第6話 変態錬金術師

 僕は来客だ、お茶を出してくれたまえ、と言って図々しく椅子に腰掛ける男はライルベルトと名乗った。薄墨色の短髪に、人間にしては珍しい紫色の瞳。白衣のようにも見える長い白のローブを羽織り、片目にはモノクルをつけている。

 ジークからこれまでの経緯いきさつを聞いたライルは興味深そうにモノクルを傾けた。


「へえ、彼女は随分と前に滅んだと言われている魔女の一人なのか。で、一族の数が少なくなっているからこうやって人間の男の血を入れようとしているわけだね」

「ああ、お前は腐っても研究者の端くれだろう? 彼女が元の世界に戻れる手がかりがあれば教えてくれないか」

「無理だね。彼らがいたという事実は伝わっているけど、その文献はほとんど残っていないんだ。むしろ僕がそのあたりの失われた歴史を知りたいところさ」

「ライルは研究者なんですか?」


 二人の会話に、リーネが物珍しそうな顔をしながら割って入る。ライルベルトがニコリと笑いながらリーネに向かって手を差し出した。


「そうだよ、僕は偉大なる研究者でもあり、医者でもあり、錬金術師でもある。ジークとは顔馴染でね、こうやってたまに森でしか取れない材料を分けてもらっているのさ」

「錬金術師? 聞いたことがありませんね。何をするお仕事ですか?」

「錬金術を知らないのか? なるほど、君達が知らないのも無理はないね。魔女達が姿を消してこの世界から魔法が失われた結果生み出されたのが錬金術だよ。僕らの研究は文明の発展に大きく寄与しているのさ。ところで君は本当に本物の魔女なのかい? よかったらここでちょっと魔法を使ってみてくれないか?」

「魔法を? 別にいいですけど何をすればいいですか?」

「そうだねぇ。じゃあ手始めにここにリリライナの花を出せるかい?」

「リリライナの花? わかりました」

 

 言うなりリーネが右手で杖を掲げて自身の左手に向かってコンコンと二回叩く。

 すると次の瞬間には、甘い香りと共に左手いっぱいにリリライナの花が出現し、リーネの手のひらから小さな虹色の花弁がホロホロとこぼれ落ちた。


「これでいいですか?」

「ブラボー! すごいな、さすがだよ。じゃあついでに錬金術ではどうやるか教えてあげようか」


 そう言うとライルベルトはローブの内側から紙とペンを取り出し、紙に向かって何かを書き始めた。初めに円を書き、何本も複雑な線を引いて所々に記号のようなものを書き込んでいく。

 彼が書いているのは魔法陣だ。複雑な図形を組み合わせて書き上げた魔法陣の周りに文字を書き足すと、ライルベルトは白い砂のようなものを三種類ほど懐から出して魔法陣の上に並べた。

 最後に魔法陣の中心にペン先を突き立てると、たちまち魔法陣が強い光に包まれる。発光が収まると同時に魔法陣の真ん中には湿った黒い土がこんもりと乗っていた。


「わー! とてもすごいです! 何もない所から土が出てきました」

「だろ? 錬金術は魔法ではなく理論だからな。こうやって物を構成する要素を置いて、組み上げる理論を魔法陣に書けば結果が得られるというわけ。だからこんなこともできる」


 そう言ってライルベルトが魔法陣に何かの文言を書き加えると、土の中からピョコンと緑の芽が出る。小さな芽はそのまま枝葉を広げがらニョキニョキと伸びていき、てっぺんに小さな蕾をつけた。最後に蕾がくるりと周りながら花弁を広げると、虹色に染まったリリライナの花が可憐に咲き誇った。


「わっ! リリライナの花が咲きました。すごいですね!」

「この通り、錬金術はそこに理論さえあれば何でもできる。だが逆に言うと理から外れたことはできない。むしろ僕は君達魔女という存在に大いに興味があるよ」


 言うなりライルベルトがモノクルを光らせ、リリアーネの手を取った。「ひゃ!?」と声を上げたリーネのことなど気にすることなくライルベルトがリーネの手をグニグニと触る。


「ふむ、体の構造は見た所普通の人間と何も変わらないようだね。ああなるほど、肉体ではなく杖を媒介にしているのか。何もない所から花を出現させるということは精霊の力を借りているのかな。となるともしや魔法も万能ではなくできることとできないことがあるようだね。ふむ、とりあえず服を脱いで体を見せてくれるかい? 魔女が人間の体と同じかちょっと確かめたい。その胸の膨らみは人間の乳房と同じと解釈してもいいのかな」


