子どものトッケン
コンテナコンテナたくさんコンテナ。
すのうらいと・てくにかには、そんな部屋が何階もかさなっている。
キョーイチやダマル兄ちゃんは、フクゴーソウコだったんだろう、と言っていた。わたしにはそのフクゴーソウコというのがよくわからないけれど。
「ご主人、これってお目当ての物だったりするッスか?」
「うん? あぁそうそう正解だよ。箱ごと積んでおいてくれ」
「了解ッス」
ニチジョーセイカツでつかえそうなモノをあさるぞ、とダマル兄ちゃんは言っていた。昔にはフツーだったモノが、今はとってもめずらしくなってしまっているから、とも。
わたしにもそれはわかっている。けれど、アポロ姉ちゃんがかかえているハコを見ても、やっぱりトクベツという感じはしない。
だって。
「800年も経った洗濯用洗剤の何が新品なんだかねェ?」
こもった声でダマル兄ちゃんが言ったとおりなのだ。洗剤なんて、研究所のお外に出たことがなかったわたしでも、めずらしく思ったことなんてない。
ほかにさがしているモノも、ラップだったり歯みがき粉だったりシャンプーだったりトイレットペーパーだったり、あとはソージキとかレンジみたいなカデンだったり。
あんまりにもフツーすぎるから、わたしはちょっと飽きてしまったのだ。だからこうして手をうごかすフリをしながら、2人のおはなしをこっそりと聞いていた。
キョーイチはいっつもとおんなじ感じで、うぅんとうなっているくらいだったけれど。
「そりゃまぁ……とはいえ、抗劣化庫が稼働してるんだし、変質してるようなことはなさそうだが」
「
ダマル兄ちゃんがタブレットをポチポチさわれば、大きな棚がどこからか自動ではしってくる。ちょっとやってみたい。
ただ、いそがしそうな時にワガママを言うのは子どもっぽい気がして、やっぱりコソコソと2人をのぞくだけにしていれば、ぎんいろのカブトがカチャンと音をたててかたむいた。
「お? おい相棒、見てみろ」
「何かいい物でも?」
よっこいしょ、といいながら立ち上がるキョーイチ。なんだかおじさんみたい。
できればもう少しこう、いつもカッコよくいてほしいのだけれど、フダンのキョーイチはちょっと疲れたおとうさん、って感じの時がおおい気がする。ホムンクルスのわたしに、おとうさんがいたことはないから、ソーゾーでしかないけれど。
ダマル兄ちゃんがちょっと嬉しそうなのは気になる。けれど、どうせまたバンソーコーとか洗濯ネットとかそういうのだろう。さっきも銀色のテープをいっぱい見つけてうれしそうだったし。
「……なるほどね」
そう思っていたのだけれど、棚をのぞきこんだキョーイチは、どうしてか声をすこし小さくしていた。
まるで、だれかに聞かれたくないみたい。ヒミツっぽくされたら、よけいにききたくなってくる。
でもこういうときはバレたらいけない。わたしはハコの中をのぞくフリをつづけながら、さっきよりも2人のおはなしに集中することにした。
「どうだ。見た目は新品そのもの。キャッチコピーを信じるなら、俺ぁ有りだと思うぜ」
「君が信じてるのは欲望の方じゃないのかい?」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「分かっていて聞くなよ。とはいえ、安全性の確認は必要だろう」
「任せとけって。その後は、半々でいいな?」
「ああ、任せた」
コツン、と2つのグーがぶつかる。
いつもはスケコマシーだとか、がしゃどくろーなんて言いあってるクセに、なんだかんだキョーイチとダマル兄ちゃんはすごく仲がいい。
――なんかズルい。
カカカ、ふふふ、と笑いあう2人に、わたしはなんだかナカマハズレにされた気がして、ダンボールの中をみおろしながらぷぅとほっぺたをふくらませる。
ただ、そうしたところで気づいてもらえるはずもなく、むしろ小さなフキゲンからほんのすこし目をはなしたスキに、ダマル兄ちゃんはなにかのハコをかかえてタマクシゲにもどっていってしまった。
スパイごっこというのは、あんがいむずかしいのかもしれない。
■
てくにかをあさった日からすこしだけあとのこと。
ふと、わたしは夜中にめがさめた。
とけいがあるわけじゃないけど、へやの中はまっくらだったし、だれかがうごいてるような音もきこえない。きっとみんなまだ寝てるんだろう。
――おトイレ、いきたい。
