キメラリアと機甲歩兵
「まきなって、どうやって動かしてるんですか?」
ガレージで玉匣のメンテナンスをしている途中、不意にそんなことをファティマが言い出した。
僕はスパナを握ったままの恰好で、車体の底に寝そべって髑髏だけを覗かせている骸骨と顔を見合わせる。
どうやって、と言うと。
「そりゃお前、脳波神経リンクやら筋連動システムやら視線反応操作やらが複合的に絡み合ってだな」
「あ、そういうのは間に合ってます。同じ言葉を喋ってるように聞こえないんで」
教科書通りの説明を口にしたダマルに対し、ファティマはぽやっとした表情を崩さず、掌を横にヒラヒラと振って理解を拒否する。
「そういうの以外、というと?」
そもそも、理論的な部分を現代人が分かるように噛み砕いて説明しろ、と言われるのは流石に難しい。それは彼女もわかっているはず。
ではファティマが知りたいと思っていることは何か。その答えは、彼女の背後からひょこりと顔を覗かせたもう1人のキメラリアが語ってくれた。
「この間ダマルさんがオブシディアン・ナイトを動かしてたじゃないッスか。それなら、もしかして自分達みたいなキメラリアでも動かせたりするのかなー、と思った訳ッスよ」
どうやらファティマ単独という訳ではなく、獣ーズが同時に辿り着いた疑問、あるいは興味だったらしい。
骸骨がどうやって黒鋼を操縦できたのかは、技術的にほとんど謎なのだが、とりあえずそのことは一旦置いておくとして。
「そりゃまぁ、物さえあればできないことはない、かな?」
絶対と言う訳ではないが、毛有のキメラリアで、人間とは身体の構造があまりにも異なるというのでなければ、マキナを着装しシステムを思考とリンクさせることはできそうに思える。
僕の話はあくまで想像に過ぎない。だが、できると聞いた途端、キメラリア2人の目が同時に輝いた。
「ホントッスか!? それってつまり、自分でもご主人みたいにヒスイを動かすことができる、ってことッスよね!?」
「ボクでも、おにーさんみたいにビュンビュン飛べますか!?」
珍しく息の合う彼女らの圧に、僕は僅かに身を逸らしてしまう。
ただ、ダマルは寝そべったままの恰好で、呆れたように大きなため息をついた。
「お前らなぁ……いきなりとんでもねぇ高さの理想ぶっこんでくるんじゃねぇよ。今で言う神代の時分でさえ、こいつァ狂人並みの扱いだったんだぜ? なんなら、人間辞めてるっつっても過言じゃねぇレベルでな」
「僕は特別なことをしているつもりはないんだがなぁ」
「そこは自覚持てよ。マキナでアクロバット格闘ができる奴なんざ早々居て堪るかってんだ」
ダマルにそう言い切られたところで、僕は改めて首を捻る。
戦場ではアクロバットに見える動きをしなければ、ヘッドユニットごと頭を吹き飛ばされるような事態も少なくない。そんな環境に順応した者たちは、敵味方に関わらずとんでもない機動を平然とやってのけたりするものだ。
少なくとも自分はそういう連中と戦ってきた訳で、いくら頭を捻っても特別という感じがせず、微妙な表情を浮かべていれば、骸骨に大きくため息を吐かれてしまった。何故だ。
「あ、あの! とりあえずご主人が真似できないくらい特別だとして、それならこう、普通に動かしたり戦ったりっていうのは、誰にでもできるってことッスか?」
話が脱線しすぎたらしい。アポロニアの手が視界の下から突き出してきたことで、そういえば着装の話だったと思考を切替える。
とはいえ、彼女の期待に満ちた瞳に、僕は唸りながら後ろ頭を掻くしかなかったのだが。
「あー……期待させてしまったなら申し訳ないんだが、誰にでもという訳じゃないんだ。加えて、アポロはちょっと難しいかな」
「なんでッスか!?」
ガーンというオノマトペが見えそうなくらい、アポロニアは衝撃を受けたという表情を見せる。尻尾の毛まで逆立てて。
「見りゃわかんだろ。背丈だよ」
「大半のマキナは、着込んで操作を行うっていう特殊性から、体格に制限があるんだ。アポロはその下限値に多分……いや、間違いなく届いていない」
汎用性の高い兵器である以上、全く融通が効かないという訳では無いものの、内部機器やフレームの構造的に限界があるのも事実。
少なくとも玉泉重工製で第2世代型以降のマキナは、パイロットの身長175cmを基準として設計されている。そこから自動調整可能な幅が10cm前後あり、更に機を専用とする際などに手動調整できる幅が多少あっての限界値。
残念ながら、ポラリスと並んで同じくらいかやや低くすら見えるアポロニアが着装することを、マキナは想定していないのだ。
「犬はちっちゃいですもんね」
「ふぐぐぅ……あ、アステリオンの中だったら、それなりに背も高い方なのにぃ! 世の中はリフジンッス!」
飾り気の無さが余計にキツい一言に、アポロニアが膝から崩れ落ちる。そんなに乗ってみたかったのかと思わなくもない。
「ちなみに、ボクならどうですか?」
床をポコポコと叩くワンコを尻目に、ファティマは自らの顔を指さして首を傾げる。
