第20話 救出作戦開始②
前回同行した人型ロボットから受け取った地図を頼りに収容施設を目指す。天候に恵まれる事が多い惑星シヴァーだったがこの日は曇天の空に辺りは濃い霧で覆われていた。似たような景色の森の中で的確な地図がなければすぐに迷子になりそうだった。
三十分ほどで目的の場所に到着した陽葵はキョロキョロと辺りを見渡して見張りがいないかを確認する、目の前に塞がるコンクリートの壁、巻きつけられた有刺鉄線。しかし情報がある分前回ほどの恐怖感はなかった。
陽葵はその場にしゃがむと靴の側面に付いたメモリを回して3に合わせた。スタートボタンを押すと体がフワリと軽くなり宙に浮く、しゃがんだ姿勢のまま少しずつ上昇してピタリと静止した。ちょうど壁を超えて有刺鉄線が目の前にある。メモリを4に合わせると身体は完全に壁の高さを超えた。
そこで初めて塀の内側が明らかになる、正方形の広い敷地内の奥にはコンクリートで出来たL字型の二階建て建造物。陽葵の通っていた中学校のような外観で無数に窓があるが全てカーテンで固く閉ざされていた。
校庭のような広いスペースには誰もいない。陽葵はそのまま中に侵入したかったがこの靴には推進力がない、ただその場を上下するだけ。陽葵は宙に浮いたまま顎に手をあてて熟考する。
「泳ぐか……」
一人呟くと空中を懸命にクロールしてみたがまるで進まない、誰かに見られていたらお嫁に行けないな、と考えながらも今度は平泳ぎをしてみる。すると僅かながら前に進んだ。陽葵はチャンスとばかりに空を懸命にかいた、下にある有刺鉄線を通り過ぎて施設内に身体が入る頃には汗だくになっていた。
「疲れたー」
空中で一息ついてから靴のメモリを0に戻した。しまった、と思った時にはすでに遅く重力に引っ張られた身体はあっという間に地面に叩きつけられた。尻をしたたかに強打した陽葵だったが幸い地面は長めの芝生で覆われていて怪我には至らなかった。
「いったーい! もうっ、何なのこの靴」
下降する場合は段階を踏んで少しずつと、石井に言われた事を忘れていた自分の落ち度は棚に上げて、陽葵は靴に当たり散らした。
『キャッ!』
と声が出そうになるのを口に手を当ててなんとか堪えた。陽葵の目の前にはこちらをじっと伺うブルドッグが一匹。おそらく幻影と思われるそれは透明なはずの陽葵と目があっているように思えた。陽葵は息を殺してその場にとどまった、するとブルドッグは何事もなく尻を向けるとスタスタとその場を去って行った。
「びっくりしたぁ」
陽葵は小声で呟くとその場で立ち上がり制服についた芝生をはたいた。塀の中はかなりの広さだったが開けているので見通しは良い。
透明なのを良いことに陽葵は敷地のど真ん中を堂々と突っ切ると入口らしき扉の前まで歩いた。塀の中はシン、と静まり返っていて時折聞こえる野生動物の不気味な鳴き声だけが耳に触れた。
観音開きのガラス扉から中の様子が伺えた。学校の昇降口のような小さな段差に木製の靴箱。それはまるで小中学高をそのまま真似したかのような造形だった。
陽葵は扉の取手に手をかけた、押しても引いても開かない。さすがに鍵は掛かっているようだ。仕方なくスカートのポケットをまさぐり縄跳びの柄、もとい何でも切れる剣を取り出した。ボタンを押すと効果音と共に菜箸程度の青白い光が伸びる。
二枚扉、真ん中の隙間に菜箸の先端を差し入れるとなんの抵抗もなくスッと貫通した。そのまま下に動かして鍵の部分を切断していく。あまりに抵抗感がないので切れているのか判断がつかない。試しに扉を押してみると呆気なくそれは解放された。
