第19話



 時の流れは早くもあり、

遅くもある。

早く過ぎ去る日々は幸せな日々。

不安と心配の中で暮らす日々は、

なんと歩みの遅いことであろう。

人によって流れる時間に差があるかのように、

時間は平等に流れているとは思えない。


 それから数日が過ぎたある日の夜、ドアの呼び鈴が鳴る。


「あ、はい、高野です」


「僕だよ、藤沢遼太郎。入れてくれないかな?」


と乙女の元カレであり、勤めている会社の社長の御曹司が答える。


「テメェ、どの面下げて来とんじゃぁー。この肉食系吸血鬼がぁー」


「おいおい、酷いじゃないか。吸血鬼だなんて、全く。ちょっとでいいからお話がしたいんだけど」


「そうでございますか、肉食系吸血鬼さん。でもコウモリ族のお話とかでしたら間に合っておりますわ」


「なるほど、乙女さん、あなたは蚊族を匿(かくま)っていらっしゃいますね?」


「それがどうかいたしましたでございましょうか? 人間もどき様?」


「それならしょうがない。実力行使と参りましょうか」


「あーら、藤沢様。紳士的にお願いしたいものですわ」


「私もそうしたい所ですが、どうも、そのようにはいきませんようで、では失礼してと」


 藤沢遼太郎がそう言い終わると同時に、乙女の部屋が揺れ出した。

電気が一瞬消えたかと思うと瞬きだし、再び点灯した時、藤沢遼太郎が部屋の中に現れた。


「あははははは、藤沢、参上」


 藤沢はタキシードを着ている。


「ご丁寧な挨拶、痛み入りますわ」


「さぁ、草食系吸血鬼を出してもらおうか」


「さて、なんのことかな?」


 乙女はこめかみに右手の人差し指を当てて答える。


「とぼけても無駄ですよ、乙女さん。それとも、命に変えてでも奴を守ろうとなさるのですか?」


 藤沢が右手を出すと、その手には何処から出てきたのか中世を思わせる剣が現れてきた。


「そ、そ、そんなもので私をどうにかできると思っているの!」


「ええ、思っていますよ」


 藤沢が剣を構えると、


「乙女、危ない! 奴に、脅しは無い」


 現れた草食系吸血鬼もまたタキシードを着ている。


「ほう、現れましたね。草食系吸血鬼君、これぞ人と吸血鬼の真の愛か? なんと麗しき光景でしょう。しかし舞台の進行もこれまで。とても悲しい結末を迎えることになるのです。さようなら、素晴らしき俳優達よ」


「二人とも素敵・・・。」


 イケメン二人を前にして、思わず呟いてしまうお馬鹿な乙女である。


 然しながらも、草食系吸血鬼が携えていた剣は、フェンシングの試合に使われるような細いサーベルである。


「いかにも蚊族らしい剣ですね。然し、此処は狭い。屋上へ参りませんか? 私も久しぶりに剣を存分に使いたい気分ですのでね」


「宜しいでしょう、お相手させていただきます」


 二人は頷き合うと、それぞれコウモリと蚊に変化して乙女の部屋の窓から出て行った。

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