第21話 救出作戦開始③

「ハァハァ……」


 その場にしゃがみ込んで息を整える、先ほどの不協和音が脳にへばりついて離れない。緊張の連続で陽葵はお腹が痛くなるのを感じた。出掛けに神宮寺から渡された錠剤をポケットからだして飲み込み、しばらく経つとスッと精神も落ち着いてきた。


 真実の鏡を取り出して自身を眺める、引き攣った顔の口角を無理やり上げて笑顔を作ると鏡に話かけた。


「私は怖くなんてない」


 するとスピーカーなど付いているように見えない鏡が陽葵に真実を突きつける。


『嘘つくなっちゅうねん』


「ぷっ」


 ――真実を映す鏡。まあ嘘発見器やな。


 石井の姿を思い出して笑みが溢れた、もう一度同じ事を鏡に向かって話しかけた。


『まあ、それはホンマちゃう』


「なにこれ、ウケる」


 気を取り直して陽葵は立ち上がると屋上を囲う金網から下に広がる校庭を見渡した。空は相変わらずの曇天模様で今にも雨が降ってきそうだ。なんの成果も上げることは出来なかったが今日は帰ろう、陽葵がそう決心して金網をよじ登ろうとしたところで校舎から人が出てきた。


 ゾロゾロと規則正しく一列に並んで人が吐き出されてくる。その最後尾には金髪の美しい女性がいた。 何が始まるのかと金網に掛けた足を下ろして見守った。校庭の真ん中に集められた人たちは綺麗に五列に並ぶと校舎の方を向い立ち止まった。一糸乱れぬ戦隊はまるで軍隊の訓練映像のようだった。


『キィィィィ……』


 陽葵は乾いた金属音に反応して後ろを振り向いた。瞬間、心臓が跳ね上がる。心拍数が急上昇した。

 

 先ほどの男がそこに立っていた――。


「そこにいるのでしょう、姿を見せて頂けませんか?」


 男は陽葵がいる方向とはまったく違う場所に向かって話かけた。陽葵の心臓は破裂しそうなほどに鼓動している。


「危害を加えるつもりはありません、すこしお話をしませんか?」


 今度は陽葵がいる方向をみて男が呟いた、見えているのか? 陽葵には判断が出来なかった。陽葵はその場にしゃがんで空飛ぶ靴のメモリに右手を添えた、いつでも上空に逃げられる体勢を整えると左手で帽子を取った。陽葵の姿があらわになると男は手を叩いて喜んだ。


「やはりあなたでしたか、お会いするのは二度目ですね」


 陽葵は男の顔を正面から睨みつけた、神宮寺ほどもある高身長に銀色の髪をオールバックに撫で付けている、白人のような肌に高い鼻、窪んだ目に宿るがらんどうの瞳。自作したような奇抜な服装。

 

「あいにくアンタみたいなフェミ男に会った覚えはないわ」


 精一杯の憎まれ口を叩いた陽葵を無視して男は自らを名乗った。


「不知火と申します、あなたは?」

「あんたに名乗る筋合いはない」


 不知火――。石井の大切な人を殺し、幼い少年を利用して大量虐殺をした張本人。陽葵の精神は恐怖から怒りに変換されていく。つま先から立ち昇ってきた怒りが頭の天辺に達すると帽子を地面に置いてポケットから剣を取り出した。ボタンを押して頼りない剣先を不知火に向ける。

 

「ちょっと待ってください、争うつもりはありません、むしろ私は仲間です。あなたは神の使いでしょう? 私もです」


 不知火は両手を軽く上げて降参のポーズをとったが陽葵は戦闘体制を崩さない。


「今から面白いショーが始まります、私が神の使いだと信じて貰えるでしょう」


 不知火は懐から拳銃のような物を取り出すと空に向かって発砲した。乾いた音が静かな屋上に響き渡る。


「空砲です。心配なさらずに、しかしこれで事象の変換は完了です」


 不知火が拳銃を握っていた腕を降ろすと、曇り空だった空がより一層濃さを増した。あっという間に黒い雲が上空に集まると雲間からバチバチと稲光が覗き始める、それは幾重にも重なり、さらに勢力を増していくとついには校庭の上空全てが暗闇の雲に覆われた。この世の終わりのような光景に陽葵は微動だにできない。


「神の代弁者、バンザーイ!」

「救いの神よ、鬼子となった私たちをお赦しください」


 次の瞬間、激しい雷鳴と共に目の前に閃光が走った、陽葵は思わず目を細める。数千本はゆうに超えるであろう落雷が次々と校庭に降り注ぎ、そこにいる人たちに直撃していく。幾重にも重なる稲妻はまるで魔界のような光景だった。五分、十分。永遠に思える時間が終わりを告げて雲が散っていく。突如現れた紺碧の空が照らし出す跡形もなくなった人達は、まるで神隠しにでも合ったかのように校庭から姿を消した。


 その場にへたり込み茫然自失となった陽葵に不知火が後ろからハンカチを当てた、吸い込んだ瞬間に意識が遠くなる。最後の力を振り絞ってポケットの中の鏡で不知火を殴ろうとした。


「大丈夫です、悪いようにはしませんから」


 そう言って陽葵を抱き上げた不知火が真実の鏡に映り込む。


『嘘つくなっちゅーねん』


 石井の声を最後に陽葵は気を失い、その両手はだらりと垂れ下がった。

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