第33話 名もなき星

 とにかく臆病な男だった。いや、この男が特別なわけではなく、惑星シヴァーから数億光年離れた名もなき星に誕生した知的生命体は、人類からすれば異常とも取れるほどに警戒心が強く自分以外をまるで信用していなかった。その防衛本能ゆえに気が遠くなるような長い年月を掛けて彼らの文明はすこしづつ。しかし確実に発展していった。


 自らの子供すら信用できない彼らは、産まれたての赤ん坊をすぐに生命維持装置に放置していくのが常識だった。そこまでしても子孫を残すのは種の存続がすべての生命体に標準装備された遺伝子情報であるからに他ならない。


 そんな中で産まれた男は人類で言うところの天才だった。男は自分が死ぬ可能性について徹底的に精査した。あらゆる事象を分析し解析した結果たどり着いた答えは自分以外の生命体の滅亡、皆殺しだった。男にとってそれはさほど難しい事ではなく、自らは地中深くに作られたシェルターに見を潜め、各国が秘密裏に所有していた殺戮兵器を遠隔操作で誤作動させた。核兵器の数千倍の威力を誇ったそれらの兵器により近代的な都市は三日で平らな砂漠と化し、その惑星には男ただ一人となった。


 これで一安心――。


 平穏が訪れたのも束の間、男は他惑星の侵略行為に怯えるようになった。熟考の末に導き出した答えは超高性能の惑星探知機による発見からの先制攻撃。その惑星探知機は数億光年離れた場所にある惑星、正確には一定以上のエネルギーを放出する物質を検知した。エネルギー放出量は文明の発展状態を一番わかりやすく示す指標、正確無比な探知機を開発した男は自身の脅威になる可能性がある惑星の多さに戦慄した。


 男はすぐにこれらの惑星を消滅させる為の攻撃手段の開発に取り掛かる。自らが宇宙船に搭乗して殲滅させるなんていう考えは鼻から無かった。そして、再び長い年月をかけて作り上げたのが『剥銀はくぎん』だった。


 この惑星で採掘される特殊な銀は広大な宇宙空間の中でも屈指の硬度を誇ったが、その硬度ゆえに加工処理する事が困難で防御壁などに転換利用するくらいしか使い道は無かった。もしも、この特殊な銀でシェルターを作れたならば先の攻撃はおろか、あらゆる脅威から身を守れる。しかし男は銀を防御ではなく攻撃手段として用いる事にした。迎撃不可能な悪魔の玉、一度攻撃目標に発射された剥銀は止める事は不可能。光速を超えた速度で直撃された惑星は跡形もなく吹き飛んだ。男は手当たり次第に剥銀を高度な文明を持つ惑星に発射した、ブラックホールを利用したワープは時短だけでなく己の居場所を相手に知らせない効果を発揮し男を殊更満足させた。


 今度こそ大丈夫――。

 

 男は地下シェルターからは一歩も出ないで平穏な日々を堪能していた。しかし、ある日突然現れた一つの飛行物体が事態を急変させる事になる。それは飛行物体でありながら高度な文明を凌駕するほどのエネルギーを放出し、剥銀よりも速い速度で移動していた。


 幸い、男がいる惑星からは遠ざかっていたがいずれ脅威になることは容易に想像できた。男は観察した、その飛行物体がどこに行くのか。すぐにでも剥銀で撃ち落としたかったが、それは男が作った最高傑作の速度を大きく上回っていた。


 やがてそれはレーダーから姿を消した、男は焦燥感にかられながらその存在を捜索した、眠れない日々が続く。それは部屋で害虫を発見したにも関わらず、目を離した隙に見失ってしまい、いくら探しても見つからない不快感に似ていた。密室である以上かならず部屋の中にいる害虫。しかもその害虫が致死量に達する程の毒を持っているとなれば、落ち落ち眠りにつく事も出来ないのは自明の理だった。


 不眠不休で捜索すること二十七年、男はついに当該エネルギーを発する高速飛行物体を捉えた。しかし、そのエネルギー量の総体は以前の数値から換算して5%にも満たない物だった。男は思案する。この飛行物体が蓄電する事ができるエネルギー量はその出力に比べると粗末で脆弱な欠陥品だと。剥銀を超える速度はその産物で決して己の科学技術が劣るわけじゃないと確信した。


