第5話 実行されなかった約束

 それから淳子じゅんことは年に八回ぐらいのペースで会い続けた。

 中途半端な数だが、一か月に一回、ただし大学で試験のある月と夏休みと春休みは会わない、というペースなので、そういう回数になる。

 あのカフェで会ったり、いっしょに映画に行ったり、二人とも自転車が趣味とわかったので、二人で自転車で東京の郊外まで行ったり、だった。

 それで話すうちに、いろいろなことがわかった。

 淳子が引っ越さなければいけなかった「親の都合」とは親の離婚だった、ということ。

 いまは父親の家に住んでいるが、親と折り合いが悪く、さっさと家を出たいと思っている、ということ。

 ぼくのいた小学校で、自分は「すさまじいいじめ」を受けていたと淳子は思っているということ。

 そのなかでぼくだけが淳子と対等に遊んでくれたと思っていること。そして、ぼくはとんでもない「体力派」だと思われている、ということ。

 ただし、その父親については、別の日に

「うちのパパ、いいひとなんだ、これが」

としみじみ語っていたから、「折り合いが悪い」というのは割り引いて聞いたほうがいいのかも知れない。

 そして、淳子はその「いい彼女紹介してあげる」という約束を実行しなかった。

 たぶん忘れていたのだろう。

 それでよかった。

 ぼくも大学のあいだつきあっている人がいたし、淳子のほうも自分の通っていた大学で好きな人を見つけたらしい。

 いちど会ったことがある。

 淳子のハイテンションを受け止めて、ときにはのらりくらりとかわす、活発そうな、でも鷹揚おうようそうな人だった。

 「大人たいじん」というのが、こんな感じの男なんだろうな、と思った。

 そして、ぼくも淳子も留年せずに卒業した。

 ちなみに、ぼくが大学にいるあいだつきあっていた彼女は、大学を卒業してニューヨークに行ってしまい、関係はそれっきりとなった。

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