女性の身長という面で見れば、彼女の背丈は平均前後というところだろう。アポロニア程絶望的では無いが、おかげで僕は乗れるとも乗れないとも言い難く、最終的にダマルへと視線を投げた。
「どう、思う?」
「汎用機の自動調整範囲としちゃあ不足ってとこだろうが、女性兵向けのパーソナル調整施すなら、多分いけるだろ」
骸骨は背中に敷いた台車を滑らせ、玉匣の下から飛び出してくると、ツナギの汚れを払いながら、どっこいしょと言って立ち上がる。
あくまで仮定の話。工具を片付けていた僕は当然、固まった腰を捻るダマルも、多分そう考えての発言だっただろう。
しかし、ファティマは金色の目をキラリと輝かせた。
「よくわかりませんが、頑張れば乗れるってことですか? 試してみること、できますか?」
僕とダマルはピタリと動きを止め、そのままゆっくりと、揃って彼女を振り返る。
「まさかお前」
「翡翠で試してみたい、と?」
「ダメでしょーか?」
再び髑髏と顔を見合わせる。相変わらず表情が読み取れないしっかりホラーだが、何が言いたいのかは予想が着いた。
「あーその、僕は別に構わないんだが……ダマル?」
「はぁ……キラキラした目ぇしやがって。どーせ言ったところで聞かねぇんだろ? この際だ、未来の為の実験だとでも思っといてやるさ」
面倒臭そうにそう言いながらも、ダマルは内心楽しそうな様子で、グルグルと肩を回していた。
多分、本気で実験のつもりなのだろう。
■
数時間後。
「なんか、いつもと全然違うくないッスか? ヒスイ」
メンテナンスステーションにラッチされた愛機を前に、アポロニアははてなと首を捻る。
それもそのはず。今の翡翠は全くもって青くないのだ。
「装甲を全部外してるからね。この後本調整までするのなら、装甲範囲にまで手を加えるんだが――」
「あくまで今回は実験だからよ。触るのはフレームの可動域だけに留めて、その他調整が必要な部品は全部ひっぺがしちまってんのさ」
装甲ブロックの加工となれば、手間がかかるのは当然。何より、物資がとんでもなく貴重なご時世である。
この先、機甲歩兵の立場をファティマへ完全にバトンタッチするならともかく、そうでないなら、何かを不可逆的に加工するのはよろしくない。
ただのお試しだけなら、装甲など不要という訳だ。しかし、やはりアポロニアはふぅんと鼻を鳴らしてから、首を逆向きに傾けたが。
「説明してもらっといて申し訳ないんスけど、もうちょっとわかるようにお願いしていいッスか? 自分、シューニャじゃないんで」
難しいことを言うものである。僕は決して口が上手い方ではないというのに。
こういう時、現代なりの理解力があるシューニャの存在は、彼女らに対する橋渡し役としてとてもありがたいのだが、残念なことに今は、マオリィネと共にポラリスへの授業中である。
おかげで僕は、滅多にまともな発想をしないポンコツブレインをフル稼働させ、ようやっと理解しやすそうなフレーズを思いついた。
「背格好が変わったのに、合う服がないから裸になってる、って感じかな?」
「それただの変態じゃないッスか。変態まきなッス」
「たとえ話に変態とか言われてもなァ……」
アクチュエータやらハーネスやらが見えている状態に、変態性を見出されても困る。世の中にはそういう人も居るかもしれないが、少なくとも僕にはわからない。
とりあえず愛機の名誉回復を、なんて意味のわからないことを思ったところで、ダマルがふぅと息をついた。
「おーし、こんなもんだろ。背面フレーム整備解放、アクセス権限を整備状態で保持」
音を立てて翡翠が背中を開く。僕には見慣れた光景だが、ファティマは少し緊張した様子だった。
「じゃあファティ、どうぞ」
「おぉ……なんだかドキドキしますね」
普段は無意識にやっている着装の基本を思い出す。遙か昔にライセンスセンターで言われたことをそのままに。
「まず足から入れて、腕をフレームに添わせて、最後に体を――」
「ふぎっ」
言い切るより早く、ゾリッという音と共に不思議な悲鳴が上がった。
「えっ?」
「あん?」
古代人と古代骨が素っ頓狂な声を出す中、ファティマはおおおと呻きながらよろよろ後退し、その場にしゃがみこんでしまう。
両手で頭の上にある2つの部位を押さえつつ、だ。
「耳がぁ……耳がぁ、ぞりってぇ……」
「あぁ……そういえば、そうだったね。キメラリア」
「よーし解散だ解散。流石にでけぇ耳やら尻尾やら収納する調整なんてできねぇよ」
開放された金属フレームに擦ったらしい。特に先端部分等は滑らかという訳でもないので、想像するだけで中々に痛いだろう。
何故誰も、今の今まであの特徴的な部位に思い至らなかったのか。後ろ頭を掻きながらダマルの方を見れば、骨格標本はヒヤリハットだとカタカタ笑い、アポロニアは耳と尻尾に触れながら微妙な表情を浮かべていた。
――キメラリアにマキナは難しい、なぁ。
涙目のファティマを撫でつつ、僕は1つ賢くなったことが、どうしてか空虚に思えてならなかった。
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