トイ・◯トーリー〜100年戦争編〜

正妻キドリ

第1話 100年戦争

 これはあるオモチャ達の戦争、その始まりのお話である。





「ソフィア〜!そろそろ出るわよ〜!」


 下からソフィアの母親の声が聞こえてきた。


「はーい!今、行く〜!…ごめんね。今日は連れてってあげられないんだ…。あ、でも帰ったら何があったかお話してあげる!じゃあ、行ってきます!アシュレイ、ヴィクトリカ!」


 ソフィアはそう言って、2体の着せ替え人形をベッドの上に置き、子供部屋の外へと出て行った。


 ソフィアが慌てて開けた部屋の扉は、彼女自身の手で勢いよく閉められた。


 その後、彼女が階段を降りていく音が聞こえてきたが、次第にそれは小さくなっていき、やがて全く聞こえなくなった。


「…。行ったか?はぁ〜、よっこらせ!」


 ソフィアの足音が聞こえなくなったことを確認して、着せ替え人形のアシュレイが動き出した。


「おーい!動いていいぞー、お前ら!」


 アシュレイがそう叫ぶと、部屋の中のオモチャ達が一斉に動き出した。


「うぉおおお!」


「ウェーーーイ!」


 さっきまで静かだった部屋は、オモチャ達の声で一気に賑やかになった。

 

 ソフィアの家はとても裕福である。それゆえ、子供部屋はとても大きく、それ自体がオモチャ箱なのではないかと思ってしまうほど沢山のオモチャがあった。


「…ん?おい!てめぇもさっさと起きろよ、ヴィクトリカ。三流着せ替え人形が!一流の前で堂々と馬鹿みたいに寝っ転がってんじゃねぇよ!」


 アシュレイは隣にいる、もう1人の着せ替え人形のヴィクトリカに強い口調で言った。


「…私のことは放っておいて。寝てたいのよ、疲れてるから。まぁ、頭の悪い貴方は他人を気遣う心すら持ち合わせていないだろうから、何を言っても無駄なんでしょうけど。」


 ヴィクトリカはアシュレイの方を見向きもせずに言った。


「疲れた?ハハッ、おいおい!今日もは私だったろ?その私を差し置いて疲れただと?いいジョークじゃねぇか〜。ジミー・ファロンよりよっぽどおもしれぇよ、おめぇは!ハッハッハッ!」


 アシュレイは笑いながらヴィクトリカに言った。


 残念ながら、アシュレイはヴィクトリカのことを見下している。それは最近、ソフィアのお気に入りの人形がヴィクトリカからアシュレイに変わってしまったからである。


 アシュレイのヴィクトリカに対する言葉には一々棘がある。ヴィクトリカはそんなアシュレイのことを大いに嫌っていた。


 ヴィクトリカは起き上がって、アシュレイを憐れむ様な目で見て言った。


「そう?そんなので笑えるのなんて、貴方か猿くらいだと思うけど?よくそんなユーモアセンスの欠片も持ってない人形がソフィアのお気に入りになれたわね。まあ、そのドブみたいな口臭を嗅げば、ソフィアもすぐさま貴方を焼却炉に投げ込みたくなるでしょうね。」


「ドブみたいな口臭ねぇ…。フフッ、そんなんだからおめぇは三流の人形なんだよ、ヴィクトリカ。おめぇのあだ名は今日からダッチワイフだ。」


 アシュレイは得意げな顔でそう言いながら、ピンク色の可愛らしい枕に腰掛けた。

 

「なぁ、ヴィクトリカ。人間が私らの存在を知るのはいつかな?ジョン・ラセターの描いた世界が本当だったと気づくのはいつの話になるかな?」


 アシュレイはヴィクトリカに視線を送る。それは「答えてみろ」という彼女からの挑戦を意味していたが、ヴィクトリカはそれを無視した。


 アシュレイはそんなヴィクトリカを見て嬉しそうに笑った。


「フフッ、わからねぇか?なら、教えてやるよ。…そんな日は一生来ねぇのさ!あの頭にうじ虫をわんさか飼っている連中が、私らの存在に気づくわけがねぇだろ?あいつらはな、私ら人形の欲を満たすためだけに存在してるのさ。その為だけに、毎日糞と小便を垂れ流して息をしてるのさ。人間が人形で遊ぶんじゃねぇ。人形が人間で遊んでいるんだよ、ベイビー。」