 事もなげにライルベルトが言い放つと、リーネの隣に座っていたジークが無言で立ち上がる。そのまま身を乗り出してライルベルトの胸ぐらを掴むと、緑の目で鋭く睨みつけた。


「いい加減にしろライル。調子に乗り過ぎだ」

「あれ、なんで君が出てくるんだい? 彼女は君の恋人でもお婿さんでも何でもない、赤の他人じゃないか。だったら僕が彼女をどう扱おうと関係ないだろうよ」

「見ている俺が不快だからだ。不必要に彼女の心を傷つける必要はないだろう」

「あれ、今の僕の言い方で傷つく部分あった? なんか不愉快な部分あったかなリーネちゃん」


 胸ぐらを掴まれたままライルベルトが首だけをぐるりと回してリーネを見ると、リーネが指を立てて小首を傾げながらうーんと唸る。


「そうですね〜シンプルにキモイなとは思いました」

「ええっそんなぁ! あ、そうか。ならば僕が君のお婿さんになってあげよう。そうすれば僕が毎晩君の体をいじくり回したり眺めたりしても問題はないだろう? 君は結婚できるし、僕は魔女の研究ができる。win-winの関係じゃないか!」

「うーん例えジーク様が私と結婚してくれなかったとしても、あなたとだけは無理ですね〜」

「ええっ! 会って一瞬でフラれたの僕! 何がいけなかったのかな」

「そうですね〜一度胸に手を当てて考えてみたらいいと思いますよー」


 あっけらかんというリーネにライルベルトがガーンとあからさまにショックを受けるが、リーネは笑顔で無視をする。

 ジークの手から離されたライルベルトは「えーんえーん」と言いながら明らかに嘘くさい泣き顔を貼り付けていたが、コホンと咳払いをして居住まいを正した。


「ふむ、状況を整理しようか。リリアーネ、君はコイツと結婚したい。そしてジークは万年枯れている。ついでに僕は研究者として魔女のことをよく知りたい。となると、君がジークと結婚して永劫この森に留まってくれれば、僕も魔法や魔女についての研究がしやすくなるということだな! なるほど、確かにこれはもう運命じゃないか! 大いに結ばれてくれたまえ、君」

「はあ? 論理が飛躍しすぎだ馬鹿。少なくともお前が決めることじゃないだろ」

「おっと僕がリリアーネちゃんに手を出すと思っているのかい? 安心しろジーク、僕はホモサピエンスには全く興奮しないからな。

僕を興奮させることができるのは新しい理論と底の見えない探求だけだ。彼女に興味はあれど恋愛感情を抱くことはないと思ってもらっていい」

「お前の勝手な都合で伴侶を決められるなんざこっちもいい迷惑なんだよ!」

「まったく、こんなにお膳立てされているのにジークはどうして首を縦に振らないんだい? 大方森番のに巻き込みたくないのかなんだか知らないが彼女だって魔女だ。自分の身くらい自分で守れる」

「そんなんじゃねえよ。婚姻っていうのはお互い好き合ってするものだろ。出会ったばかりなのにいきなりそんな感情が芽生えるはずがない」


 ジークが静かに返すと、ライルベルトが顎に手を当ててふむ、と唸った。何事か逡巡するように視線を彷徨わせたライルベルトは、何かを思いついたかのように邪悪な笑みを浮かべた。


「なるほど、ジークは枯れすぎて自分の内なる欲求に気がついていないと言うことだね。どれ、この偉大なる僕が人間に本来備わっている生存本能を呼び覚ましてあげよう」


 言うなりライルベルトがローブの内側から素早く紙と羽ペンを出し、紙の上に物凄い速さで魔法陣を書く。

 そして何を思ったのか急にジークに掴みかかるとブチブチとボタンを外してシャツを脱がし始めた。


「お、おい待てライル! 何をするんだやめろ!」

「じっとしてろ、悪いようにはしないから」

「お前がやることで良かった試しなんてないだろうが!」

「いいから黙って男になれジーク!」


 言うなりライルベルトが先程の魔法陣が書かれた紙を手に取り、裏返してジークの胸にビタンと貼り付けた。


「僕くらいの天才になると反転術式は朝飯前だ。それじゃあこれで仕上げだな」


 言うなりライルベルトがジークの胸板に紙を貼り付けたまま上から魔法陣の中心を指で押す。途端にジークの胸板に模写された魔法陣の線が黄金色に輝き、ジークは胸を抑えて床にうずくまった。荒い息を吐くジークの顔は発熱したかのように赤い。


「バッ……お前、今何をした」

「何、君の体内の色々な数値をいじっただけさ。血液中の成分と伝達物質を魔法陣によって僕の意のままに書き換える。するとその物質の情報に従って君の内なる本能が目覚める。まぁ端的に言えば惚れ薬を飲んだ時と同じ状態にしたわけだ」

「ふ……ざけんな。調子にのってんじゃねぇぞライル」

「腹が決まらないってんなら体から始まる関係もありだってことさ。じゃあ石、もらっていくよ。足りなくなったらまた来るから。アハハハハハ」


 そう言ってヒラリと片手を振ると、白いローブを翻しながらライルベルトは颯爽と部屋を出ていった。

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