第6話 国王より早く着けばいいんです
城内を駆ける。
人目につかないために少し魔術を、裏道を使いながら。
初めてくる場所なので転移は使えないのがたいへん悔やまれるが、致し方なし。
着飾った姿ならば優雅に城内を鑑賞しながら歩いてホールに向かいたかったのだが現在はこうだ。
世の中、うまくは行かないものである。
なるべくドレスを軽くしてよかったと、ハイヒールで一番颯爽と走りながらイーリャは思った。
アレクは痛感した。やはり動きやすいパンツスタイルは趣味も実用性も兼ねて素晴らしいと。 紳士服に合うように特注したハイヒールはさすがに脱いだが。
こうして、場違いにも城内を走る事になったのは遡ること、目的地まであと半分を切った頃の馬車まで戻る。
早く出発できたこと、その日は天気もよく晴れていてこれならば予定よりも早く付きそうだと考えていた頃だった。通常、馬車は目的地に到着するまで止まることはない。これは馬車を馬が引いているわけではないから休憩の必要がないというのが大きな理由だが、それともう一つ。道中で他の馬車、通行人と出くわすこともないからだ。
だが、珍しく馬車は山の中腹あたりで止まった。
「アレク様、イーリャ様少々問題が発生しました」
扉をノックしてから窓越しにアンはよく通る声で言った。
「ここから南東、崖の方です。魔香が振りまかれていてやばいっすね。」
風向きが変わったから伝わって来たのだろうか。ナオは鼻を抑えながら、目線を後ろに向けていた。
魔香、簡単に言えば魔物によく効く催淫剤。興奮させて暴走状態を無理やり引き起こす類いのものだ。
殆どの場合は人の手によって作られるが、どんな作り方でも材料費、作るための技術の必要値が高く、作っても効果もそれほど強くなく(そもそも強い魔物には効かない)、そんな物がある程度でしか知られていなかったりする。
しかし、先程殆どと書いたように稀に自然に勝手にできる場合もあり、これを放置すると大量の魔物による農作物を食べられてしまったり、酷くなれば地形、環境の破壊などの被害の恐れがある。そもそも、強くなくても大量の魔物に戦うすべのない人々には脅威であるし、弱い魔物を餌として強い魔物が来てしまう可能性も生まれてくる。
また、魔香を見つけた場合、速やかに報告、そして貴族やとある役職のものの場合は原因の解明及び魔香の除去が義務付けられているのだ。
つまり、何が言いたいのかというと、一旦脇道に逸れなければ行けないのである。
微動だにせず背を伸ばした姿勢で未だに眠り続けるイーリャの肩を軽く揺すって起こす。衣装のためとは言え起こす側も気を使わなくてはならないのはなんともやりづらいものだった。
以外にもすぐに起きたイーリャにアレクは状況を説明し、道案内のナオについて現地へ向かうこととなった。
向かう先は森、かつ崖の方なのでもしものために馬車は置いていく。アンに任せてあるので安心だろう。
「匂いが妙なんです」
歩きながらナオは違和感について語る。
匂い、向かっているのだから先程よりも分かりやすいはずなのだが、アレクには感じ取ることはできなかった。
イーリャはまだ眠いのか、目線がうつらうつらとしていて変化には気づいていないようであった。
ナオの先導のもと木々が視界を遮る険しい道なき道を進んでいくと、崖が見え始めたところで急に止まった。
いや、異変に気づいた。妙に甘い、刺激臭のような鼻に刺さるような不快な感覚がわずかに感じるようになったのだ。一番最初に気づいていたナオは崖から一番離れたところで止まり、鼻を抑え、眉間にシワを寄せるようにあからさまに不快感を全面に出した顔で言った。
「崖下っすね。アレク様は結界解かないほうがいいですよ」
「私にも影響があるの?」
「魔香は昔からどうして魔物にしか効かないのか謎でしたし、なんとも言えないんスけど、アレク様レベルの魔力で考えると念には念をっていうのと、不快に感じてますよね。なるべく関わらないに越したことはないです」
今まで考えたことはなかったが、魔物と人の違いでかかりづらさに違いが会ったのかもしれない。わかっていないよりは事前に対処したほうがマシということだろう。それにしても崖下か。ここは町に近く、魔物の生息地からはかなり遠いのが幸いした魔物の気配は遠いので影響はまだなかったようだ。
「ナオはここが限界でしょう。アレクと見てくるから待ってて」
そう言うや否や、イーリャはハイヒール&ドレスという格好を忘れてしまったのか、駆け出して落ちるように崖下へ行ってしまった。しかも、セリフ的にアレクが行くことは決定事項のようだった。数秒後、小さな音がなったので多分3階建ての家ほどの高さはあるだろう。
