は思わず口笛を吹いた。

 

『お疲れ様でした、復元完了です』


 機械音が鳴り響いた。しかし、目の前に再生された女性の瞳に光はない。魂が抜けたようにうつろにたゆたっていた。陽葵は焦りを感じて神宮寺の元へ走った。


「ああ、細胞からの復活だと意識が戻るまで数時間かかる。なにも心配はない」


「そうなんだ、良かった」


 胸を撫で下ろした陽葵は神宮寺たちに研究室には入らないように釘を刺すと意識が戻る前にタオルや、着替えを用意した。数時間たっても何の変化も起きない機械の前で陽葵はうつらうつらと微睡まどろんでいた――。

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