 更にアシュレイは続ける。


「人形は自分を人間に使わせることで最高の快楽を得る。それはもう私らの本能の中に組み込まれてる。人間どもがアホ面下げて、せっせと腰を振るのと同じさ。人形を手に取る奴が増えりゃ、人形も増える。そうやって繁栄するのさ。なら、私らにとって人間はなんだ?私らを作る神か?いや、違うね。欲を吐き出す為の便器さ。」


 アシュレイの言葉を聞いたヴィクトリカは溜め息を吐いて、心底呆れた様子で彼女の方に向き直った。


「はぁ…。貴方は他人を呆れさせる天才ね。まぁ、いいわ。貴方の思想なんてどうでもいい。私にとってそれは、道路に吐き捨てられたガムと同義よ。だから、貴方がなんと発言しようと基本的には流してあげる。…でもね、今の言葉の中には2つほど、どうしても聞き流せないところがあった。貴方にはそれに対して謝罪してほしい。」


「はぁ?謝罪?フッ、なんで私が…」


 と、アシュレイが話し始めた直後、ヴィクトリカは彼女の言葉を遮るかのように右手の人差し指を立ててみせた。


「まず、1つ。貴方はダッチワイフを三流と言い、見下すような発言をした。それはダッチワイフの友人を持つ私にとっては許せないことよ。そして、もう1つ。貴方の人間への発言は、私達の持ち主であるソフィアを侮辱している。貴方が他の人間のことを悪く言おうが構わない。だけど、私の前でソフィアを侮辱することは許さない。」