寝るまえに、いつもよりたくさん水をのんだからだろうか。それとも、ちょっとずつ夜がサムくなってきているからだろうか。そのままもう1回寝てしまうのはアブナイ気がして、わたしはもぞもぞとベッドから立ちあがった。
できるだけ音をたてないように気をつけながらろうかに出て、1だんずつかいだんをおりる。はだしのまま出てきたせいで、足のうらがつめたい。
それでもひきかえす気にはなれず、1階へおりてきたわたしは、ちょっとだけはやあしにトイレへかけこもうとして、ふとほそい光に気がついた。
キッチンからのびる白い線。まだアポロ姉ちゃんが起きているのだろうかと、目をこすりながらドアのスキマをのぞきこみ。
「あれぇ……キョーイチ?」
あたまはフワフワしていたし、へやのあかるさには目もしょぼしょぼする。それでも見まちがえるはずのないうしろすがたに、わたしがあたまをナナメにすれば、背中がビックンとおおきくはねた。
「……や、やぁポラリス。こんな時間にどうしたんだい?」
「んぅ、おトイレいきたくなって。キョーイチはなぁに……?」
なかなか光になれない目をごしごししながら聞き返すと、キョーイチはいつもとおんなじでむぅとうなる。
ただ、困った顔をしているかと思えば、どうしてか彼はめずらしくイタズラをおもいついたみたいな感じに笑っていた。
「まさか君にバレるとはなぁ。いや、むしろ君だからバレたのかも」
「なにがぁ――むに」
キョーイチのひとさし指に鼻の先をチョンとつつかれる。ちょっとビックリしたし、バッチリ目がさめた。
「な、なにするぅ!」
「しー……静かにね。何せ秘密の事なんだ。教えてあげてもいいが、知ってしまえば君も共犯になる。皆には絶対に言っちゃいけないことだ。それでも聞きたいかい?」
しゃがんで目の高さをあわせてくるキョーイチに、うっとこえがつっかえる。
やっぱり夜だからなのか、いっつもとフンイキがちがう気がして、ムネがドキドキした。そこへきて、キョーハンになるヒミツ。
ガマンなんてできるはずがないじゃないか。
「……聞きたい」
ポソリとちいさな声でそう言えば、キョーイチは目をほそめて笑った。
「なら、そこで座って待ってるといいよ」
「あ……ちょっと、おトイレ行ってきてもいい?」
「もちろん。というか、まだだったのか」
早く行ってきなさい、と背中を押され、わたしはあわてて、それでもできるだけ音を立てないようにしながら、おトイレへとかけこんだ。
なにかな、というキモチのほうが大きくてわすれていたけど、思い出したらもうギリギリな感じだった。
――あ、あぶなかったぁ。キョーイチの前でもししちゃったら。
そんなイメージがうかんで、ブンブンと首をよこにふる。わたしはオトナの女にならなきゃなのに、そんなしっぱいはゆるされない。
手をあらってひと息。キッチンへ戻ろうとろうかへ出たとき、わたしはスンスンとハナをならした。
「……このニオイって」
かくれるひつようなんてないのに、わたしはそっとキッチンのドアを引く。
きこえてくるのはコトコトというお鍋の音。けれど、かまどの前に立っているのはアポロ姉ちゃんではなくキョーイチで、くるくるとサイバシをまわしている。
知っているニオイ。トードーの研究室ではよくかいだのに、今に目をさましてからはどうしてか1回も感じなかった、なつかしいニオイ。
寝ぼけていたから、気づかなかったんだろう。かまどの火は、わたしがくるより前からずっともえていたんだ。だからお湯もできていたし、キョーイチはニヤリと笑ってこっちへ振り返る。
「いいタイミングだよ。これで、ワルの仲間入りただな」
コトン、と。お鍋のままテーブルに置かれるソレに、わたしの目はきっと輝いていたと思う。
「これ、ラーメン……!」
「安物のインスタント麺だけどね。この間、スノウライト・テクニカで、保存状態がよさそうな奴を見つけたから。毒味もダマルがしてくれているし」
骸骨と人間は違うかもしれないけどね、とつけ足して彼は笑う。
それはそうだ。ダマル兄ちゃんには、痛くなるおなかがないのだから。
けれど、そんなことはどうでもいい。今のわたしは、まるでおたんじょうびの前みたいにコウフンしていて、ほっぺたが勝手にニマニマしてくるのがおさえられないのだから。
「えぇー、いいのぉ? こんなおそい時間に、お鍋からそのままでなんて、マオリーネとかアポロ姉ちゃんにおこられなぁい?」
「ワルだと言っただろう? もうポラリスだって共犯なんだから、バレて怒られた時は、一緒にごめんなさいだ」
