お坊っちゃまガチ恋勢のメイドさん、ポッと出婚約者から愛しのお坊っちゃまを奪い返す。

クー

貴方は私だけのものですよ

 お坊っちゃま。

 お坊っちゃま。

 私の大好きなお坊っちゃま。私の大切なお坊っちゃま。

 初めて私がお坊っちゃまとお会いしたのは、私たちがまだ九歳の頃でしたね。






 盗賊の襲撃によって滅びた小さな村。

 その最後の生き残りが私でした。


 駆けつけた騎士団によって盗賊たちは残らず捕らえられ、私も無事に保護されたものの、故郷を失った私は独りぼっちになってしまいました。

 領主様はそんな私を不憫に思われたらしく、私をメイド見習いとして引き取ってくださったのです。


 しかし、引き取られた頃の私はいつも塞ぎ込んで泣いてばかりでした。

 領主様が私を気遣って『メイドの仕事を覚えるのは心の傷が癒えてからで良い』と仰ったのが、かえって裏目に出たのかも知れません。


 優しかった両親。

 仲の良かった友達。

 私を我が子のように可愛がってくれた村の人たち。


 彼らの顔が浮かんでは消え浮かんでは消え、何故自分だけが助かったのかと自らを呪う毎日。

 いっそ死んでしまおうかと思ったことも一度や二度ではありません。

 そんな私に優しく手を差し伸べてくださったのが、領主様の一人息子であられるお坊っちゃまでした。


「お前が新しく来たっていうメイドか? こんなとこに閉じ籠ってねえでさ、一緒に遊ぼうぜ!」


 お坊っちゃまは屈託のない笑顔でそう言われて、塞ぎ込んでいた私を、暖かな日溜まりへと連れ出してくださいました。




 お坊っちゃまもまた、一人ぼっちでした。


 子どもを産むことができない奥方様の代わりに、領主様がメイドに産ませた子ども。

 それがお坊っちゃまです。

 しかし、お坊っちゃまの母親であるメイドはお坊っちゃまがまだ小さい頃に病に倒れてしまい、そのまま帰らぬ人になってしまったとのこと。


 実の父親である領主様は政務に忙しく、実の母親はすでに他界、奥方様からはメイドの子であるということを理由に辛く当たられる。


 ですからお坊っちゃまは、同じく一人ぼっちであった私の気持ちが痛いほど分かったのでしょう。

 私もお坊っちゃまに強いシンパシーを感じ、あの方の前でだけは、また以前のように笑えるようになったのでした。




 それから私とお坊っちゃまは、毎日一緒に遊んでいました。


 屋敷内を夢中で走り回ったり。

 お料理の真似事をして、翌日二人して体調を崩したり。

 ちょっぴり夜更かしをして一緒に星を眺めたり。

 そうそう。こっそり町へお出かけして、いじめっ子たちをやっつけたこともありましたっけ。


 そうして次第に元気を取り戻していった私は、メイドの仕事も手伝えるようになりました。

 しかし、メイドの仕事を手伝うようになってからも、休憩時間にはいつもお坊っちゃまと過ごしていました。




私のお坊っちゃまとの幸せな日々は、こうして瞬く間に過ぎ去って行きました。




***




 そして八年後。現在。


 やんちゃだったお坊っちゃまは立派な青年へと成長し、領主様と共に政務を取り仕切っています。

 最近は奥方様との仲も改善されたようで、最近はお二人で和やかに会話されることも多くなりました。


 私はといえば、お坊っちゃまと小さい頃からの付き合いということで、何と領主様直々にお坊っちゃま専属のメイドに任命されました。


 本当に領主様には感謝してもしきれません。

 あの方が拾ってくださったおかげで私はお坊っちゃまに出会うことができ、そして仕えることができるのですから。




 そう、お坊っちゃまに仕えることができる。

 お坊っちゃまをずっと隣で支えて差し上げられる。

 お坊っちゃまの生活の全てを私が管理する。


 お坊っちゃまは、私無しでは生きられない。

 お坊っちゃまは、私だけのもの。


 そう信じていました。信じて疑いませんでした。







 なのに。







 なのに。







 なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのに。







 なのにどうしてあのような女と結婚するなどと仰るのですか?




 公爵家の令嬢?

 婚約者?

 あんな見せかけだけが取り得の、自らの立場に甘えきった娼婦にも劣る女がですか?


 お坊っちゃま、騙されてはなりません。

 あの女は必ずお坊っちゃまを不幸にします。あの女は断じて、お坊っちゃまには相応しくありません。


 お坊っちゃまに相応しい女は、この私だけです。

 他の誰よりも同じ時間を共有し、同じ苦しみを分かち合った私だけが、お坊っちゃまのお傍に生涯添い続ける資格を有しているのです。


 私ならば、お坊っちゃまの全てを受け入れることができます。

 どれほど淫らな願いでも、どれほど残酷な仕打ちでも、それがお坊っちゃまのお望みならば私は喜んで答えられます。




 ですからお坊っちゃま。

 どうかお願いします。




 あの女と二人きりでお会いになるのはお止めください。

 あの女に笑顔をお向けにならないでください。

 あの女を優しげな瞳で見つめないでください。

 あの女の髪に、頬に、愛しそうに触れないでください。


 あの女の唇に、

 あの女の身体に、

 あの女の━━━━━━━━






 私は今、お坊っちゃまのお部屋の前にいます。

 目的はただ一つ、お坊っちゃまを私の手に取り戻すこと。たとえどんな手段を使ってでも。


 ……躊躇いが無いと言えば嘘になります。


 しかし、心までもあの女に毒されかけたお坊っちゃまの目を覚ますには最早、この方法しか残されていないのです。


 お坊っちゃま。

 お坊っちゃま。

 私の大好きなお坊っちゃま。私の大切なお坊っちゃま。


 愛しい愛しい貴方のためなら、私は何だって出来るんですよ?

 例えそれが、貴方の望まぬことであっても。


 私は密かに用意しておいた道具を確認し、意を決して扉を開きました。




「お坊っちゃまは私のものです。私が先に好きになったんです。だから、返して頂きますね」




 そうして、ゆっくりと寝室に足を踏み入れ━━




***




 翌日、領主の長男の寝室にて、一人の女性の遺体が発見された。

 その女性はその国の公爵家の令嬢であり、長男と婚約関係にあった。


 更に行方不明者が二人。

 件の長男とその専属メイドが、忽然と姿を消したのである。

 兵士たちが総出で捜索に駆り出されたものの、とうとう二人を見つけることはできなかった。




 その後、その家がどうなったのかは誰も知らない。



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お坊っちゃまガチ恋勢のメイドさん、ポッと出婚約者から愛しのお坊っちゃまを奪い返す。 クー @qooren

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