第11話 暴れまわる男達

 カウンターの向こうに消えていくセレスを呆然と眺める。頭の中では今しがた言われた言葉が渦巻いていた。


(確かに俺はなぜ彼女を受け入れているのだろうか)


 リリアーネを家に住まわせているのは、単純に彼女が自分に触れないと魔力の補給ができないからだ。それ以上の理由などない。だが、リリアーネに対しては先ほど娘に迫られた時に抱いた拒絶の感情を抱かなかったのも事実だ。なんだかんだと自分は彼女の存在を受け入れているのだろう。そう思ったとたん、心臓がドキリと鳴った。


(まさか、俺はコイツのことが好きなのか……?)


 高鳴る心臓を抑えながら視線を落とす。いまだ真正面から腰にへばりついたままのリリアーネは引き剥がされないのを良いことに、ジークの服に顔を埋めて安らかな顔をしていた。ついでに手はシャツの中にインしていた。

 リリアーネの首根っこをむんずと掴み、無表情のままベリッと引き剥がす。あーんジーク様の温もりが〜! という悲鳴が聞こえたが、ポイッとその辺に捨てておいた。


(それだけは絶対ねぇな)


 晴れやかな気持ちで自分の結論を全肯定する。リリアーネのことを可愛いと思うことはあるが、それはなんというか森で動物たちと戯れる感覚に似ている。彼女に関して言えば少し珍獣の領域カテゴリーかもしれないが。

 それでもなんだかんだと一緒にいるのは悪い気はしないのだ。床にポイと放り出され(ジークが放った)、地面に伸びているリリアーネに手を差し伸べる。


「すっかりここで長居しちまったな。そろそろ戻ろう。まだ買い物は終わってないぞ」

「あ……はい、そうですね! 早くジーク様とデートの続きをしなくちゃ」

「だからデートじゃねえって言ってんだろ」


 目をキラキラさせながらリリアーネがギュっとジークの手を掴む。だが突然バン! と乱暴に扉を開く音が聞こえ、野太い声が店中に響いた。


「おい酒を出せ! 俺たちは客だぞ!」


 入口からおよそこの酒場には似つかわしくないような武装した男達が派手な物音を立てながら店の中に入ってくる。どこぞの荒くれ者なのだろうか。筋骨隆々の体躯に武具を身につけ、それぞれ手に剣や斧などの武器を持っていた。十四、五人ほどの集団の中からひときわデカいハゲ頭の男が進み出て、カウンターの向こう側にいるセレスの前に立ちはだかる。


「おいお嬢ちゃん、俺達ちぃと金がねぇんだわ。悪ぃがタダで飲ませてくれねぇか。おっとダメとは言わせねぇぜ。お前のその細い体がこんな風になりたくなけりゃな」


 そう言ってハゲ頭の男がダァンと拳をカウンターに叩きつける。と同時にミシミシという音がして木製のカウンターに大きなヒビが入った。女性客から鋭い悲鳴があがる。店内に一気に広がる動揺とざわめきの中から、一人の客が震える手で男を指さした。


「お、おい。もしかしてあいつら最近よく聞く盗賊の一味じゃないのか!?」

「盗賊? 流れ者の集団か」

「ああ。たまにああいう荒くれ者が森の富を聞きつけて街の外からやってくるんだ。あいつら、男はもちろん、女子供に対しても容赦なく手荒にすると聞くぞ」

「なんだと!? くっ巻き込まれる前に早く逃げねぇと!」


 誰かの声を皮切りに、次々と客達が店の外へ逃げていく。蜘蛛の子を散らすように出ていく客達の後ろ姿を荒くれ者の男達は下卑た笑みで眺めていた。


「オイオイ俺たちも随分と有名になっちまったなあヒヒヒ」

「負け犬が無様に逃げていく様は何度見ても飽きねぇなぁ」

「姉ちゃん、早く酒を持って来いや。それともここに来て俺達の相手でもするかぁ?」


 ゲラゲラと笑いながらハゲ頭の男がセレスの顎を掴む。ジークの隣で息を潜めていたリリアーネがゴクリとツバを飲む音が聞こえた。


「ジ、ジーク様、あの人達すごく乱暴者のようです。セレスが危ないですよ」

「ああ、怪我しなきゃいいけどな」

「そんな悠長なことを言っていないで早く助けないと!」

「いや……無事じゃねぇのはアイツらの方だ」

「へ?」


 リリアーネの呆けた声を遮るようにジークがセレスの方へ視線を促す。大男に顎を掴まれているにも関わらずセレスは澄ました顔で挑発的な視線を返していた。


「へぇ、店主に向かって無銭飲食の宣言かい? お前に必要なのは酒じゃなくて脳みそなんじゃないのか?」

「ああ!? てめぇ今なんつった!?」

「その知能じゃの作った酒の味がわかんねぇだろって言ったんだよ」

「なんだとコラァァァァ! ぶっ殺してやる!!」


 ハゲ頭の男が憤怒の表情でセレスに掴みかかる。だがセレスは顔色ひとつ変えずに男の腕を掴むと反対側に捻りあげた。


「いってえええええええええ!!!」


 あまりの痛みに男が絶叫する。その隙にするりと男の腕から逃れたセレスが、いつの間にか手にしたアイスピックをくるりと回転させ、切っ先を男の喉元につきつけた。


「悪いね。ブサイクは入店禁止だよ」

「このクソアマが舐めやがって!! オイてめえら!! こんな店、派手に暴れちまえ!!」

 

 ハゲ頭の怒鳴り声と共に、椅子に座っていた仲間の男たちがニヤニヤしながらおのおのの武器を持って立ち上がる。だが店を破壊しようと武器を振りかぶった男たちの足元で、じゅっと何かが溶ける音がした。