 そしてそのエネルギー残量からして必ずどこかの惑星に立ち寄る事が容易に想像できた男はじっくりとその動向を見守った。推察通りその飛行物体は一つの惑星に降り立った。


 微弱なエネルギーの惑星で特段警戒することもない場所に男は剥銀を撃ち込んだ。ブラックホールを経由したワープを利用しても着弾には十四年前後かかる。その間に、その危険極まりない飛行物体がエネルギーの充電を完了して飛び立ってしまえば脅威は無くならない。男は熱願した、なんとか飛び立つ前に着弾する事を。


 そして十四年間の祈りが通じたのか、後僅かで剥銀が到達するその惑星にくだんの飛行物体はいまだ常駐していた。男は息を飲んで見守った、同時にその場所から動けない惑星に対して圧倒的な破壊力を誇った剥銀も、高速で自由に動き回る飛行物体に対しては無力に等しいことを痛感した。さらなる改良、できる事ならば自動追尾して標的に着弾するまで止まらない剥銀の開発が急務だと男は考えていた。


 しかし、惑星着弾まで残りわずかというところで当該飛行物体に動きがあった。あろう事か剥銀に向かって来ているのだ。男は混乱した。回避する為に飛び立つならば理解できるがそれは最短距離で剥銀に近づいてくる。自らの生命維持が最優先事項の男にとって惑星を護る為に己の危険を犯すという選択肢は思考の外だった。


 とはいえ男は密かにほくそ笑んだ。自らが開発した剥銀に絶対の自信を持つこの男にとって、まさに飛んで火に入る夏の虫。害虫駆除が予定よりも前倒しになるだけだ、と。男は勝利を確信しながら顛末を見届けようと引き続き観察した。


 飛行物体は剥銀に追いつくと進行方向を変えて並走し始めた。思わずモニターに釘付けになる、相手の策略が読めずに不安が一気に押し寄せた。そして次の瞬間、剥銀の異常を知らせる警告音が鳴り響いた。


 モニターには『未知のエネルギー粒子を探知しました』の文字が浮かび上がる。男はすぐにそれが飛行物体から発せられたなんらかの攻撃であると理解した。すぐに本体損傷箇所と軌道確認をすると剥銀本体には傷一つ付いていなかったが、その軌道はほんの僅かズレていた。


 男は素早く惑星までの距離とズレた軌道、剥銀のスピードを検算する。しかしそれが何の意味もなさない事にすぐ気がついた。消滅対象は惑星じゃなくブンブンと五月蝿く飛びまわる飛行物体、並走されている時点で直撃は回避され、ターゲットを破壊するのは不可能なのだと。


 男は途端に恐ろしくなる、今にもその飛行物体、敵船が自分の惑星にやってくるのではないか。剥銀を上回る速度で移動するものに剥銀は無力なのではないか。カタカタと震える手でモニターのタッチパネルに触れようとした時だった。

 

『未知のエネルギー粒子を探知しました』

『未知のエネルギー粒子を探知しました』

『未知のエネルギー粒子を探知しま――』


 警告音と共に同じ文章が延々と流れてきた、男はあまりの恐怖に脚がすくみその場を二歩、三歩と後ずさる。やがて永遠に思えた時間は終わりを告げ『剥銀は目標軌道をズレました』と最後の文字がモニターの真ん中で止まった。


 男はおそるおそるモニターを操作して飛行物体の状態解析をした。するとそのエネルギー残量がほとんど無くなっている事に驚愕した。恐怖の飛行物体は惑星一つを護る為だけに全てのエネルギーを使用した事になる。そして瞬時に判断する、理由は不明だがとにかく微量なエネルギーしかない瑣末な惑星を敵船は何としてでも死守したいのだと。


 だったら――。


 男はモニターを操作して剥銀の発射準備をする、いつでも攻撃、もしくは迎撃できるように常に整備は整っていた。現状すぐに発射できる剥銀は二千発、敵船は一発の軌道変更にエネルギーを殆ど使い果たした。つまり二発同時に発射すれば対応する事は不可能。男は剥銀の発射数を2と入力したあとに数秒思案して0を三つ足した。二千発すべての剥銀を対象惑星に向けて発射するとソファの背もたれに体を預け「ふぅ」と一息ついた。

 

 これで一安心――。

 

 結果的にこの異常なまでの警戒心が自らの首を絞める事になると、男はこの時考えもしなかった。

 

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