サインはぬいぐるみ

石野二番

第1話

 職場の更衣室。自分のロッカーを開けて小さなくまのぬいぐるみがあったら、それはもう一つの『お仕事』の合図。


「また政治家が殺されたらしいよ」

 上司が新聞を読みながら言った。

「あー、今朝のニュースで見ました。なんか、機密情報を隣の国に流してた疑惑がある人ですよね」

 隣の席の先輩がスマホをいじりながら答える。

「政治家って、国のために働きたい人がなるもんだと思うんだけど、やっぱりお金に目がくらんじゃうのかな」

 上司はやれやれといった調子で呟く。

 この始業前のどこかのんびりした時間が私は好きだ。できればずっと続いてほしい程度には。


 一日の業務が終わり、更衣室に着替えに向かう。わざと片付けに時間をかけたりトイレに寄って時間を調整して、いつも一番最後になるようにしている。

 ロッカーを開く。おそらく一日でもっとも緊張する瞬間。中には自分の服と荷物しかない。大きく息を吐き、手早く着替えて帰路についた。


 上司と先輩がそれぞれ新聞とスマホから目を離さずに世間話をしている横で私は今日も業務の準備をしている。今日はロッカーにぬいぐるみはあるだろうか。なかったらまっすぐ家に帰れるから助かるけど、そろそろ家計が厳しくなってきている。あったらあったでお金のためと割り切って働かせてもらおう。


 終業後、開いたロッカーの中には小さなくまさんが入っていた。私は良かったのか悪かったのか判断のつかない頭でそのぬいぐるみのくまをバッグに入れた。


 雨の夜。一台の高級車が電信柱に突っ込んで大破している。その中から出てきたのは、身なりのいい男だった。男はひどく怯えているように見える。よろよろとその場を離れようとする男の目の前に私は立ちふさがった。

「今ので死なないとか。幸運なのか不運なのか。でもそれもここまでです」

 私は男の喉にナイフを走らせた。血が噴き出る。今夜が雨で良かった。血も痕跡もいくらか流れていってくれるだろう。私は足早にその場を去った。


「まぁた政治家が殺されたねぇ」

「その人も怪しい噂のあった人ですよね」

「うちの国の政治家、こんなのばっかりだねぇ。終わってんなー」

 そんないつも通りの上司と先輩のやり取りを私はいつも通り横で聞いていた。

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サインはぬいぐるみ 石野二番 @ishino2nd

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