諦めたようにアレクは息を吐くと、崖の目の前に立って、一言つぶやくとまるでエレベーターに乗っているかのようにゆっくりと降りていった。
「当たり前のように超人行動。いや、俺もできなくは無いっすけど」
アレクが地面に降り立つと、少し先の地面がイーリャが着地したのであろう抉れているのを目にした。
そこから目線を上げると、イーリャが衣装を一切乱すことなくこちらに背を向けて立っていた。アレクが来たのは分かったはずだがイーリャが振り向く気配はない。
アレクは何事かとイーリャのもとに向かいながら声をかけた。
「何かあったのかい?」
返事はない。イーリャの方を見ればなんとも言えない、下がり眉で、例えるなら困った顔をしていた。
目線の先には林の中で緩やかな小川が流れており、その川縁(かわべり)に見たこともない鮮やかな花が咲いているのが見えた。匂いの元を辿るにしても、その花が一番怪しいのは間違いない。アレクはとりあえず川の近くにあるのは良くないと考え、近づこうとしたところで今まで黙っていたイーリャが呼び止めた。
「ちょっと待って。あの花は多分、人工のもの、だと思う」
確信は持てなかったのだろう。イーリャは五感が優れていおり、目がいいので数メートル先にある小さな花の異変にすぐに気づいたのだろう。それにもし花が人工物だとしたら、触れて証拠を残しては自分たちが疑われてしまうかもしれないのだ。迂闊にどうこうすることはできない。が、それは普通の人の場合に限る。
「イーリャが先に教えてくれたおかげで対策があるよ」
そう、魔術を自作しまくっているアレクに死角はなかった。イーリャもわかっていたのだろう。だから念のために教えてくれたのだ。
「確かにあの花なら慎重になって正解だね。使うのは座標を指定してその範囲を転移させてしまい込むというものだから安心していいよ」
名前が無いのはそんな魔術はまだ世間にないから。既存のものの改良ではなく、いわゆるオリジナルというものだ。小川に近づくと対岸の川縁に咲く花がよく見えた。下を向いており、まだつぼみのようだが、色は濃い青で毒々しい赤い線が走っているのが見える。記憶に自信のあるアレク見たことのない花だ。つまりそこから推測できるのは未知のものか、領外で開発された人工のものかだろう。
見た目が派手な花をよく見れば密集するようにそこにだけ数株存在していた。どれも花は咲いておらず、かろうじて一番大きなつぼみなどいくつかの先が開きかかっていたのでそこから匂いが出ていたのだろう。早く発見できて良かったというものだ。ナオには今度ボーナスを出すとしよう。
「よかったよ。見たこと無いものだし、見た目からして怪しかったけど、そもそもあまり詳しくなくって」
イーリャの言葉にアレクは内心同意していた。というのもイーリャが困った顔をしているときは必死に記憶を思い出しているときの癖だからだ。
「セレマ・ミュトス」
声に出すと、一瞬花の周りを光が走ったかと思った次の瞬間にはそこには何もなかったかのような川縁があった。
「にしても花の魔香なんて珍しい。帰ったら研究してみようかな」
持っていた巻物を開いて中に新たな一文が追加されているのを確認してそう言えば、イーリャが笑いながら明日以降じゃない?このあと用事が___と続けたところで固まった。
「ゆっくりしてちゃ駄目だった!アレク、急いで戻ろう!早く!」
「わかってる!手繋いで、3・2・1・セレマ・ミュスト!」
慌ててショートしかけた脳を再起動させて言葉少なめに行動に移す。崖を登るのは流石に衣装が汚れるのでアレクの魔術でナオのところまで転移をした。あまりにも高度な魔術なのだが慌てていても失敗はすることなく合流することができた。
「匂いがなくなったんで終わったんすねー」
手頃な丸太に腰掛けて眠そうにナオが声をかけてきたがそれどころではない。
「ナオ!いま何時?」
アレクのいつになく大きな声にナオは飛び上がるように立って答えた。
「あっ、えっ?えっと、15時です!」
「よかった〜。なんのために移動してたのか忘れてて焦った〜」
「全くだよ。イーリャあまり焦らせないでよ」
「ごめんね」
軽く手を合わせて謝るイーリャを見ていると起こる気にもなれなかった。そもそも怒ってはいないのだが。
「じゃあ、戻りますか。あんまりのんびりしてると俺がアンさんに怒られますからね」
