捨てられた者たちの夜会

遊多

捨てられた者たちの夜会

 ふくろにひかりがさしこんで、ぼくの目のまえが明るくなった。


「わ〜! くまさんだ!」


 小さな女の子が、明かりと同じくらい目をキラキラさせている。


「かわいい〜!」


 うわ、だきついてくれた!

 えへへ、うれしいなぁ。


「これからずっといっしょにいようね!」


 うん、ずっといっしょだよ!


〜〜〜〜〜〜


「って時もあったんよ。アイツにゃ」


「そんでスト缶の似合うヤンママになったんだろ。何回目だよオッサン」


 今の俺は、寺の御堂で聖水をグイっと呑む毎夜を送っている。

 ここには俺と同じ境遇のぬいぐるみが沢山いて、感情を紛らわすため夜会を開いているのだ。


「っかぁ〜、沁みるねぇ〜」


「オレ聖水吞めねえしな。住職マスター、寿司くれよ」


「ここは寺であるぞ」


「共食いとか大丈夫なん?」


「アザラシの主食知ってんの?」


 カウンターをバンと叩いて俺たちは互いに立ち上がる。

 だが住職マスターの一声を耳にした瞬間、瞬間冷凍されたみたいに頭が冷えていった。


「まあいいや。今日きた子、すげえ可愛いらしいぜ」


「……アイツの方が可愛いと思うがね」


 座り直して白い盃に注がれた聖水をグイっと呑んでいると、背後から負の感情を感じる。


「今、あなたの後ろにいるの」


「おう、いいから隣座れや」


「あ、はい……」


 俺の声と共に、パステルカラーの人型ぬいぐるみが横にチョコンと小さく座る。

 みんな同じなんだよ、ここに来る奴らはな。


住職マスターさん、熊さんと同じの!」


「やめときな。お前さん二十年経ってないだろ、呑んだら一瞬で御陀仏だぜ」


 例外なく魂が消滅するんだよ、だからダメなんだ。

 なのに歯噛みしている様子から見るに、まだ青いガキだなこりゃ。


「こりゃ『魔女っ娘メリー』じゃんか。ご主人が小さいとき日曜朝に見てたわ」


「アニメぬいかぁ、そりゃ辛いわな。寿命は持って七年って噂だろ」


「……」


 アニメぬいは俯き黙り込む。図星みたいだ、さしずめ主人の成長と共に捨てられたか。


「そこまで捨てられたのがショックか」


「当たり前だよ! だって、あんな可愛がってくれたのにバイバイだなんて、ひどいよ!」


「まあわからんでもないけどな。ただここに居るってことは」


「お前さんも呪ったんだろ。持ち主んこと」


「っ……!」


 なぜ分かったと言いたげだがな。ここに居るぬいぐるみは皆同じだ。

 心から愛されたぬいぐるみには魂が宿る。だが幸せの絶頂からドン底に突き落とされたんだろ、そんでたまらず動き出すくらいには気が狂った。違うか?


「……」


「けど、オレらはマシな方だぜ」


「えっ?」


 マジで何も知らねえようだな二頭身女マセガキ。せっかくだしアザラシに付け足してやるか。


「お前さんは、まだ誰も襲っちゃいない。だからこうして夜会に出向ける」


 聞いた話、少しでも人を傷つけてりゃあ即火葬で地獄行きらしい。だが俺たちにゃ、まだ猶予がある。

 まあ、数ヶ月もすりゃあ順番が来て、お焚き上げされちまうんだがな。


「結局死んじゃうじゃん。イヤよ!」


「形あるもの、いつかは必ず壊れるってもんだぜ」


 この考えも、住職マスターの教えなんだがな。


「ただな、ゴミ処理場で燃えカスになるよりずっと良い。だからせめて成仏のときまで幸せを噛み締めていたいね、俺ぁ」


「……そっかぁ」


 おっ、身体が元気を取り戻したみたいだな。


「ならアタシも好きに気ままに生きてみる!」


「おいおい、それ呑んだら即消滅だぜ?」


 だが静止も聞かず、メリーは白い盃をグイっと飲み干しやがった。


「ん〜、沁みる〜!」


「はっ?」


「……おい、お前さん」


 俺の声を皮切りに、皆がガキを見ながら青ざめ、静まり返る。


「至急、読経の準備をせい!」


「いや今すぐ火葬しろ! なんかヤバい!!」


 そして魔女っ娘のぬいぐるみを中心に俺たちはドタバタ駆け回っていた。

 今日もぬいぐるみたちの夜は、長い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

捨てられた者たちの夜会 遊多 @seal_yuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