第17話
夕刻の商店街は慌ただしい。
特に日曜日ともなると活気に満ち溢れている。
夕食の食材を買い求める者。
買い物も一通り終わって服屋へ寄ってみたり。
人が行き交う道。
近所の人同士なのだろうか、
声も大きく世間話に花を咲かせる街路。
恋人同士や友人、
外食する飲食店を探し求めて、
笑顔が輝いて見える。
行き交う人が振り返って見てしまう外国人。
いや、草食系吸血鬼。
振り返る人に少し笑顔を見せる優しい吸血鬼。
媚を売っている訳でもない、
ましてや、あわよくば血を分けてもらおうなど考えている訳でもない。
人が良すぎる?鬼が良すぎる?
そう、言うならば善鬼のように。
角を右に曲がってまっすぐの商店街の中。
目的地がある。
「ここよ」
と乙女が指を差す。
精肉店がる。
店の前の道にラードの香りが漂う。
乙女は店先で注文をすると、小さな木製のベンチに座る。
草食系吸血鬼は一人分の間を空けて、乙女の横に座る。
言われた通り、少し離れて座っている。
乙女は紙袋から一つ取り出す。
「コロッケ」
と草食系吸血が言う。
「あら、知ってるの」
「ええ、フランスに居た時にシェフをやってたから」
「うん、そうだったね」
「正確に言うと、シェフ見習いでした」
「コロッケも作ったことあるの?」
「ええ、じゃがいもの皮を剥いて、コロッケばっかり作ってたよ。フランス料理はコロッケに始まりコロッケに終わる、と言われています? いえ、持論です」
「そうなんだね、でもここのコロッケはフランスのコロッケを遥かに凌駕していると思うわ。だって他所の街から電車に乗って買いに来る人がいるくらいなんだよ」
「それは素晴らしい」
「一口くらいなら食べれる?」
「ええ、食べれます」
「食べれるんだ! 良かったー」
「でも、消化吸収ができないんです。蚊族は基本が蜜と果物なので・・・。トマトジュースは例外なのですが、でも頂きます」
草食系吸血鬼は乙女が袋からもう一つのコロッケを取り出す前に、乙女の持っているコロッケに横から齧り付いた。
「あ、ちょっと、何するのよ」
乙女の大きな声に通りを歩いている人が振り返る。
乙女にではない。
コロッケにでもない。
口をもぐもぐさせている美男子系草食系吸血鬼にである。
「ちょと、もうちょっと離れて」
「もうベンチの端がない」
まるで、デートに慣れていない中学生のようである。
そこへ、一人の男が近づいてくる。
乙女はその男を見ると動きが止まる。
草食系吸血鬼は乙女の背中に何か冷たいものが走ったのを感じる。
その男は乙女には気付いていないようである。
乙女が草食系吸血鬼に小声で話しかける。
「もっとこっちへ来て」
「え?」
「いいから早く」
「突然、言われても」
「馬鹿ね、こう言う時にこそ読心術を使って私の気持ちを読み取りなさいよ」
「急に言われても」
「いいから、笑って」
「急には笑えないよ」
「いいから、早く、もっとこっちに来て笑いなさい」
「冗談でも言ってくれませんか?」
「馬鹿、こんな時に冗談なんて言える訳ないじゃない」
「こんな時って、どんな時なのでしょう?」
「いいから早く」
このような会話を二人は誰が見ても素敵に見える最高の笑顔でやりとりしている。
馬鹿はお互い様のようである。
男がベンチに座っている二人に気がつくと、一瞬ピクリと体が硬直したように見えたが、その後は何食わぬ顔をして注文を済ますと、乙女の持っている紙袋の3倍くらいはありそうな紙袋を持って来たトートバッグに入れて帰って行った。
「乙女の前の恋人」
「何よ、今頃読心術?」
「電車に乗って買いに来た」
「それがどうしたのよ、そのヘラヘラ笑ってる締まりのない顔を元に戻して早く離れてくれませんか」
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