 ヴィクトリカはそう言って、アシュレイに近づいていく。


「さぁ、跪いて額を地面につけなさい。さもないと、怒りで緑色の化け物に変身した私が、スマッシュと言いながら貴方の頭を地面に叩きつけることになるわよ。」


 ヴィクトリカはアシュレイの目の前で止まった。そして、彼女を鋭く睨みつけた。しかし、アシュレイもそれに怯まず、ヴィクトリカのことを睨みつけていた。


 しばらく沈黙が続いた。2人の間には凍てつくような空気がずっと流れていた。


 やがて、アシュレイはヴィクトリカから視線を外し、下を向いた。そして、静かに口を開いた。


「なぁ、ヴィクトリカ。私にとって、ソフィアは…」


「…。」


「欲の捌け口でしかないのさ。」


 アシュレイが発言した瞬間、ヴィクトリカの拳が彼女の頬を捉えた。


 子供部屋にその音が微かに響いた。


 人が人を殴るよりも、とても軽くて迫力に欠ける音だったが、それには確かにヴィクトリカの怒りが込められていた。


 殴られたアシュレイは、彼女が腰掛けていた枕に倒れ込んだ。


 それを見たヴィクトリカは、すぐさまアシュレイに飛びかかり、何の躊躇もなく2発目を、今度は反対側の拳で彼女に叩き込もうとする。


 1発目と同様、風を切り裂くような勢いでヴィクトリカから左のストレートが繰り出された。


 しかし、アシュレイはそれを完全に見切り、首を傾け彼女の拳を躱した。更に、隙を晒したヴィクトリカの腹部を右足で思いっ切り蹴り上げた。


 ヴィクトリカの腹部に衝撃が走った。


 ヴィクトリカはその蹴りを受け少し後ずさった。彼女は腹部を手で押さえながらアシュレイの動きを警戒する。


 アシュレイはヴィクトリカと距離ができたその隙に素早く上体を起こした。そしてヴィクトリカに蹴りが効いたことを確認すると、少し笑みを浮かべた。


「おいおい、なんだなんだ?」


「アシュレイとヴィクトリカが喧嘩を始めたぞ!」


 いつの間にか彼女達は子供部屋にいる全オモチャの注目の的になっていた。


 この部屋には沢山のオモチャ達がいて、それらがいくつかの派閥を作っている。


 そのどれもが自分達が最強だと謳っているが、実質、覇権を争っているのはアシュレイ派とヴィクトリカ派の2つであった。


 そんな2つの勢力のトップ達が争いを始めようとしているのだから、部屋のオモチャ達の関心を惹くのは当たり前である。


「ハッ!おいおい!怒ったのか、ヴィクトリカ?私の発言でトマトに早変わりしちまったってか?傑作だな、こりゃ!ハッハッハッ!喜べ!ならもっと踊らせてやるよ!ソフィアはなぁ、お前と友達になるより、私に飼われる方が好きだってよぉ!」


 アシュレイは大口を開けて笑いながらヴィクトリカに言った。


 ヴィクトリカはアシュレイに怒髪天を衝く程の怒りを覚えた。彼女が握り込んだ拳は小刻みに震えていた。


 しかし、ここで彼女は意外にも殴り掛かろうとはせず、冷静に物事を考えた。


 そしてヴィクトリカは、アシュレイにこう返した。


「それは貴方の本心からくる言葉?それとも、貴方の元の所有者へ復讐する為の言葉?」


「…!なんだと?」


 ヴィクトリカの言葉にアシュレイの顔が一瞬引き攣った。それを見たヴィクトリカは口元に少しの笑みを浮かべた。


「わかりやすく動揺したわね、おマヌケさん。私は貴方の過去を知らない。でもね、そんな思いっ切りシェイクした後のコーラのように、人間への憎しみを節々から漏らしていたら、嫌でも見えてくるのよ。貴方の心を粉々にした、以前の所有者の顔がね。そこで鎌をかけてみた。すると…どうやら、私が放った矢はダブルブルに命中したようね。」


「…てめぇ。」


 アシュレイはヴィクトリカを鋭く睨みつけた。先程まで彼女が浮かべていた得意げな笑みは跡形も無く消え去っていた。


「ヒャッホーウ!おい、アシュレイ!喧嘩でもおっぱじめようってのかい?」


 突如、アシュレイの後方から大きな声が聞こえてきた。


 その声の主は、アシュレイの腹心である着せ替え人形のジェシーであった。彼女は後ろに大量のおもちゃを引き連れアシュレイの元へとやって来る。


 そのおもちゃ達は全員アシュレイ派と呼ばれる者達であった。


 アシュレイはヴィクトリカを睨みつけながら、怒りに満ちた声でジェシーの問いかけに答える。


「喧嘩じゃねぇよ、ジェシー。これからやるのは一方的なリンチだ。あのクソビッチが廃人になるまで、心身共にボロボロにしてやるのさ…!」


 一方、ヴィクトリカの後方からも大勢のおもちゃ達が押し寄せてくる。そして、一体の着せ替え人形がヴィクトリカの隣に来て、彼女に声を掛けた。


「ヴィクトリカ様、ヴィクトリカ派の者達を連れて参りました。…戦争ですか?」


「違うわ、エレノア。これからやるのは一方的な潰し。あのクソアマが泣いて許しを乞うまで、心身共にズタズタにしてやるのよ…!」


 ヴィクトリカはそう言いながら、エレノアから銀メッキの食事用ナイフを受け取る。


 同じようにアシュレイも、ジェシーが持ってきた銀メッキのフォークを手に取る。


「お前ら、あのゴミ共を…」


 アシュレイがフォークをヴィクトリカの方へと向ける。


「あなた達、あのガラクタ共を…」


 ヴィクトリカがナイフをアシュレイの方へと向ける。


 そして、互いに武器を向け合った二人は、同時に叫んだ。


「「一匹残らず滅ぼせぇええええーーーー!!!!!」」


 二人の号令を皮切りに、二つの勢力が雄叫びを上げながら一斉に敵に向かって駆けだしていった。






 こうして幕を開けたのである。


 ソフィアが大事にしているおもちゃ達の大戦争が…。

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