第15話



 乙女は静かに語り出した。

まるで催眠術にかかったかのように、事細かく喋り出した。


 彼との出会い、楽しかった日々、いや、楽しそうに振る舞っていただけかもしれない。

今は何故か、そう思える。

社長の御曹司、そしてイケメン、そんな奴と付き合っている。

自慢したかった? そんな自分を自慢に思っていただけ?


 そして、別れ。

女を乗り換えられた時の酷い別れ方。

簡単にゴミを捨てるような仕打ちだった。

それさえなかったなら、もう少し気は楽になれたかもしれない。

そんな別れ方だった。


 全てを話し終えた頃、既に日付は変わっていた。


「乙女、よく話してくれたね」


「ううん、ありがとう、遅くなっちゃたね」


「礼を言うのは未だ早いよ」


「え?」


「私の目を見て」


 よく見ると、やっぱり素敵な若い紳士、美男子系草食系吸血鬼だと改めて思う。


「乙女、余計なことは考えないで。私の目を見つめて」


 やだ、読心術? 今の私の心の声、読まれたの?

と乙女は顔を赤くするが、


「乙女、大丈夫。やたらめったらに読心術は使わない。だから、私の目を見つめて欲しい」


「分かった、でも、あなたの目を見ると何が起きるの? でも、やっぱりいい、あなたを信じてみる」


「乙女? 人には理由が必要なんだ。出会う時にも別れる時にも。好きになった、嫌いになった、そんな心の動きにも人は理由を付けたがるものなんだ。出会えた理由を運命の人と思いたがるように、別れる時にも別れなければならない理由を見つけようとする。そこに何らかの事象があれば、それが理由になるけど。嫌いになっただけなのに、その思いにも理由をつけようとする。好き嫌いだけなら理由なんて要らないのに」


「・・・・・・・・。」


「さあ、見つめて」


 乙女は、だんだんと吸い込まれるように、草食系吸血鬼の瞳の中へ入っていくような気持ちになってくる。


「波動?」


「そう、波動、癒しの波動」


「・・・・・・・・。」


 翌朝、乙女は目が覚めると。

いつもと違う清々しい気分であることが自覚できる。


「気持ちのいい朝だわ、久しぶり」


 そう声に出して目覚まし時計を見る。


「嘘! こんな時間なの」


 草食系吸血鬼と見つめ合っているうちに、眠ってしまい、目覚まし時計のスイッチを入れることを忘れていた。


「あー馬鹿、全然清々しくないわよ」


 そう言いながら床の上で倒れるように眠っている草食系吸血鬼を見る。

相当に疲れているように見える。

乙女は時間がないことを知りつつも、裁縫箱から一本の針を取り出し、人差し指を突いてみる。


「痛て」


 そして草食系吸血鬼の唇に一雫の血を乗せる。


「ありがとう、ロマン」


 乙女は身支度を済ますと、食事代を財布から抜き出し、テーブルの上に置くと静かに部屋を出て行った。

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