第4話 ぬいぐるみと彼女

 その淳子じゅんこと駅で再会した。

 淳子によると、ぼくは高一のときと何も変わっていないらしい。

 淳子はと言うと。

 変わっていた。

 丸顔で、童顔で、いつもにこにこしているちっちゃな子、というイメージだった。

 それが、いまは、小さいのは小さいけれど、せいいっぱい小さいと見られないように虚勢きょせいを張っている、そんな印象の子になってしまった。

 自分では前よりかわいくなったつもりのようだったが、残念ながら、ぼくからはそうは見えなかった。

 「なんでマッツがここにいるの?」

 「だって、いま鳥毛とりげ公園のところに住んでるから」

 「えーっ? あたし、鳥毛とりげみなみ二丁目だぜ? 何? マッツ、あたしの家の近くをねらって引っ越してきたの?」

 だから!

 なんでそうなる?

 「いや」

 つとめて落ち着いて、言う。

 いや。つとめて冷たく聞こえるように、かな。

 「城内じょうないだいに進学してさ。それで、そこの学生課に住むとこ紹介してもらったら、そこだった」

 淳子は「えーっ!」と「げーっ!」の中間のような声を立てた。

 「マッツが城内大なんかに進学したの? ほんとに? すごいエリートじゃん! だってあたしは大邦たいほうだいでさ、一時間以上かけて通ってんだぜ。まったくいやになるよ」

 知らない、って!

 そんな再会で、ぼくの住まいがこんども淳子の家の近くだということがわかって、その日は駅前の真新しい全面ガラス張りのカフェで何か飲んだのだったと思う。

 それで、商店街をちょっと行って、ゲームセンターでいっしょにクレーンゲームをやった。

 そこで取ったのがそのうさぎのぬいぐるみだ。

 二人とも不器用で、何千円か使って取れたのは、ぼくが取ったそのうさぎのぬいぐるみだけだった。

 そこから二人はまたカフェに舞い戻った。

 淳子は最初はあまりぬいぐるみに関心はなさそうだった。

 ところが、ぼくが

「このうさぎ、にんじん食べてるところだね」

と言うと、淳子は

「え? なんで? なんでにんじん食べてるってわかるの?」

と大声で言った。その声がオシャレなカフェに響き渡り、恥ずかしいと思ってしまうほどの大声だった。

 「だってほら、両手でこの赤いの持ってるじゃない」

とぼくが言うと

「あ、これ、にんじんだったんだ! あ。それでこんな色してるんだ」

と、やっぱり大声で言って感心している。

 それで淳子は突然このぬいぐるみが気に入ったようだ。

 背中の丸まりかたがかわいいとか、ちっちゃいお目々がかわいいとか、「かわいい」を連発した。しかも、のどを細めて口もすぼめたような声を出し、みょうなアクセントをつけてその「かわいい」を言うのだ。

 「じゃあ、連れて帰れよ」

 ぼくは言った。

 「えっ? いいの?」

 淳子は目を輝かせた。

 「いやあ。ぼくの家なんか、男の一人暮らしで、狭くてさ。置いといてあげるスペースもないから」

 「うわぁ。ありがとう!」

 淳子は舞い上がった。

 そして、言った。

 「お礼に、こんどマッツにいい彼女紹介してあげるね!」

 ……はい?

 そう言われて、それで、ぼくと淳子はカフェを出てわかれたのだが。

 「ああ。淳子はぼくの彼女になる気はないんだ」と肩すかし感があったのはいなめない。

 そして。

 やっぱり、ほっとしたのも事実だった。

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