第20話



 ここを登れば楽になれるのであろうか?

そこには楽園があると言われているが、

誰も行った事がない。

行ったとしても帰って来た者がいないのだ。

そこへ行く階段を、

人は天国への階段と呼んでいる。


 乙女はエレベータに乗り屋上を目指す。

夜の屋上には形ばかりの電灯とベンチがあるだけである。


 二人は向かい合って立っている。

そしてロマンが声を掛ける。


「ラッサンブレ(気をつけ)」


「おやおや、流石にドイツ系フランス蚊ですね。草食系吸血鬼さん」


「サリュエ(礼)」


「分かりました、礼儀は大切ですね」


 そう言いながら肉食系吸血鬼が優雅にお辞儀をする。


「エト・ヴ・ブレ(用意はいいか)」


「ウイ、勿論ですとも草食系吸血鬼さん」


「アレ(初め)」


 草食系吸血鬼が言い終わらないうちに肉食系吸血鬼が飛び込んで行く。

カツーン、と硬い金属音がする。

ロマンが遼太郎の剣を受けるが、絶対的力の差に後方へ一歩引く。

然し、遼太郎の剣は止まらない。

次々と切っ先を入れて来る。

押され続けるロマンを見てなんとかしなければならないと乙女は思う。

然し何もできる訳が無い・・・。

が、乙女には必殺の武器がある。

それを、いつ、使うかである。

今は押され続けているロマンを見ていることしかできないが。

なんとかしなければ、どうやって? 遼太郎の気を散らせる事ができたら、なんとか出来るかもしれない。

そう思うと、乙女は急に叫びだす、


「お願い、私のために喧嘩はやめて!」


 一瞬ではあるが、遼太郎の腰が抜けたように落ちるのが見えた。

その隙をついてロマンが細いサーベルの先を出す。

細い切っ先が遼太郎の右肩に突き刺さる。


 さらに遼太郎がひるんだ隙を見て、乙女が走る。

金の十字架を持って、十字架の両端は細く尖らせている。

乙女は遼太郎の左肩に十字架を刺し込む。


「乙女心をもてあそんだ罰よ」


 既に乙女にとっては、戦いの目的がどちらの方向へ行っているのかも分からなくなって来ている。


 遼太郎は右手で右肩に刺さったサーベルの先を抜く。

そしてさらに右手で左肩に刺し込まれた金の十字架を引き抜くと、


「メッキだ」


 と言う。

その言葉に続いてロマンが言う、


「乙女、吸血鬼を倒すには金メッキではダメだ。純金でないとダメだよ」


「嘘? え? 本当?」


「乙女さん、姑息な真似をしてくれましたね。草食系吸血鬼を食した後は、命だけは助けてあげようと思っていましたが、考えを変えました。今すぐに死んでもらいましょう」


 そう言うと遼太郎は剣を下段に構え、乙女にゆっくりと近づいてくる。

乙女には、もう何も武器がない。

頼りになるのは、遼太郎の背中側の向こうで立っている疲れ果てたロマンだけである。

一歩一歩と遼太郎が近づいて来る中、声を上げてロマンが走って来る。

が、然し、ロマンがサーベルの先を突き刺そうとするも背中越しに細いサーベルが大きな剣にはらわれる。


 その時の一瞬の隙を乙女は見逃してはいなかった。

それよりも、たかが人間の小娘と舐めてかかっていた遼太郎の方に責があると言えばそうかもしれない。


 乙女は金メッキの十字架を入れてきた紙の筒を遼太郎の鼻先に当てて息を吹き込む。


「う、く、臭い・・・。きさま、昨夜の晩御飯は何だ!」


「春の戻り鰹、たたき料理、ニンニクと玉葱たっぷり載せよ。そして更に朝ご飯は気分が悪くなって食べられなくなったわ。けど、けど、お昼には商店街コロッケやさん右斜め向かい前の珍珍拳の餃子定食よ。あんたが来ると思ってニンニク漬けの毎日よ」


乙女はが叫びながら拳を高々と上げるが、


「乙女、その拳じゃない。珍珍拳じゃなくて、珍珍軒だよ」


 草食系吸血鬼の言葉など無視して、乙女は更に紙の筒に息を吹き込んだ。


「うう、く、臭い」


「まだまだよ!」


 そう言いながら三度目の息を吹き込もうとすると、


「覚えていろ!」


 と遼太郎はコウモリに変化して夜空に向かって、ふらふらと飛び去って行った。

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