「ははっ、それなら服のシワでも伸ばしておくといいよ。寝てたのバレるよ」
「えっ、マジっすか」
「本当だ。ナオ、後ろに少しだけど付いてるよ」
アレクのアドバイスに手で慌てて伸ばすのを見て、これは帰ってから怒られるだろうなと苦笑いをしながら来た道を戻る一行。匂いに対して誰よりも苦言を呈していたナオが匂いは無いといったのであの花が原因と確定していいだろう。似たような植物が周辺やこの山に無いことからあの花だけが突然変異したとは考えづらい。しかし、人工的に作り出されたとして意図的にあそこだけに置いたというのも考えづらい。
今の情報だけだと断定はできない。残念だけどこの話は置いておくしかなさそうだ。どうやって婚約者を探すかのほうが重要だからね。見つけないと研究すらできないし。
「アレク疲れた?お姫様抱っこしようか?」
「えっ?いや全然余裕だよ」
「そう?珍しく溜息ついてたから」
「花について考えていたらね嫌なことを思い出して」
どうやら無意識にため息をついていたようだ。曖昧に答えたが、それだけで察したのだろう。イーリャが頷きながら遠い目をしてため息を付いていた。わかるわかる、面倒だよね。何も考えずに今回の舞踏会に参加するけど大丈夫かな?よくよく考えれば有名所の貴族の顔知らないんだよね。考えれば考えるほどドツボに嵌りそうで足も自然と歩みを遅めていった。
「おっ、見えまし、た、よ?」
先を進んでいたナオの声がだんだんと震え、どんどん小さくなっていくのに疑問を持ったアレクが聞こうとしたところで原因に気づいた。アンが仁王立ちで馬車の前にいたのだ。あれは声をかけるまでもなく分かってしまう。理由はわからないが怒っていた。普段見たことのないアンの姿にイーリャは完璧に怯えナオの後ろに隠れてしまった。基本可愛い物好きのアンに一番甘やかされてきたイーリャにはそれはそれは恐ろしく見えたのだろう。あれだ、普段優しい人が怒るのが一番怖いと言うやつだ。逆にアレクは幼い頃からやらかしたときは怒られてきたのでアンが怒ったときの怖さを一番理解しており、それもあって現状が手遅れであることも一番理解していたので諦めてアンの前に出るのであった。
「あ、__」
「アレク様!細かい話は後です。早く行きますよ!」
なんて声をかけるか迷っていたのが馬鹿らしい。そもそもアレクの声を遮ることすら珍しすぎる。アンの声に急かされてみんなは急いで馬車や馬に乗るのであった。
速度を限界まで速めて走る中その速さに慣れた頃、ようやくアンは説明した。
「ナオ、あなたの時計が一時間ズレていたことをお忘れでしたね」
それを後ろで聞いたナオは顔を青ざめさせ悲鳴を上げるように謝った。
「それだけでなく、本来予定していた道が事故で通れなくなってしまったので遠回りしなければならなくなったので時間が全然無いのです。」
一息ついて、アンは覚悟を決めた顔で言った。
「ですのでさらに速度を速めます。アレク様は魔力だけに専念を、イーリャ様は直接操縦に切り替えてお願いします」
今でもかなり早いのだ。すでにアレクは限界であったのに、その上を考えたのか慌てて馬車(馬はいない)の壁際にしがみつき、イーリャは目をキラキラさせながらハンドルを握った。
「申し訳ありません。これもアレク様に恥をかかせないために!」
「嘘だ!趣味も入っているだろうっ!」
「まかせなさいアレク!完璧に操縦してみせるわ」
「ノンブレーキドリフトだけはやめてー!」
もはやアレクにいつもの王子様らしさはなかった。悲鳴を上げながら必死に堪えるのであった。
ちなみに先程まで怯えていたナオはテンションがん上げで盛り上がっているのであった。
「さいっこうッス!アンさんもっと上げてくださーい!」
アレクの気持ちを理解してくれる者は残念ながらいなかった。
こうして山から直線で飛び出し、獣道からも外れ、がたがた揺れる馬車(馬はいない)をアレクが必死に魔術で固定しながら強行突破していくのであった。
王城が見える直前でドリフト駐車を決め込んで何事もなかったかのように門の検閲に入るのであった。
なお、それでも遅れているのでそこからは人目につかぬようにダッシュしたのであった。
見事な、一般人なら発狂もののドリフトテクを見せたイーリャの身なり装飾は何故か一切乱れることがなかったのだが、それは永遠の謎である。
婚約者探しを本気でする悪役令嬢の話(仮題)(なろうにもあり) 晞栂 @8901sakuya
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