「ならしょーがないね。うんうん、しょーがないっ」
おこられたらどうしようなんて、そんなの今はスリルをつけ足してくれるだけ。キョーイチといっしょなんだから怖くもなんともない。
キョーイチとキッチンの小さなテーブルをかこんだわたしは、1つだけのお鍋を前にいただきますと手をあわせた。
「お先にどうぞ」
キョーイチはそう言って、ナベシキごとわたしの方へ押してくれる。
ただ、さぁ食べるぞという時になって、ふだんと違うモノが前へ立ちはだかった。
「むむ……お鍋からちょくせつって食べにくいよーな……あついから、おわんみたいには持てないし」
顔をちかづけて食べるのはおぎょうぎがよくない。そう教えてくれたのはメヌリスだったとおもう。
けれど、もちあげて食べようにも、わたしに片手鍋はおもくてこわい。
どうしよう、とわたしがうなっていれば、キョーイチは反対からすこしだけ麺をさらっていった。
「難しいかな? いや、僕が慣れてるだけかもしれないが」
彼にとってはフツーのことらしい。つるりと麺をすすったのを見て、それならとわたしはお鍋をキョーイチの方へと押しかえした。
「ね、キョーイチ。あー」
テーブルの上にちょっとだけからだを乗りだして、小さくあけた口をキョーイチへ向ける。
どうせおぎょうぎがワルくなるなら、楽しいほうをえらんでしまおう。なにより、ドキドキはこっちのほうがつよい。
キョーイチはまた、困ったようにわらっていたけど。
「また君は……鳥の雛じゃないんだから」
「だってわたし子どもだもん。あっ、ちゃんとふーふーしてね?」
はやくオトナになりたいのはウソじゃない。けれど、自分がまだ子どもだというのもホントのこと。
だったらどっちも使ってしまえばいい。こんなふうに甘えるのも、子どもならフツーのはず。
きっとキョーイチもそう考えたのだろう。やれやれと肩をすくめると、わたしの言ったとおりにフーフーと麺をゆらして、それをゆっくりとさしだしてくれた。
「んふふ、おいひい」
「そりゃ良かった」
「なんかトクベツな感じだね。夜更かししてラーメンなんて」
カラダにはよくない食べ物だと、トードーはよく言っていた。そんなものを夜中に食べているから、そう感じるのだろうか。
あるいは、キョーイチとはんぶんこだから、こんなに楽しいのだろうか。
麺をつるりとすすりながら、そんなギモンをつぶやけば、キョーイチはそうだね、と言いながらそっとワリバシをおいた。
「子どもの特権、かもしれないな」
「んぅ? なんで?」
「僕がポラリスよりももう少し小さい頃だったかな。今みたいな感じで、親父の夜食だったインスタントラーメンを分けてもらったことがあるんだよ。その時は、凄く特別な気がしたんだ」
「キョーイチもそう思ったの?」
「ああ。尤も、最初は怒られるかと思ったけどね。こんな遅い時間まで起きているんじゃない、って」
キョーイチは片手鍋のなかを見つめながら、なつかしそうに笑う。まるでその時に見たケシキが、目のまえにあるみたいに。
「だが、親父は僕に気が付くとニヤって笑ったんだ。食わせてやるから母さんには言うなよ、男同士の秘密だぞ、なんて言ってさ。普段はそんなこと言う人じゃなかったのもあって、妙にドキドキしたのを覚えてる」
むかしのこと。彼がまだわたしみたに子どもだったころのこと。
そんな話をきいたのは、これがはじめてだったかもしれない。わたしはキョーイチのむかしを、兵隊さんになるまえのことを、ほとんど何もしらないし、思い出してくることもない。
ということは、もしかしたらストリも。
「……えへへ、おそろいのトクベツで、おそろいのワルだね」
あの子ができなかったこと。あの子よりもわたしがキョーイチに近づけたこと。それがなんだかうれしくて、わたしはにーっと歯をみせながら笑う。
すると、キョーイチもまた子どもみたいな笑顔をうかべてくれた。
「ああ、お揃いだ。さて、ご馳走様だね。ワルらしく、誰にも勘づかれないよう、後始末もキッチリとだ」
「おーっ」
テーブルの上をキョーイチとかたづけながら、わたしはずっとニコニコしていた。
だれもしらない、わたしたちだけのヒミツ。子どもだから、もらえたヒミツ。
きっとあしたからは、またオトナを目指すんだろう。けど、たまには背伸びしないのもいいかも、なんて思ってしまう夜だった。
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