第3話 時代の差でしょう。よく揺れます。

今日の朝屋敷を発つと伝えたはずなのだが、応接間はおろか両親の部屋にもいなかった。

伝えたはずなのだが、なにか急を要することでもあったのだろうか。イーリャもそろそろ準備ができていそうだしあんまりのんびりしたくないんだけどなあ。

とりあえず部屋に戻ろうすると息切れを感じさせる声で呼び止められた。

「アレク様、探しましたよ〜」

振り向けば顔を赤くさせた侍女がいた。


「アン、そんなに急いでどうしたんだい?」

普段は瀟洒な専属侍女として期待上に答えてくれる彼女が慌てる姿なんて見たこと・・・は随分久しぶりだ。

「いえ、旦那さまと奥様が昨晩にお出かけになったことを伝えていなかったのですが・・・お嬢様ったら先に行ってしまうのですから」


ああ、なるほど私が先に部屋をでてしまったから二度手間になったのか。これは悪いことをした。いつも朝は部屋にいてくれと言われていたし、これは少し怒っているな。


「すまない。それにしてもなぜ夜なんて時間に」


「奥様がお怒りになって、旦那様がご機嫌取りのために短期旅行を兼ねて視察に行かれました」

旦那様がご説明なさっている間はすごかったですよ。たまたま鉢合わせたのですが、部屋が徐々に極寒になられて、最後に通りかかったときは氷像できてましたわ。と遠い目をしながらアンは説明をしてくれた。


なるほど、きっとママは怒りが収まらなくて避難したんだろう。ママは魔力がとても多いから感情に左右されやすい。屋敷に被害を出さないためだ。きっと喧嘩したら帰ってくるよ。

でも、手紙くらい残してほしかったなあ。王都についてから送られてくることを願っとこう。


「イーリャ様には先にお伝えしてありますので外に先に向かわれましたわ」


「えっ、じゃあ急がなきゃ」

慌てて部屋に荷物を取りに行かないと___

「荷物なら運びましたので大丈夫ですよ」

私の侍女が優秀すぎる。こんどなにかプレゼントしよう。

「あ、氷結した部屋は大丈夫かい?」

「ええ、旦那様がなんとかしましたわ。最後は倒れて奥様に抱えられて連れてかれましたけど」

私のパパは乙女すぎるんじゃなかろうか。そしてママは男前すぎる。見たことあるから想像できるがきっとお姫様抱っこだったと思う。

寒いので外套を着て話しながら外に出れば、すでに馬車と馬が待機していた。

「雪は落ち着いたみたいでよかった。イーリャ、待たせたね」

だいぶ雪は積もっているが風も落ち着いていて移動するには最適の環境だった。

「いいえ、僕も今準備ができたところよ」

イーリャは私と色違いの白い外套を着ており、馬に乗った状態で手をふるのは危ないんだけど、かっこいいので良しとしよう。


「アレク様〜。イーリャ様が馬で行くって聞いてくれないんです!」

黒馬に乗ったイーリャのそばでみつあみを振り回しながら訴えるのはイーリャの執事だ。


「イーリャは強いし大丈夫だよ」

「違いますよ!俺が乗れないんですよ!って、ぎゃっ」

あ、髪が食べられてる。と思ったらすかさずイーリャが馬から髪を救い出していた。にしても、動物に嫌われるのは相変わらずなんだね。あの黒馬は人を襲わないはずなんだけど、彼だけは例外なのかな。


「仕方ないでしょう。馬車は遅いし、座り心地も悪いんですから。ナオは僕と一緒に乗ればいいのよ」


「うっ、それだと執事としての立場というか、絵面的にどうというか・・・大丈夫です!今回も走りますから!王都の屋敷まででしょう?それくらいなら余裕ですから!」

いかにも解決しましたと言わんばかりだが、全く解決してないからね。

確かに執事だけが馬車に乗るのは良くないし、女の子に補佐されて執事が馬に乗るっていうのも絵面が大変だけど、走って追いかけるのもこっちが正気を疑われそうだからやめてほしい___。いいことを思いついた。あれがあるじゃないか。

「それなら、ナオもアンと同じ格好をすればいいんだよ」


「いいですね〜。ナオ、馬車に入って、馬車に予備はたくさんあるから」

イーリャは軽やかに馬から降りると、あっけにとられているナオの背中を押した。

「い、嫌ですよ!それに俺は似合いませんから。視界への暴力ですよ!見ちゃった人が可哀想じゃないですか」

「ん?ナオは童顔だから大丈夫よ」

「__えっ」

馬車の開いた入り口でなんとか押しとどまるも、イーリャの一言にショックを受けたところを狙われて馬車に押し込められてしまった。

「ナオ〜、手伝ったからわかるでしょ。ちゃんと着替えないと出さないからね」

「___アンも止めてくださいよ!」

扉をガチャガチャするのはやめてほしいな。

「お似合いだと思いますよ。手伝いましょうか?」

「残念、アンはこちら側だよ。それよりもはやくしなよ。時間はあまりないよ」


味方がいないとしって諦めたのだろう。しばらくしてでてきたのは赤みがかった髪はそのままだが紺のロング丈のドレス姿はよく似合っていた。


「うん、違和感ゼロだね。化粧をしなくてもこの出来とは・・・流石はイーリャの執事だ」


「他の変装ならいくらでもしてきましたけど、女装(これ)だけは嫌だったのに」

そう言いながらも、手を顔に当てて悲しんだふりをするさまは完璧に女性のそれであった。

地声がもとからきつくないからか、女性の低めの声のように聞こえるのでそんなにおかしくはなかった。


「うんうん。なんだかいつもより若く見えるし、印象替えのためにアンに化粧を軽くしてもらおうかな」

イーリャは化粧品を幾つか取り出すと、アンに幾つか注文をつけていた。

「ナオってバレないようにするためかい?」

遊んでいるくせにしっかり気を使っているんだなと思っていたが__

「一緒に乗るときに見栄えを良くするためよ。結果的にアレクの言うとおりだから問題はないよね」

___美しい微笑を携えながらもいたずらごころを忘れないイーリャにこのときばかりはナオに同情せざる負えなかった。今後助ける予定もないが。

「さて、少しのタイムロスだ。馬車は私がいつもどおり引くとして、アンはこっちに乗ってくれ」


「はぁい。アレク様、しっかり守らせていただきます」


白馬にリードするようにして自身の前に座らせる様は本当に王子様のようであった。


「ふふ、二人で乗るのも久しぶりね。早駆けしたいわ」


「やめてくださいね!」

こちらはお姫様が二人で乗っているがなぜかゆるふわ感はなかった。体感がしっかりしすぎているし、腰にかけた剣が外套からチラ見えするのがいけなかった。



なお、馬2頭と魔導式馬車一台による一行は夕方には王都の屋敷についたという。

最短である直線ルートだったので道はなく、山やら谷やら崖やら、とにかく常人には不可能な道であったはずなのだが、進めたのは不明である。

一つ言えるのは車並みに走る馬とそれに乗れる彼らが凄すぎるだけだろう。




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