第30話 銀色の悪魔

 宇宙船ゼウスは惑星シヴァーに向かってくる未確認飛行物体に向けてすでに出発していた。ゼウスの試算によると敵船と思しき艦の最高スピードはゼウスのそれよりも遥かに劣るという計算だった。この解析データは陽葵たちを勇気づけたが、未知の生物との遭遇に誰もが緊張を隠すことが出来ずにいた。


 お互いの宇宙船はどんどんその距離を縮めていく、そして惑星シヴァー出発から286時間。ゼウスは敵船まで数千キロの位置、最高速度ならば一瞬で追いつくエリアまで距離を詰めた。

 

「どうだ? 敵船の解析は可能か?」 


『現在解析中です』

 

 神宮寺とゼウスのやり取りを陽葵と春翔は固唾をのんで見守っていた。そして、その結果は一瞬で弾き出される。 


『解析完了しました。直径30センチの球体、外部を構成する物質は解析不能、推進力も解析不能。中に生体反応はありません』


「え?」

 

 ゼウスの解析結果に驚いたのは声を出した陽葵だけではなかった、神宮寺と春翔も同様に拍子抜けしたような表情でお互いの顔を見合わせている。


「30センチの球体って、バスケットボールくらいしかないじゃん、宇宙人て小人なの?」


『生体反応はありません、自動操縦と思われます』


「ゼウス、そりゃ隕石かなんかじゃないのか?」


『望遠レンズの映像です』

 

 陽葵の目の前にあるモニターが宇宙空間の映像に切り替わった。小さな点のような物体にカメラがズームで近寄っていく。

 

『このような形態、物質で構成された隕石はデータにありません。なお、この物体の移動速度は光速を超えています。物体が推進力を使わずにその速度で移動するのは不可能です』

 

 画面いっぱいに映し出された物体は銀色に輝くまんまるの玉だった。悪意など微塵も感じられない滑らかな球体に陽葵はとりあえず安堵した。


「ゼウス、コイツがシヴァーに衝突したらどうなる?」


『推定硬度はダイヤモンドの3億倍、減速しないで惑星シヴァーに衝突した場合、光速を超えて衝突した大気の分子が核融合反応。地表に到達すると核融合に伴う大爆発が起こると予測されます。さらに球体は消滅しないまま地表に到達しても止まる事なく核融合しながら内部に侵入。コアに到達した後、惑星シヴァーは消滅します』


 陽葵たちは絶句してその場に固まっていた、一見して無害に思える綺麗な銀色の玉は衝突するだけで惑星一つを粉々に消滅させる悪魔の玉だった。現在ゼウスは進行方向を変えて銀色の玉と並走している。敵はリスクを負う事なく相手を制圧する手段を持っていた。神宮寺は我にかえり対策案を考えた。


「ゼウス、雷帝で撃ち落とせないのか?」


『構成する物質が不明のため分かりません』


「フルパワーで一度、撃ってくれ」


『かしこまりました、射程距離まで近づきますがよろしいですか?』


「ああ、しかし。なるべく距離をとってくれ。何かしてくるかもしれん」


『かしこまりました』


 ゼウスは宇宙空間での雷帝の射程距離まで近づくと再び並走した。光速度不変の原理を無視した宇宙船と銀色の玉は目視では到底追えない速度で惑星シヴァーに近づいていく。エネルギーを貯めて放ったフルパワーの雷帝は銀色の玉に直撃。惑星一つを消し飛ばす威力のエネルギー砲を喰らってなお、銀色の玉は何事もなかったかのように直進していた。


『雷帝は目標に直撃しました』


「どうだ? 消滅したか」


『速度を変えず惑星シヴァーに進行中です』


「くそッ! なんとかならんのか」


『先ほどの雷帝により目標は角度を0.2ミリ北東にズレました。惑星シヴァーへの衝突を避ける為には同角度より雷帝を108発撃ち込む必要があります』


『108発だとぉ!』


 神宮寺は腕を組んで目を閉じた。陽葵は避ける方法があるのならば迷わずそうするべきだと思ったが、隣にいる春翔の複雑な表情をみて口を挟むのをやめた。


「神宮寺さん……」


「ああ、分かってる」


 神宮寺は立ち上がるとゼウスに雷帝108発を使って銀色の玉の軌道を変えるように命じた。


『エネルギー残量が五%になりますがよろしいですか?』


「かまわん」


 ゼウスの確認で陽葵は神宮寺の苦渋の表情の意味を理解した。十四年もかけて充電したエネルギーを一瞬にして殆ど使い切ってしまう。神宮寺の目的は子供たちを探すこと、またしても充電の為に長い年月を費やすのはもどかしいに違いない。

 

「ユッキー、ありがとう……」

 

「安心するな、自動、もしくは遠隔操作でズレた軌道を修正できる可能性もある。そうなったらシヴァーはもちろん、スカスカの燃料しか残されていないゼウスも終わりだ、しかし長考してる時間もない。距離が詰まればそれだけ角度が必要になる。そうなったら手遅れだ」


 ゼウスは間隔を置かずに雷帝を銀色の玉に撃ち続けた、一見してなんの変化も無いように見えるその悪魔の玉は、ほんの僅かづつだが軌道を変えていった。途中『軌道修正の兆候はありません』と言うゼウスの報告に陽葵たちは胸をなでおろす。そして二時間近くを要して108発の雷帝を撃ち終えた。


『目標は惑星シヴァー直撃の軌道から外れました』


「よしっ!」

 

 珍しく感情を表に出してガッツポーズする神宮寺を見て陽葵はやっと安堵した。ゼウスに惑星シヴァーにいる人型ロボットとの通信をお願いすると、すぐに報告を待っていた石井に繋がった。


「いっくん! ダメだった。私たちは終わりよ!」

 

「嘘こくなや、ヘッタクソな演技やなあ」


「ちぇっ、つまんないの。でもエネルギー無くなっちゃったみたいだから、またしばらくそちらにお世話になります」


 春翔にバトンタッチするとこれまでの経緯を石井に説明した。石井は雷帝で破壊できない物質に驚きながらも「何にせよ無事でなによりや」などと珍しく殊勝な感想を述べた。

 

「とりあえず今から惑星シヴァーに帰還する」


「ほなら十日後くらいか、きいつけて帰ってくるんやで」


「うん、ばいばーい!」


 ゼウスは並走する銀色の玉を振り切ると惑星シヴァーへと引き返した。帰還した際には惑星の窮地を救った救世主として住民たちに崇められてしまうかも知れない。代表してスピーチを求められた時の事を考えて陽葵は眠りにつく前に何パターンも考案した。

 

 しかし陽葵たちを待っていたのは救世主を歓迎するユピテルの住民ではなく。海の中に沈み海底都市と化した無人の惑星だった――。

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