第4話 1分でできる修復術

夕暮れに照らされる白亜の邸に2頭の馬と馬車が流れ込んてきたのはまるで風のようで風流である。

手入れされた庭をえぐるようにして停まった時には砂埃が巻き上がり、見たこともない景色にはあっぱれと言いたくなる程であった。

実行犯たちは流れるように邸に入ってしまったので咎める人は残念ながらいなかったのであった。


「この邸って最後使われたのいつだっけ」

思わず呟いてしまうのも仕方のないことだと思ってほしい。

入ってすぐの大広間は長らく開けていないのがわかるような空気と湿気で駄目になってしまった布物やら壁が放置されていた現状を訴えているようだった。


「以前使用されたのは旦那様が一度きり、それも二十年前ほどです。これでも先発組が掃除をしたのですが痛み具合が思ったより酷く、こちらの気候を失念していました」

外套を受け取りながらアンは先と言っても前日に来ていた侍女たちからの報告をした。


「でも寝室だけは使えるようにしてくれたみたいよ!少ない時間ですごいわ」


「イーリャ様、こちらの家具はいかが致しますか?」


「あ、そこらへんの家具はとくに貴重じゃないから捨ててしまっていいわ」


いち早く行動し始めたイーリャは侍女たちに部屋の片付けを命じていた。うん、別に見てないよ。イーリャがそれなりに大きさのあるベッドを持ち上げていたなんて見ていない。

それに比べてナオが持ってるのは一人がけの椅子だよ。これこそが普通なんじゃない?あ、違った椅子を4つ積み重ねてる。しかもそれを片手で?えー嘘でしょう。

外見は女の子なんだよ?というかナオはなれるの早くないかい?来たままの格好じゃないか。


「イーリャー1階だけをとりあえずなんとかするから来てくれるかい」


大広間の真ん中に立って、持ち込んでいたうちに2つの巻物を床に広げた。

こんな時のためというよりも意外とよく使う生活必需品になりつつあるオリジナルの魔術道具だ。

巻物という時点でちょっとズレを感じるかもしれないが実用性を重視した結果である。本の状態より運ぶのも使うのも楽だったという理由も少しはあった。


「アレク。準備できてるよ」


その言葉とともに両手が背に触れるのを感じた。


「いつもどおりでいくよ」

「ええ」

「汝の意志することを行え(セレマ・ミュトス)」


最後の言葉とともに二人を中心に波紋が広がった。

床から這うように広がり、壁をつたり、天井までなにか透明な膜のようなものが覆い尽くしていく。そして溶け込むようにそれが消えたとき、壁や床、天井などすべての傷や劣化がまるでなかったかのように姿を変えた。


「劣化の現象だけなら直せるし、するだけで掃除の役割も果たしてくれるなんてあのときは考えもつかなかったよ」

「アレク、目的と違うものができたってショックを受けてたものね」


そんな言い方だし、実際かなり落ち込んでいたのだが成し遂げたことはかなりすごい。

魔術は新たな術式を創るのがとても難しい。アレクが創ったのは一際難しいのである。

そもそもの話だが魔術とは大きく分けて二種類存在する。

1つは現象に対するもの。つくるのも、干渉するのも含まれる。

もう1つは物質に対するもの。こちらは人工のものを作ったり、組み合わせて新しいのを作ったりする。総称で錬金術と言われている。

今回の、というよりも術式は前者のみで後者はレシピというのだが、とにかく前者の場合に新たな術式を創るのに必要なのは”原因についての知識”である。簡単に言えば、その現象はどうして起きるのかを知っていなければならないということである。


では、アレクのはなぜさらに難しいのか。一般的な魔術と比べるとわかりやすいだろうが、いかせんこれ以上は話が長くなりすぎるのでざっと飛ばしてもらって構わない。

一般的なもので言えば、火を起こす術式を例に出そう。

火を普通に起こすならば、燃やすもの、薪とか、燃料は酸素、とりあえず空気とか、きっかけにものをこすり合わせるなどといった摩擦を起こすといった動作が必要である。つまり、どうして火ができるのかという現象の原因についての知識がなければ術式を作れないのである。

火を魔術で行使するとしたら、何にもしくは何処、というのに始まって、それから結果までの過程を術式にするだけであとは実行者が何にもしくは場所を決めて魔力を術式に流すだけで実行できるというものである。


次にアレクの場合。アレクの先程の魔術を仮に修復の魔術としよう。

修復するのに必要な知識はどうして修復する必要がでるほど劣化、もしくは壊れたのかという原因を知らなければならない。さらに今回の場合は時間の経過による劣化のほうであるのでそちらについて説明する。

難しいのはこの現象の原因に対する知識の必要量である。劣化と言っても気候によって様々な現象が起こる。それぞれの劣化に対する知識が必要であり、さらにはそれを術式化するために自動判別の式も構築しなければならなかったのである。そもそもの話であるのだが劣化を現象とし、原因があると考えつくだけでも偉業なのである。たとえそれが前世の知識のおかげというチート技があってもだ。



さて、長ったらしい解説的ななにかはこれで終わりだ。

家具の撤去等は侍女たちが終わらせてくれたようなので話を戻すとしよう。


「うんうん、ついでに索敵もしてみたけど罠とかはなさそうだね。設計図にも乗っていない部屋とかもなかったけど」

「アレク、聞こえてますわ。そもそも一時の滞在場所でしたからそこまで重要ではなかったのでは?」

「それなら私達が改造しちゃおっか」

「いやいや、勝手にそんなことしちゃだめでしょう!てか、できるんスか?」

「それでは設計図を新たに書き直しましょう」

「決定事項だった!?」

「魔術で施せば工事は設計も含めて一日、これからは定期的に使うかもしれないから簡単にリフォームできるようにもしようか。イーリャは他にあるかい?」

「それならば、敷地にぐるっと結界を張りましょう」

「ああ、忘れていたよ。防御も固めなくてはいけなかったね」


好き勝手にあれもこれもと設計図に書き足しているうちにいつの間にか黙ったままだったナオが叫ぶように言った。


「もういいですからそれは今度にしてください!舞踏会は明日ですよ!」


明日?はて、猶予が丸一日ほどあったはずなのだが・・・んん?

ナオの声に訝しげに窓の方を向けばカーテンの隙間から光が差しており、思わず目を細めてしまう。

先程までオレンジ色の鮮やかな光景が空に広がっていた気がするはずなのに、気づきたくないが確かめずにはいられず、ゆっくりと眩しさに負けないようにカーテンを開けば雲ひとつない青空がそこにあった。

少し目が遠くなるのは朝日が眩しいだけではないはずだ。これは寝不足の頭にきている。


「あぁ、忘れてた」


そのつぶやきは誰のものかはわからない。

皆が皆、それぞれ好き放題に暴れた結果、全員(一人は除く)が寝不足で立ち会ったこの現状になすすべはなく、気絶するように眠るのであった。現実逃避と言ってはいけない。戦略的撤退である。


余裕をもって行動していたはずが脇道にそれ続けた結果、時間がなくなったのは事実であった。

なお、彼らを部屋に運んだのは唯一寝ていて元気が有り余っていたナオである。

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