「なんだ!? なんか焦げクセェぞ!?」

「おい床から白い煙が出てないか?」

「あれーおっかしいな。うっかり間違ってこの薬品を床にこぼしてしまったようだよ」


 カウンター近くのテーブルに、一人優雅に腰かけながらライルベルトが手に持つ瓶を振る。中に入っている琥珀色の液体がちゃぽちゃぽと小気味よい音を立てた。


「な……なんだその手に持っているものは」

「んんー、これ? これは森で採れる鉱石を粉末状にしていくつかの水酸化物と硝酸を複合させたものなんだけど、まあ一言で言えば僕特性『なんでも溶かしちゃう万能薬』だよ☆」

「ああ? なんだその子供のママゴト見てぇな名前の水は! ふざけてんのか?」

「ふざけてるかどうかはこれを見てからいえるかな?」


 そう言ってライルが男達以上に口元をにや~っとさせながら小瓶を持って男達へ歩み寄る。途中でぽたりぽたりと落ちる水滴が、シュ~と白い煙をあげて木製の床に黒い穴を開けていた。先ほど逃げた客が落としたのだろう。床に落ちたナイフにぽたりと落ちた水滴が黒い穴を開けたのを見て男の一人がヒッと声をあげた。


「お、おいその物騒なものをどうする気だ」

「えー? 何もしないよ? ただこれを持って歩いているだけさ。でも僕最近運動不足だからさあ。うっかり転んでぶちまけちゃうかもね」


 そう言いながらライルベルトが大きくよろける。同時に手に持つ瓶が大きく揺れ、ビチャっとこぼれた床にはジュウジュウという音と共に黒い焦げ目がついた。


「うわあああああなんだコイツ危ねえぞ!!」

「なんでただのヒョロガリがあんな物騒なもの持ってんだよ!?」

「あれ~なんか貧血かな~めまいがするようなしないような」

「ぎゃあああああこっちに来るなこのクソ眼鏡!!」

「あっと手が滑っちまった」


 ぺろりと可愛く舌を出しながらライルベルトがあろうことか男達の顔面を狙ってぶん投げる。テーブルの角にあたって割れた瓶から危ない液体があたりに飛び散り、そこかしこでジュウジュウと黒い焦げを作った。金属までも溶かすほどの危ない液体を人にめがけてぶちまける眼鏡のイカれ具合に、男達が悲鳴をあげる。


「コイツ狂ってるぞ!!」

「人としての何かを失ってやがる!」

「お頭! この店はやべぇですよ! 早く退散を!」


 ウヒヒヒ〜と気持ちの悪い声をあげながら瓶を持って追いかけてくるライルベルトから逃げながら男達が怒鳴る。もはやどちらが悪人なのかわからない。一方セレスもいつの間にかカウンターから店内に踊り出て、屈強な体をした男のみぞおちに蹴りを食らわせていた。

 細い体のどこにそんな力があるのか、はたまた蹴りどころを熟知しているのか、セレスの蹴りをくらった男がテーブルをなぎ倒しながら吹っ飛ぶ。客が残した料理の皿やワイングラスが派手な音を立てて割れ、あたりにガラスの破片が飛び散った。


「おいセレス、自分の店なのにそんなに暴れていいのか? 大赤字じゃないか」

「なーに言ってんだよ。日頃さんざん美味い酒を飲ませてやってんだ。後々お前の錬金術で全部元通りにさせるに決まってんだろ」

「えーー何それ、僕初耳なんだけど!?」

「てめえの怪しい薬で床を丸焦げにさせておいて何言ってんだ。そういや最近マホガニー製の床にも飽きてきたんだよなあ。作り直す床はレンガタイル調にしてくれよ」

「出た! 何もわかってないド素人が言う無理難題! マホガニーの床にするには、この床に敷き詰めるほどのマホガニーが必要なの! あと割れたガラスも破片が全部ないともとに戻せないからね!?」

「ああん? よくわかんねーから、マホガニー材も割れたガラスも錬金術でなんとかしろ」

「よしわかった。どうやらわが友セレス君には錬金術のお勉強が必要だね。今度僕が特別授業をしてあげよう。もちろんスパルタでね」


 ぎゃいぎゃい言いながら男二人が次々に荒くれもの達を追い詰めていく。何人かの男はセレスの拳で床に伸びているし、もう何人かはライルベルトの怪しすぎる薬品を恐れて店の外へ飛び出すように逃げて行った。

 圧倒的な力量の差にリリアーネが感嘆の息を吐く。


「ほええ、ライルもセレスも強いのですねえ」

「ライルベルトに関しては強いというのかはわからないが、セレスはああ見えて昔相当ヤンチャしてたらしいぞ。早い話が元ヤンだ」


 激高して掴みかかろうとする男達を軽くいなして頭をカウンターに叩きこむセレスを見ながらジークがつぶやく。ジークが彼と出会った時、セレスは既に女口調だったので、彼に何があってここに流れ着いたのかは知らないが、この酒場の客層が良いのは店主自身が相当をしているからに過ぎない。現にもうこの荒くれもの達はこの酒場に寄り付かないだろう。

 いつものように暴れまわるセレス達の姿に安心しきっていたからだろう。「ひょ!?」という気の抜けた悲鳴が聞こえたと同時に野太い高笑いが聞こえた。


「ガハハハハハ! 油断したな。この女の命が惜しけりゃ跪いて命乞いしなぁ!」


 筋骨隆々のハゲ頭の男がリリアーネを背後からガッシリと抱き、首にナイフの切っ先を突きつけていた。


 

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