中々どうして、石井の発明品は役に立っている。ボタンを押して菜箸をしまうと陽葵はそろりそろりと中に足を踏み入れた。昇降口を抜けると長い廊下があり、左手には等間隔に引き戸の扉が付いている。陽葵は一番手前の扉の前に立って耳を澄ませた。中に人の気配はない、今度は扉に耳を付けるがやはり中に誰かいるようには思えなかった。
陽葵はゆっくりと扉を開くとそこはまんま学校の教室だった。締め切ったカーテンのせいで薄暗い教室には黒板と教壇、向かい合うようにして机と椅子が二十ほど規則正しく並んでいる。
陽葵は静かに扉を閉めると奥に進んだ、すると突き当たりの教室から人の気配がした。話し声が聞こえてくる。
「皆さんは鬼子ですが心配はいりません、唯一神ヤハウェの代弁者である開祖。その導きにより死後の世界も永遠に幸せになれるでしょう。その為には神のお告げは絶対なのです」
「はい」
「開祖は唯一神の教えをこの世界に広める為に降臨した人ならざる存在です」
「はい」
「鬼子エリナ、貴殿は開祖に選ばれし特別な肉体。本日をもって神の子となれるでしょう」
「ありがたき幸せ」
「神秘の間にて開祖がお待ちです」
「かしこまりました」
不意に目の前の扉が開け放たれた、陽葵は漏れそうになった悲鳴を飲み込むと教室から出てきた若い女を注視する。真っ白なワンピースから伸びる手足は健康そうで軟禁されているような悲壮感はない。胸の辺りまである金色の髪、目鼻立ちの良い整った顔はハーフを連想させた。女は当然、陽葵には気が付かずに扉を閉めるとスタスタと歩き出した。廊下の突き当たりを左に曲がるとその姿が見えなくなる。陽葵は慌ててその後を追った。
一定の歩幅で歩く女に陽葵は気配を殺すようについて行った、途中後ろを振り向かれた時には意味もなく息を止める。表情のない女は数秒虚空を眺めると再び歩き出した。
突き当たり、昇降口から一番奥の部屋は扉が豪華に
薄暗い部屋は
「こちらにきなさい」
「はい」
真っ赤な座面のシンフォニーソファに座る男は中世ヨーロッパの貴族のような出立ちで足を組んでいた。陽葵はその男の顔に見覚えがあるような気がしたが思い出せない。ただ説明し難い嫌悪感だけが足元から這い上がってくるのを感じた。
「美しく育ったねエリナ」
「ありがとうございます、すべては開祖の為に」
「君の母親も美しかった」
「母は神子にはなれませんでした」
男は金髪の女を傍に座らせると左手で髪を撫でた、陽葵は今すぐにでも部屋を飛び出したかったが身体が金縛りにあったように動かない。
――夏の夜、静かに開く部屋の扉。得体のしれない恐怖だけが全身を支配して陽葵の自由を奪う。
男は金髪の女の顎を軽く持ち上げるとキスをした、陽葵は目を逸らしたかったが身体が硬直して動けない。ゆらゆらと揺れる蝋燭の影、静かな部屋のなかで衣擦れの音とピチャピチャと絡み合う不快な不協和音が部屋の中で反響する。
男は立ち上がると金髪の女を軽々と持ち上げた、そのままお姫様抱っこで天蓋ベッドまで運ぶ。
「誰かいるのか?」
独り言のように呟いた男の背中に陽葵は恐ろしさのあまり数歩後ずさった、身体の自由を取り戻した陽葵は扉を開いて一心不乱に飛び出した。来た道を全力で戻る、ここにいてはいけない。心の中で警鐘が鳴り響く。長い廊下を抜けて昇降口に辿り着くとガラス扉の前にたぬきと狐の幻影が行手を遮っていた。
「侵入者か」
「そのようだな、開祖には?」
「あの腰巾着が報告しているだろうな――」
陽葵は二階へと続く階段を駆け上がった、とにかくあの男から少しでも遠くに離れたい。二階からさらに屋上に飛び出してその扉を素早く閉めた。
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