第32話 再開
陽葵たちはユピテルがあった場所でしばらく茫然自失となっていた。緑と様々な草花に彩られた美しい島は藍色の海に覆われ静かな波が立っている。ゼウスはその上に浮かび、再び失われたエネルギーを充電するために恒星の光を浴びていた。
「幻影の石井は無事なはずだ」と言う神宮寺の言葉だけを励みに三人は広大な海の上を探し回った。しかし、その消息がつかめないまま既に十日が過ぎた。
「陽葵ちゃん何してるの?」
エンジン付きのゴムボートの上で陽葵は釣り糸を垂らしていた。春翔の質問に自信満々で答える。
「釣り上げるのよ! いっくんを」
春翔の推理では鳥の姿ならいくら何でもすでに出会えている。見つからないのは何らかのトラブルで幻影が消失、一度海底に沈む脳に意識は戻った可能性が高い。海底から脱出するには魚の幻影になっているはず。それならばと陽葵が考えたのが釣りだった。
「魚と言えば釣りよね」
「あの……。陽葵ちゃん、餌は?」
「炙ったスルメイカ」
「そ、そっか……。釣れるといい――、え?」
「ほーほー。なるほど、人類最高の天才と言われとる人間をスルメイカで釣るんかいな?」
「そうよ! いっくんは食い意地はってるから匂いにつられてパクっと食いつくはず」
「その瞬間に釣り上げるんやな?」
「完璧でしょ!」
「釣られるかぁぁぁぁ!」
いつの間にかゴムボートの横にいた関西弁のイルカがバシャバシャと海面で暴れ回っていた。水しぶきが上がり陽葵と春翔はびしょ濡れになる。
「あー! もしかしていっくん?」
石井はピタリと動きを止めて愛らしい瞳を二人に向けた。
「えらい探し回ったで、まあ無事でなによりや」
「やっぱりスルメイカの匂いにつられたんだ」
「せやねん、わしこのイカくっさい臭いが大好きやねん、ってちがう言うてるやろがっ!」
「じゃあいらないんだね?」
「まあ、念のためもろとこか」
石井は陽葵が手にしているスルメイカを一口で食べると二人に向き直る。
「いっくん、他のみんなは……」
「残念やけど、みんな波に攫われてもうたみたいや」
「まさかポセイドンですか?」
春翔の問いに石井は首を横に振った。
「自然災害や、誰のせいでもない」
「そうですか……」
陽葵たちはゼウスに戻り石井を船内に引き上げた。石井は巨大な水槽を用意させると海水を浸しその中に飛び込んで優雅に泳ぎ回っていた。
「何の真似だこれは?」
神宮寺はうんざりしたように司令室に置かれた水槽を指差す。ため息を一つ吐いた後にソファに座ってタバコをふかした。
「コレとは何やねん、可愛いやろがい。ラッセンもびっくりの愛らしさやでホンマ」
「うん、鳥より可愛い」
「くだらん、それよりこれからどうするつもりだ?」
陽葵はそれが誰に向けられた質問なのか分からずにとりあえず春翔を見た。
「とりあえずユピテルから海水が引くのを待ちましょう。遺体が残されているかもしれない。一人でも多くの人達を復活させてあげたいです」
「春翔、おおきに」
「まあ、どのみち十五年近く足止めだ。その間にできる限りの事をしよう」
「余計な世話やったんかなあ……」
石井は水槽の中でポツリと呟いた。
「幻影のまんまやったら誰一人死なんかった、美玲も、みんなもや……」
哀しみを帯びた声色に陽葵は胸が苦しくなった。もちろん石井の責任じゃない。皆、望んで身体を取り戻し、そのリスクも承知していたはずだ。しかし、それでも責任を感じてしまう石井の気持ちが陽葵には痛いほど分かった。
「いっくんは悪くない!
「真実の愛……」
「うん、私はこの星に来て。いっくんに出会えて本当に良かった。もしずーっと一人で夢想空間にいたら絶対に会えなかったんだよ。存在すら知らないから夢想することすらできない。他のみんなも同じ、後悔なんて絶対にしてない、それに」
「それに?」
「またみんなに会えるよ」
陽葵の言葉に石井は目を見開いた。
「ほんの少しでも細胞が残されてたら復元できるんでしょ。だったらこの星にはみんなの細胞がすべて眠ってるって事だよね?」
「まあ、せやな。完全に風化することはあらへんな」
「だったら全部かき集めて復活させよう! もちろん美玲さんもね」
「おいおい、いくらなんでも――」
神宮寺の言葉を遮って陽葵は言った。
「大丈夫、絶対にできるよ。いっくん天才なんでしょ?」
陽葵の言葉に石井は涙した、しかし水槽の中にいるその涙に誰も気がつく事はなかった。
「せやな! わし天才やった、忘れとったわ! この惑星の細胞ぜーんぶ集めてみんな復活させたるわ」
それから一ヶ月ほどでユピテルを飲み込んだ海水は全て引き上げていった。住民すべてを飲み込んだ時の猛威はすっかり影を潜め、ゆっくりと時間をかけて元いた場所に戻っていった。石井は地下施設に戻り優也の安否を確認すると、すぐに自身の身体を復元させた。そしてこれから起き得る厄災に備えて新たなる研究を始める前に一人の男を訪ねた。
一方で陽葵たちは久しぶりに降りたった大地をみて唖然とした。美しい花々は根こそぎ持っていかれ土が捲り上がっている、天に向かって雄大にそびえ立っていた木々はそのほとんどが根元から折れて原型を留めていなかった。陽葵たちの住居は跡形もなく他の住人の家々もそれは同様で、改めて自然災害の恐ろしさを目の当たりにした。
それでも陽葵たちは劣悪な環境となったユピテルの大地に住居を建て、花の種をまき、木の苗を植えた。何度蹂躙されても屈しないと自然そのものに抗うように。
しかし、本当の絶望は自然災害ではなく得体の知れない惑星からの残酷な贈り物だった。先の作戦が失敗に終わり新たにデータを分析して敵戦力を数値化。確実に滅ぼせるだけの準備を終えると、それは惑星シヴァーに向けて一斉に発射された。
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